シェアハウス初心者なんですけど、もしかしてココって壁薄いんですか?

椿 茉莉花

シェアするごはん編

ひょんなことから辿り着きました

 

 わたし、住むところがなくなっちゃったんです。



 彼氏に追い出されちゃって・・

 逆切れで追い出すって、酷くないですか?


 でも、そういうやつなんです。




「今日はさぁ、ちょっと都合悪いんだよねぇ・・てっちゃん風邪ひいちゃって。ルン、誰かほかに知り合いいないの?」

 美羽の溜息がスマホ越しに聞こえてくる。シングルママは大変だなぁ。

「・・・。わかった。他をあたる」


 実家暮らしの友人を頼るのはどうかとは思うんだけど、背に腹は代えられないというか、溺れる者は藁をも掴むというか。

「親父、今日は帰りが早いんだってさ。ごめんねぇ。アイツさえいなかったら何時でもウエルカムなんだけど」

「ううん、こっちこそムリ言ってごめんね。朋ちゃん」


「梓、今日ヒマ?泊めてくれない?」

「あー・・彼氏の親が上京中で」

「そっかー。わかった。じゃあまた今度ね」


 少ない人脈は早々に全滅して、撤退を余儀なくされるわたし。

 今日は金曜だから猶予はあるけど、週明けまでに何とかして会社行かなくちゃだし・・どうしたらいいんだろう?ネットカフェって行ったことないんだよなぁ・・

 女一人って、大丈夫なのかな?


「おねえさん、すごい荷物だね?旅行に行くの?」

 見知らぬ男性に声を掛けられる。酔っ払いなの?

 いえ。あの、その・・


 口をもごもごさせて逃げる。

 なんだよ、田舎モンかよ

 背中にしっかり嘲笑を浴びつつ、逃げ込んだファミレスでやっと一息つく。


 田舎モンって・・どんなポケモンだよ?って心の中でちょっと毒づいて、垢抜けないゆるキャラを思い浮かべて、ちょっと笑った。

 キャリーケースが一つ、キャリーの上に載せたボストンバッグ。リュックを背負って、斜め掛けにしたショルダーバッグと肩からかけたトートバッグ。



 これじゃあどう見ても家出した田舎モンだ。

 コーヒーを啜りながらスマホ画面を確認するこの心もとなさ。

 選択肢のひとつ、友人宅に避難。は絶望的になった。あとは、どこかホテルでも探して泊まるか、思い切って不動産屋さんに行って、即入居可物件を紹介してもらうか。

 今までのわたしって、身一つ分の人生しか歩んでいないんだな。


 心細さが背中をゆっくり伝って腰のあたりで蹲る。

 この心細さは、ココロボソコと名付けよう。わたしこの人と仲良くできるのかなぁ。

 ひとつだけ心に決めてること。それは。


 絶対に彼氏のもとには帰らない。


 ラインの着信があった。ココロボソコがすっといなくなる。

「ルン、知り合いにあたってみた」

 ココに行ってみて。


 梓から地図のスクショが着て、一縷の望みで立ち上がる。ココロボソコもゆっくりついてくる。時刻は夜8時。うかうかしてはいられない。とりあえず今夜の寝床を確保しなくちゃ。


 地下鉄の最寄り駅を出て少し歩く。キャリーバッグの音をさせながら賑やかな表通りを過ぎて角を曲がると、辺りは住宅街になる。

 指定されたお店は薄暗い照明に控えめに照らされて、月明かりのない夜の街にぼおっと浮き上がる。


 シックな黒枠の摺りガラスのドアを押す。

 カラン。

 来客を知らせるベルが鳴り、カウンターにいた店員さんが顔を上げる。

「いらっしゃいませ」

 高くも低くもない声。はっきりと聞き取れる滑舌。爽やかな微笑み。

「あの、」

「はい」

「高瀬さんという方はいますか?」

「僕です」

「佐々木と言います」

「はい。柴山さんから伺っております」


 ホッとしたのか、急に荷物の重さが倍増した。


 


    ☆     ☆     ☆




 それがどうしてこうなってるんだろう?


 広いアイランドキッチンの床はピカピカに磨かれていてわたしの顔が映りそうで。わたしの格好は、床に両手をついて、四つん這いで、染めた髪が床に散らばる。・・至近距離に高瀬さんの端正なお顔が・・

 まだ知り合って30分ですよ・・

 えっと、。

 恥ずかしさでひたすら下を向くわたし。


「おかしいなぁ」

 高瀬さん、本当にごめんなさい。

「この辺にあると思うんだけど」

「はぁ、すみません」

「あ、ありましたよ。はい」

 微笑む高瀬さんからイヤリングを受け取ると、わたしは申し訳なくて赤面した。


「じゃあ、続きの説明しますね」

 高瀬さんは食洗機の扉を開けた。


 ぽおっと高瀬さんを見上げる。説明なんて全然聞いてなかった。


 キッチンとリビングは何畳くらいあるのか見当もつかない。

 おいてあるソファの数、カウンターテーブルと椅子、一枚板の大きなダイニングテーブル。ちょっとした公共施設のロビー並みの広さにブルックリン風のインテリアが溶け込んでいる。

 それにしても、細長い指で戸棚を開け閉めする高瀬さんの所作が上品すぎて、あっという間に引き込まれてしまった。


「あと、奥にランドリースペースがありますから、ご自由にお使いください」

「はい」


 ソファに座り、今、高瀬さんが淹れてくれたばかりのコーヒーを啜る。

 あああ、美味しい。高瀬さんはキッチンの使い方を説明しながら、手際よくコーヒーを淹れてくれたのだ。

 「佐々木さんもLなんですね」

 これまた手際よくコーヒー滓の処理をしながら、ありふれた世間話をするように高瀬さんが言う。

 ぽおっとして聞き流してたんだけど、Lってなんだろう?L?L・・ラブリー?違うな。”も”って言ってたし。も ってことは誰かほかの人”も”?

真顔で見返すわたしに、高瀬さんはにっこり微笑んだ。

 LGBT。

「僕はGなんです」


 え?えええええ?

 梓、高瀬さんに何て言ったのー???















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