不可視の万引き犯

黒うさぎ

不可視の万引き犯

「毎度あり~」


 狭い店内にレンリの声が響く。

 雑多に並べられた魔道具たちは最新鋭のものばかりではないが、民間に向けた品揃えとしては十分といえるだろう。


 ウィルソンが魔道具屋をこの街で開いてからもう3年になる。

 ガサツで少し抜けているところのある男だが、街の皆からはそんな部分も含めて好かれていた。


 ウィルソンの店はけっして大きなものではない。

 だが、家庭用の魔道具を中心に取り揃えることで、冒険者を相手に商売をする他の魔道具屋と客層をずらすことに成功していた。

 今となっては街の皆、とくに家事を取り仕切る主婦層からの支持は磐石のものといっても過言ではないだろう。


 経営は順調で、これまでは一人で切り盛りしてきたが、少し前にようやく店員を雇うことができた。

 まあ、店員といっても知り合いの商人の息子であり、商売を学ぶために一時的に雇っているにすぎない。

 それでもウィルソンにとって大切な店員であることに違いはなかった。


「店長、そろそろお昼買ってきますね」


 店の方からレンリの声が聞こえた。

 レンリは働き者だ。

 真面目だし、一度教えたことはすぐに吸収してしまう。

 商人としてだけではない。

 魔道具作りにも興味があるらしく、試しに基礎から教えてみたところみるみるうちに成長し、簡易な魔道具程度なら自作できるようになってしまった。

 今はまだウィルソンの助手をしている状況だが、その内店に置く商品を作らせてみるのもいいかもしれない。


 それだけの才能を持っていながらレンリはその才能を鼻にかけることはないし、こうして進んで使い走りのようなことまでしてくれる。

 いずれ巣立ってしまうのはわかっているが、今だけは実の息子のように可愛がってもバチは当たらないだろう。


「俺の分は大盛りだからな」


「わかってますって」


 表のドアからレンリが出ていく音が聞こえた。

 ウィルソンは作業を止めると、店番をするために腰をあげた。


 一人でやっていた頃は、昼は店を閉めて外へ食べにいっていた。

 だがレンリが来てからはレンリの提案で、馴染みの定食屋で弁当を作ってもらうようになった。

 余り物で作ってもらうことで安く済むし、それに店を閉めなくていいからだ。


 店番にしてもレンリがやってくれている間、ウィルソンは魔道具の製作に取り組むことができる。

 一人でやっていた頃とは効率において雲泥の差だ。


 カウンターに頬杖をつきながら狭い店内を見渡す。


(レンリが辞めたら、店員を雇うのも良いかもしれないな)


 そんなことを考えながら、レンリの帰りを待った。


 ◇


「おかしい……」


 在庫管理をしながらウィルソンは呟いた。

 何度計算しても収支が合わないのだ。


 そういうことはこれまでにもなかったわけではない。

 原因は会計ミスなど様々だったが、今回のそれは明らかにこれまでとは異質だった。


 ウィルソンは毎週末にまとめて収支の確認をしているのだが、このところ毎週のように計算が合わなかった。

 さすがにこうも続くとなにかが起こっていると疑わざるをえない。


(……万引きか?)


 金額自体はたいしたことない。

 精々数日分の食費くらいにしかならないだろう。

 だがそれが毎週となるとウィルソンとしても対策をする必要がある。


 店を開いている間はウィルソンかレンリのどちらかが店番をしている。

 だが狭い店内とはいえカウンターから死角になる場所はあるし、万引きができないわけではない。


「店長、お昼買ってきます」


 レンリの声が響く。


(ひとまずカウンターの死角に映像記録の魔道具を設置して様子を見るか)


 ウィルソンは店番をするために腰をあげた。


 ◇


 しかしながら万引きがなくなることはなかった。

 まるでウィルソンを嘲笑うかのように対策の上を悠々と越えていくのだ。


 あれからできるだけの対策を行った。

 しかし、映像記録の魔道具にはなにも映っていなかったし、店番の際に客を注視するようにしても見破ることはできなかった。

 レンリにも気を付けるよう言いつけたが、万引き犯を見つけることはできなかった。


 だが成果がなかったわけでもない。

 週末に計算していた収支を毎日するようにしたところ、驚くべき事実が判明した。

 なんと犯人は毎日犯行に及んでいたのだ。


 一度客のリストを作ってみたが、さすがに毎日来ている客はいなかった。

 これはどういうことか。

 もしかしたら犯人は個人ではなく、グループなのかもしれない。


 少額の品を盗むために果たして徒党を組むだろうかとも思ったが、犯行方法がわからない以上、相手の目論見は成功しているといわざるをえない。


 どうしたものか。


 大人しく衛兵に頼るべきだろうか。

 被害が小さいのに衛兵を頼ることへの抵抗感はあったが、このまま続くと思うとそうもいっていられない。


「店長、お昼買ってきます。

 ……大丈夫ですか?」


 珍しく裏までレンリが声をかけに来た。

 レンリの目にはきっとやつれた俺の顔が映っているに違いない。


「……ああ、まあな。

 ただ、どうしてもわからなくてな」


「例の万引き犯ですか?」


「ああ」


「店長、もしよかったら俺に収支の計算をさせてもらえませんか。

 もしかしたら何かに気がつくかもしれませんし」


 これまで収支の計算はウィルソン一人で行っていた。

 いくら優秀とはいえ、こればかりは雇ったばかりのレンリに任せるわけにはいかなかったのだ。


「そうだな、何かわかるかもしれん。

 やってみてくれるか?」


 何度も何度も計算し直したのだ。

 今更レンリが見ても何かがわかるとは思えないが、手詰まりのウィルソンとしては藁にでもすがる思いだった。


 そうしてレンリが計算を始めて暫く。


「店長、犯人がわかりました」


 そうレンリがいった。


「っ!

 本当か!」


 思わずレンリの肩を両手でつかむ。


「落ち着いてください。

 そうですね、まず初めに商品はなにも盗まれていません」


「何?

 それはどういうことだ」


「あとこれは僕のせいかもしれません」


「お前が盗んだのか!」


 肩をつかむ手に力をいれ、レンリを揺さぶる。


「違いますって!

 いいから店長は落ち着いてください!」


 ウィルソンの手を振りほどくと、レンリはコホンと咳払いをした。


「店長は自分の買い物をするとき、お店のお金を使いますか?」


「使うわけないだろう。

 経営資金と俺の財産はちゃんとわけてある」


「それはご飯を食べるときもですか?」


「当然だ」


「そこですね。

 俺と店長の間に認識の違いがあります。

 これは俺の過失です。

 しっかり店長に確認するべきでした」


 レンリは深く頭を下げた。


「なんの話だ?」


「俺、いつもお昼を買うときに店の金を使っていたんです。

 店長から別途お金を貰ったことがなかったので、てっきり経費から落ちるものとばかり思っていました」


「お昼、だと……」


 一人だった頃は自分の金で買っていたから、経費に昼食代を含んだことはなかった。

 それがレンリがうちで働きお昼を買いにいくようになって、店の金から昼食代を引いていたと。


「はぁーー」


 肩の力が抜ける。


「レンリ、頭をあげてくれ。

 これは完全に俺のミスだ。

 お前は悪くない」


 こうして万引き犯は無事発見されたのだった。


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