キッチン使っていいですか?
普段の土曜日は、彼氏より早く起きて朝ご飯を作って彼氏を起こす。の、繰り返しだったのだけれども。
今朝の目覚めは。
なんというか、のびのびすっきり寝すぎてぼんやり。
形容し難い状態で。
明るい日差しの中でかなりぼーっとしている。
他人と一緒に暮らすというのは、やっぱりある程度気を遣ったり緊張したりするものだと思うけれども、髪を乾かさないで寝たせいで、いつもの三倍は弾けてる頭髪に手をやりながら、考える。
こんなに人目を気にしないで爆睡したのはいつぶりだろう?
目まぐるしかった昨日のことを反芻する。
昨日のキッチン、広くて素敵だったなぁ。
狭いマンションのキッチンでちまちまちまちま料理作ってたけど。今までとは大違いだな。
それから昨夜の、至近距離の高瀬さんの顔を思い出す。
ああああ・・
恥ずかしかったなぁ。ああいうときに限ってイヤリング落ちるんだよね。高瀬さんって優しくって気さくでほんとに素敵な人だなぁ。
それにしても、おなかがすいた・・
ピントがゆっくり合うように、LとGのアルファベットが否応なく浮かび上がる。
そうだった。
なにか誤解されてる感があったんだ。
Lっていうのは、女性が好きな女性ってことだよね。
なぜそう思われたのかわからないけど、考えてもわからないことは考えない主義のわたしとしては、そのうち誤解を解けばいいかな、ってことで保留。
それよりも今一番解決しなきゃいけない課題は、空腹を満たす。ってことだ。
☆ ☆ ☆
「あのう・・」
ソファーに倒れこんだわたしの上に、見知らぬ男性がのしかかっている。
「・・・重いんですけど・・・めっちゃ・・」
やっと息を吐くように、言葉を紡ぐ。
「ごめんごめん、きみが後ろにいるって思わなくって」
男性はすぐに起き上がってわたしに手を差し伸べ、ゆっくり起こしてくれた。
他の住人の人と話しながらこちらに向かって歩いてきて、ちょうどリビングに入った わたしにぶつかった。
バランスを崩して入り口近くに置いてあったソファに転がると、同じようにバランスを崩したその人が回転しながらなぎ倒すようにのしかかってきたのだ。
「小さすぎて目に入らなかった。ごめん。怪我はないか?」
確かに、背が高くって目線がまるで違う。
「だいじょうぶです・・」
「初めて見る顔だけど、新入り?」
「の、予定です」
「お詫びに御馳走するよ。ちょうど朝飯タイムだし」
一瞬わたしの目が輝くのを、彼は見逃さなかった。
にっこり笑うと
「OK。何が食べたい?和食?洋食?」
と訊いてくる。
ええ?御馳走してくれるんですか?それはラッキーってことでいいんですか?もしかして、罰ゲーム並みにめっちゃまずいってオチじゃないですよね?
なんてことを思いながらコクコクと頷く。ついでにいいタイミングで派手におなかも鳴る。
彼は笑いながら一緒にいた別の住人の人と一言二言、言葉を交わす。
そしてわたしを先導してキッチンへ行くと、慣れた手つきで卵を割ってスクランブルなエッグを作ってくれた。
男の人にご飯作ってもらうのは生まれて初めてだった。
冷蔵庫からオレンジジュースをだしてコップに注ぐ。
フランスパンを縦に切ってバターを塗りトースターに入れる。
レタス、トマトをサクサク切ってワンプレートに盛り付けて、たったの五分でカフェの朝食の完成だ。
わたしは毎週三十分も使って今まで何をいたしていたのだろう?
ダイニングテーブルで朝ご飯を食べ始めるわたしの顔を覗き込む。
「うまいか?」
フォークを動かす手を緩めずに頷く。なんだか幸せな景色に頭がくらくらする。
仕上げのコーヒーはイタリアンな濃い味で、ふわふわにしたミルクを注いで甘くしてくれた。
甘いなぁ。美味しいなぁ。
そこに、高瀬さんが来た。
☆ ☆ ☆
「佐々木さん。おはようございます」
高瀬さんはにこやかに微笑む。挨拶を返す。
「伸さんとお知り合いでしたか」
伸と言われた男性は笑いながら、
「運命の相手だよ」
と高瀬さんに言う。
「転がる運命の。です」
わたしが突っ込むと男性陣は笑った。
「佐々木さんは面白い人ですね」
で、
お決まりになりましたか?
もちろん、お決まりになりましてございますとも。
「はい」と頷く。
それはなによりです。ではこちらで手続きを。
高瀬さんの指先をつい見てしまう。
わたし、指フェチかも。今まで知らなかったけれど。
シェアハウスの家賃は梓に訊いて知っていた。
まぁ、自分のお給料で払えて生活できるぎりぎりの金額くらいで、一人でマンション借りて都心に住むより、少しは安いのかもしれないって感じだった。
賃貸契約、集団で住む場合の注意事項、他の部屋に入ることは原則禁止。
掃除当番表。おおまかなところは清掃の人が入るらしいが、決められた範囲で、掃除をする決まりらしい。
100%他人がすると思うと、汚しても無頓着な状態になっちゃうでしょ?
高瀬さんが言うとなんでも素直に聞きたくなってしまう。
そうですよね、その通りですよね。
「女子はみんな蓮さんのファンになっちゃうんだよなぁ」
わたしたちのやり取りを観ていた伸さんがため息を吐く。
「目が完全にハートだよ」
高瀬さんは穏やかに微笑む。
「改めまして、高瀬蓮と申します。佐々木ルンさん、よろしくお願いします」
美しく細い指先をすっと出して高瀬さんは握手を求めてきた。
その手を両手で包みながら嬉しすぎて思わず振り回してしまう。柔らかく細長くてあたたかい手だ。
高瀬さんの微笑みと、伸さんの
「ルン?!ルンって本名??」という素っ頓狂な叫び声がシンクロする。
そして高瀬さんは、
「食事は原則自分の分は自分です。ご馳走されても、返さなくていいですよ。きりがなくなりますから」
と付け加え、軽く伸さんをいなした。
「ねぇ、新入りさん?紹介してよ」
また背後から声がする。振り向くとそこに立っていたのは一人の女性だった。
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