どきどきの夜

 んんん・・


 い、痛い・・


 入らないな・・


 んんんんん・・


 キツイよ・・




 息を止めてもう一回チャレンジする?



 コンコン。

 ノックの音がした。


 ビクっとした途端、ボタンが飛んだ。


「はーい」

 とりあえず返事だけする。

 飛んだボタンを焦って探し、お気に入りのタイトスカートを諦める。

「ちょっと待ってくださーい」


 ウオークインクローゼットの中で慌てて細身のジーンズを穿いて、ドアを開ける。

 ドアの側の壁にもたれて、伸さんが待っている。


「ルンチャン、迎えに来たよ」

 伸さんはとてもニコニコしていて、ちょっとおめかししてるのか髭は整えられていて、髪も何かの整髪料で撫でつけられていた。

「そのふわっとしたブラウス、可愛いな」

 わたしをみて少し眩しそうに眼をそらす。

 カードキーをポケットに入れて、下の階に二人で向かった。



 リビングでは二十人くらいの人が、キッチンにいたりソファで語らったりテーブルセッティングしたりしている。


「ルンチャン連れてきたよ」

 伸さんが呼びかけると、皆さんこちらを見て、歓迎の言葉を口にしたり、微笑みかけてくれたり、和やかにパーティが始まる。



 ☆      ☆      ☆      ☆      ☆



 ゆったりした空間に、品の良い人々。さざめく笑い声。

 オレンジジュースのグラスを手に、ソファに座って話の輪の中にいる。

 不躾な質問をしてくる人もなく、絶妙な距離感で話を振られ、一言二言答えると

 またさざ波のような反応が寄せては返す。


 みんな口々に、伸さんがこんなにご執心なのは珍しいねって笑う。

 なんだよぉ、なんて口を尖らせて、ねぇ、ルンチャン。

 と謎の同意を求めてくる。

 曖昧に笑うと、ほら、ルンさん困ってるよ と女性が笑う。

 ちょっと難しい経済の話、トランプさんがさー、なんて、近所の困ったおじさんの愚痴みたいな経済絡めた政治の話、どれもニュースでは聞けない切り口の、なんだか一段深いような話をさらりと交わす人々。

 夜は優しく更けていく。




 あの時、話しかけてきた女性は朔さんという人で、

 簡単な自己紹介のあと今回のパーティを打診されたのだ。


 即答で快諾する伸さん。


 笑う高瀬さんと朔さん。


「俺が迎えに行くから、ルンチャンは準備しといてよ」

 みんなに声かけとこう。

 じゃぁ、夜に。


 その場はそれで散会となった。


 おなかも満ちて、部屋に戻る。

 日差しが差し込む明るい部屋。

 夜に見た時よりも壁の色は明るく薄い印象だ。白がよく映える。


 ベッドメイキングをして、天蓋の紗のカーテンを巻き、当面必要な物を買いに行こうと鞄を持つ。

 そういえば、一階の奥には広い共用のバスルームがあるって言ってたよね。

 以前ここはホテルとして使われていて、廃業後シェアハウスに改装したことを雑談ついでに伸さんから聞いたのだ。


 一階に降りて、長い廊下を歩く。

 突き当り左にドアのない入り口が二つ。

 片方は青色のプレートがかかっていて、

 もう片方の赤いプレートの入り口から中に入ってみた。


 パウダールームと脱衣所に分かれた空間。

 奥にバスルームへ続く摺りガラスの引き戸が見える。

 パウダールームにはティッシュケースや簡単なアメニティが置いてあって、きちんとドライヤーも用意されていた。


 とりあえず、ドライヤーは買わなくて済みそうだ。


 買い物に行った後、共用のお風呂に早々に入って、髪を乾かし、軽くメイクをして例の、飛んだボタンのスカートと格闘していたというわけで。


 ☆     ☆     ☆     ☆     ☆



 パーティは盛況のうちにお開きになり、3階に住んでる人々と談笑しながら会釈をしてそれぞれの部屋に帰る。


 後半、伸さんに勧められるままに少量のアルコールを口にしたせいで、久しぶりに酔う。お酒は苦手なので動悸がするけど、なんとかパジャマに着替えてベッドに倒れこむ。

 深呼吸をする。良いところだな。

 ここなら楽しく暮らせそうな気がする。

 そういえば、最初の夜以来、ココロボソコも来ないな。

 だって、一人って感じが全然しないんだもの。

 不思議なんだけど。

 ゆっくりと睡魔がすり寄ってきて、何事もなく眠りにつく。はずだった。


 ・・・・・・


 また、うっすらラジオの声がしてる。

 英語?


 W h o     a r e     y o u ?

 

 ?妙に間延びした英語・・


 気配がある。

 すり寄る。


 ベッドに乗ってくる。

 それは、恐怖より飼い猫が乗ってきたような軽やかさで、小動物が甘えてくるような感覚だった。

 或いは、酔ってるせいですでに夢の中だったのか?


 寝ぼけながら猫をあやすように片手をゆらゆら動かす。

 なにも触らない。欠伸。


 そして、そのまま意識は遠のいた。甘えてくる何かは、そのままわたしに添い寝したようだ。

























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