希望の話

@azuma123

第1話

 またしてもやる気がない。定期的にこのような状態になる自覚はあるが、最近はスパンが短すぎる。飯を食う気もしないから外食が続いているし、野菜なんてめったに食わないから肌は荒れ放題、酒は増えるから胃だって痛い。救いなのは、部屋がきれいなことだけだ。部屋を綺麗にしていたら部屋の神が現れるってもんで(トイレを綺麗にしていたらトイレの神様が現れるらしいですし)、昨日、わたしの部屋には神が現れた。

 神は綺麗な女で、あなたの願いを1つだけ叶えてあげると優しく微笑んだ。試しに五〇億円くれよと言ってみたところ、わたしのベッドには札束が山盛りになった。では願いは叶えたので、と神は部屋を出ていこうとしたが、適当に言ってみただけでさほど金は欲しくない。やってしもたと思いわたしは神にすがりついた。嘘だ、金じゃなくてセンスとか、才能とか、そういったものをくれよ。人間性とかさ、人を魅了する力とか、カリスマ性とかさ。大事な人の心でもいい。二次元を具現化もしてほしい、世界中の人間を死滅させてくれてもいいよ。わたし一人、残った資源で細々生きてさあ、孤独でもういいやってさ、心安らかに首吊って死にたいよ。なあなあなあ、金で買えないものが欲しいんだ、金なんて、生きるのに最低限だけあればいい。

 神は一度叶えた願いはとっかえがきかないのと困った顔をした。まあそうなんだろう、いったん決まったことは覆せないのが人生ってもんだ。とにかく五〇億円はもらっちまったので、ありがとうと伝えて神にコーヒーでも入れてやることにした。神はわたしの三畳一間の座布団もない部屋に腰を下ろし、特価で二〇包入り一五八円だったドリップコーヒーができるのを待っている。ベッドには五〇億円の金の山。大変なことになったナと思っていたら湯が沸いた。鍋の火を止めて湯を注ぐ。コーヒーのいい香りがしている。毎晩毎晩安酒屋で酒飲んで腐った飯食って、なあ、おい、人とコーヒーなんて飲むの、いつぶりなんだ。

 わたしは神のコーヒーを入れながらボロボロに泣いてしまった。もうわたしの人生はどうしようもなくって、どこで間違ったのかなんてわからないけれど、とにかく収集はつかないくらいとっ散らかってる。いつの日からか酒に逃げるようになって、仕事が拠りどころだって、自分が「まともに生きてる」って思わせてくれるのが仕事なんだって、そうやって何とか金稼いで生きてきたけどさ。もう限界だよ、神、なあ、聞いてくれ、これはもう無理だろうが。

 神は腰を上げてキッチンまで来て、そうだわねと言って、ちょっと頑張りすぎたわねと言ってわたしの頭を撫でた。さあさあ、とにかくコーヒーでも飲みながら甘いものでも食べて、歯磨きしてから暖かい布団で休むのよ。きっと明日になったら少しくらい、いいことあると思えるわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

希望の話 @azuma123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る