紫の壁紙の部屋は・・
ノックの音がした。
通された部屋は、真っ白な窓枠と薄い紫の壁紙。あきらかに女性の好みを意識した間取りだ。
床も天井も白くて、埋め込まれた暖色系のLEDの間接照明に、白い天蓋つきのベッドが浮かび上がっていた。
時刻は夜十時。
部屋の隅には
ノックの主に返事をすると、ココロボソコがすっと消えた。
入ってきたのは高瀬さんだ。
「じゃぁ、佐々木さん、この布団を使ってください」
すみません・・
高瀬さんは手際よくベッドメイクをすると、部屋を見渡した。
「この部屋は、とりあえずのお試しですので、好きに使ってくださいね。もし気に入られましたら、入居手続きしますので」
衝撃告白のショックで頭がぼおっとする。
3階のこの部屋に不満なんて全くないし、できれば今すぐ入居手続きしてもいいって思うんだけど。
高瀬さんは、おやすみなさい。と微笑んで、ドアを閉めて行ってしまった。
へにょへにょ崩れ落ちるけど、ダメだよダメだよぉ。へたってる場合じゃないよ。
まずは梓だ。梓にラインを送ろう。
彼氏の親が上京してきてるってことは、返信がままならないかもしれないから、とりあえずの状況報告と、泊まる場所の確保ができたお礼を言わなくちゃ。
『おかげで泊まれたよ。ありがとう』
送信。
『スタンプ』
送信。
着替えるのも忘れ、へたりこんだまま、自分の身に起こった事態を咀嚼する。
ピロン。
早!
『よかった。ホッとしたよ』
梓、気にしてくれてたんだ。
『時間あったら電話しよう』
そう送ったら、すぐに電話がかかってきた。
「ルン!心配してたよ」
「ごめんねぇ。色々お手数かけて」
「いいよ。親友の危機じゃないの。で、どんな感じ?」
「めっちゃいいところで怖いくらいだよ」
「そっか。オーナーがうちの父の知り合いで、身元のしっかりした人にしか貸さない物件だから、たぶん住むには申し分ないと思ってさ」
「ありがとう。梓~。それでさ、高瀬さんって人に会えたんだけど」
「うんうん。イケメンでしょ?独身らしいよ~」
そりゃそうでしょうとも。
「わたしのこと、どんな風に紹介してくれたの?」
「ん?住むところがなくなっちゃった25歳の可哀そうな女子」
「それだけ?」
「そうだけど、なんで?」
「ううん・・そっか。なんでかなぁ?わかんないけど、一応わたしは大丈夫だから、心配しないでね」
改めて梓にお礼とおやすみの挨拶をして、電話を切る。
友達と話せたことで、少しだけ落ち着いた。
落ち着くと眠気が襲ってくる。
ふわふわのベッド。真っ白いシーツ。
眠いけど、お風呂入らなくっちゃなので、ぐちゃぐちゃに放り込んだタオルと下着をトートバッグから取り出す。
一瞬、誰かの話し声が聞こえた気がした。
ちょっとだけ緊張したけど、ああ、ここはシェアハウスなんだからどこかの部屋の誰かの声が漏れていたって不思議はないってことに気づいて、苦笑する。
着替えとタオルを持って、部屋を出る。高瀬さんから受け取ったばかりのカードキーを、忘れないように短パンのポケットに入れる。
廊下の左側にシャワールームのドアが3つあって、どれもが空きになっていた。
中に入ると更衣室、奥にシャワー室の扉がある。
造り付けの簡単な棚とコンセントと折り畳みの椅子。
アルコール除菌のスプレー。
3階の他の部屋にはどれくらいの人が住んでるのかわからないけど、廊下は静まり返っていた。
おとなしい住人が多いのか、金曜なのでみんなどこかに出かけてるのか。
服を脱ぐ。
タオルをドアにかけてシャワーの栓をひねる。
備え付けのシャンプーを使おうか、個包装になってる試供品使おうかちょっと迷う。
湯温はちょうどいいし、シャンプーボトルはなんだか高価そうだし、匂いも良い感じ。
泡で出るボディソープを両手で念入りに塗る。足先からゆっくりと太ももへ。
気持ちいいなぁ。自然と鼻歌が出てくる。
自作のやつね。
ウエストと背中をこすって胸から首を洗って、いよいよシャンプーボトルをプッシュ。
甘い香りが立ち上る。
使い心地も良いしシャワーで勢いよく流した後の髪もすっきりしている。
タオルを頭に巻いてシャワー室から出ると、廊下の端に誰かの姿があった。
奥の部屋の人みたい。軽く会釈をしてその人は奥の部屋に入っていった。
こういう感じも悪くないなぁ。
自分の部屋に入って改めてゆっくり家具を開けてみる。
猫足のチェスト。からっぽ。
造り付けのドレッサー。壁に丸い鏡が貼ってあって、棚が直に壁についている。
抽斗はやっぱり空。
白いソファ。
家具は全部白だ。ウオークインクローゼットがあったので、タオルはそこのハンガー掛けに干した。持ち込んだ鞄類を置いても、クローゼット内は広々している。
ベッドに寝転んで、軽くストレッチをする。
あーそうだ。ヨガマット持ってくるの忘れちゃった。
いや、あの状態では、ヨガマットまでは運べないな。丸めたヨガマットを真横にリュックに差し、背負う姿を想像していたら、さっきまでの家出少女は夜逃げの人に変貌する。
ヨガマットはともかく、ドライヤー持ってくるのも忘れたことに気が付いて、本格的に後悔した。
あれ、けっこう高いドライヤーだったのに。
チェストの上にリモコンが置いてある。
適当にいじると照明が暗くなる。
良い部屋だなぁ。
落ち着くなぁ。
うとうとしてきた。
どこかから、英語のような音声が漏れてくる。
深夜ラジオか言語の教材かな?
それとも、シェアハウスの住人に外国の人がいるのかもしれない。
意外と、壁が薄いんだな。
まるで耳元で誰かに話しかけられてるみたい。
そう思ってるうちに、眠りについた。
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