明けない夜はない   ってほんとかな?

 もしも或る日、宝くじが高額当選するとか、遠縁の莫大な遺産が転がり込むとか見知らぬあしながおじさんに好かれて通帳にありえない金額が入金されるとか、買った株が大化けするとか不労所得が得られるならば。


 今この瞬間の会社に行かなきゃ。っていう悩みは霧散するんだろうなぁ。


 あああ・・行きたくない・・

 行かないで済む方法ないかな・・


 とりあえず、宝くじも株も買ったことがないわたしに唯一残されている手段は・・

 糊口を凌ぐために会社に行くしかないのだった・・。



 スマホのアラームが鳴る。

 消す。

 また鳴る。

 溜息をついてベッドを降りる。

 身支度を整え、バッグを持って部屋を出る。


 夢のような週末のふわふわはまだ廊下や階段のそこここに残っているのに、

 急に現実に引き戻されていつもの喧騒の中に戻らなければならないなんて。


 シェアハウスを出て住宅街を抜け、大通りに出る。


 地下鉄の駅はもうすぐだ。

 足早に階段を下りていく人々。

 人波にのまれて歩いていると、ぽんと肩を叩かれた。

 朔さんがにっこり挨拶する。

「あ、おはようございます」

 会釈で返す。


 二人で並んでホームに向かい、同じ上りに乗った。

 憂鬱がほんの少し薄まった。

「月曜日っていやよね」

 朔さんが笑う。

「ルンちゃん憂鬱そうで可愛いわ」

「わたし、顔に出やすいのかな?」

 思わずつぶやくと、朔さんは面白そうに言う。

「伸さんのプッシュに困った顔してたもん」

 朔さんは笑うけど、困ってたわけではなかったんだけどな。

 途中、乗り換えだったので朔さんとはそこでお別れになった。


 シェアハウスだと、こうやって住民に会う確率が増えるわけなんだな。

 別の線に乗り換えて、会社のある駅に着く。通りなれた改札。

 いつも月曜日は行きたくない病になって、何とかいかないで済む方法をベッドの中でうだうだ考えるんだけど、今日はもう一つ、憂鬱な理由があった。


 それは・・・



 ☆      ☆      ☆


「ルン、お前週末どうしてたの?」


 でた。

 今一番会いたくない人。訂正すると、もう一生会いたくない人だ。

「朋ちゃんちにでも泊ったのか?」

 ちょっとこっちこいよ。

 給湯室の奥の物品倉庫に連れ込まれる。


 手をねじられて身動きを封じられる。

「いたい」

「なぁ、戻ってきてよ。おれ、土曜日喰いもんなくってさぁ。おなかすいて死にそうだったよ」

「・・・」


「拗ねるなよ、俺もう怒らないからさぁ。なかよくやろうよ」

「離して」

 手首を握る指に力が入る。

「だってさぁ、一緒に住むって約束したじゃん。俺、ルンの言う通りおとなしくしてたじゃん?」

「川口さんとはお別れしたはずなので」

 なんだよ、水臭いな ぶつぶつ呟きながら親指でわたしの唇を撫でる。

 この人の口づけする前の癖だ。背筋に悪寒が走り、力いっぱい振りほどいて物品倉庫から出た。


「佐々木さん、おはよう」

 同僚の北山さんが声をかけてきた。

「あれ?大丈夫?顔色がよくないよ?」

 北山さんはわたしの顔を覗き込み、医務室行ったほうがいいかもといった。

「大丈夫、さっき給湯室に変な虫がいたから」

「えー、そうなんだ、佐々木さん虫苦手だもんね。怖かったんだね」

 北山さんがいてくれたおかげで、川口さんは追いかけてこなかった。

 


 ☆      ☆      ☆



 そう。


 自分でもわかってる。


 わたしは優柔不断だ。

 はっきり断ればいいのに、ずるずると良い顔をしてしまう。

 川口さんのことを好きだったかと聞かれると確かに好きだった気はするけれど、体を全部預けられるかというと、できなかった。

 気持ちは好きなんだけれども体は許さない。って、どっちがずるいんだという話になる。


 なら初めから、一緒に住むなどと了承しなければいいのに。

 前の彼氏もその前も、みんな付き合いたいとは言うけれど、体を許さないと態度が変わるのは、やっぱり体含めてじゃなければ、付き合えないってことなんだろう。

 十代ならまだ笑ってくれる余裕も、二十歳過ぎるとそうもいかなくなってくる。

 ならいっそ、絶対に体を求めてこない男性と恋愛するなら気が楽なのかも。

 そう、例えば、目の前にいるこの人みたいな・・


 高瀬さんはカウンターの向こうでグラスを磨いている。

 わたしはカウンターに腰かけてカプチーノを飲んでいる。

 穏やかな時間。高瀬さんはきっと、わたしがこんな邪な気持ちで見つめてるなんて夢にも思わないんだろうなぁ。女性が好きじゃないのなら、かえって気兼ねのないお友達になってくれるなんてことはないんだろうか?


「ルンさん」

 ふいに話しかけられて、ビクっとする。

 高瀬さんは、僕の顔になにかついてますか?って笑った。

 さっきからすごく凝視してきますね。


「すみません・・」

「何か悩み事でも?」


「・・」

 わたしが黙っているので、高瀬さんはにっこり微笑んで何かあったら遠慮なく言ってくださいね。といった。


 おともだちになってください。

 ・・・。


 言えないな。彼氏になってくれないかな。体なしの。

 ほんとに、できないんだもの。怖いんだもの。誰かにきいてもらいたい。ほんとに大人な人に。

「あの、あのね、変な話するけど・・」

高瀬さんが優しく頷くから、思い切って話してしまおう。笑われてもいいから。


なのに。


「ルンちゃんこんなとこでお茶してるんだ」

いきなり伸さんが入ってきて来て、場が一気に賑やかになる。

「俺ジントニック」

高瀬さんは黙ってグラスを出した。


二人っきりって結構難しい。シェアハウスって。














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シェアハウス初心者なんですけど、もしかしてココって壁薄いんですか? 椿 茉莉花 @miyutan9

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