第5話 流石やね

「流石やねえ」


 下生えを踏み分けて、咲の元へ近づく足音。

 今の音を聞いていたはずなのに、効いた様子がなかった。

山からの道を咲よりもやや大きな足幅で歩いてくる。

咲と同じ白い装束だが肩のあたりを大きくはだけ、咲より遥かに大きな胸の持ち主の少女。夕闇の時分とはいえ、初夏の陽気を歩いてきたせいかうっすらと汗をかき、豊かな胸の谷間には小さな溜まりさえできていた。

「……藍」

咲の声に驚きが混じるが、少女は気にした風もない。

「今度のお務めはどないやった?」

 そっけなく話す咲とは対照的に、藍と呼ばれた少女は親しげに話しかけてきた。

「別に。いつも通り」

「そか」

 咲の返答に藍は軽く笑って、隣に並んだ。

「次のお務めは、海沿いの町。そこに出るあやかしを祓う」

「まじめさんやねえ。少しくらい町で遊ぼとか、思わへんの?」

 京ほどではないだろうが、この瑞穂国は大きい町は海沿いにできることが多い。大陸に比べ山地が多く、まとまった平野が海沿いにあること、他国との貿易で栄えやすいのがその理由だ。

 人が集まれば物も集まる。人と物が集まれば娯楽も集まる。

「思わない。そもそも遊ぶという感覚が、よくわからない」

「そか」

 咲の過去を知っている藍は、ふたたび軽く笑った。

 相手に合わせるという話術にこれほど長けている他人を、咲は藍以外に知らない。

 自分と違って人好きのする性格で、この容姿にこの色香。だが不思議なことに浮いた話一つ聞かない。

 藍はこの道の先達で、目が見えなくなり自棄になっていた咲の資質を見出し、面倒を見てくれたのだ。時期になっていた頃きつく当たってしまった負い目もあり、咲は未だに藍に対して頭が上がらなかった。

「次の仕事は?」

「あいかわらずのまじめさんやなあ。そんなんやから浮いた話の一つもできひんのや」

「それはお互い様」

 なれなれしく肩を組んできた彼女を振り払うこともせず、咲はされるがままになっていた。自分より遥かに大きな胸が頭に押し付けられ、敗北感を味わう。

「そもそも藍が、なぜこちらの方へ?」

「本宮からの指示や」

 咲や藍といった渡り巫女は、本宮という彼らをまとめ上げる神社の指示で動いている。国ごと、神社の系統ごとにいくつかの本宮が存在し、彼女たちが属する本宮は貴船海神社といった。

「今度のお務めは大きめや。一人やと手に余るかもしれんから、ウチと二人で行くことになるんやて」

 それを聞いた時、咲の胸に暖かなものがこみ上げる。

「久しぶりやな。ウチと仕事するんは」

「ああ」

 言葉こそそっけなかったが、声音が変わったのを咲は自分でも感じていた。

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琵琶少女の除霊術 @kirikiri1941

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