第9話 黄巾賊の拠点にて
頼もしい助太刀である張飛とともに森の奥へと向かう。見張りがいないかと俺は慎重に進むが、張飛は関係なくどんどんと森の奥へと進む。
「おいおい。もし森の中で黄巾賊に出くわしたらどうするんだ」
「そんな気にしなくて大丈夫だろ。ここのやつらは、そんな強くねえだろうし」
官軍と戦っている本軍はまだしも、ここのような地方にいる黄巾賊は精鋭というワケではないらしい。農民や学者など、軍民だけが集まっている集団ではないので、納得だ。それであれば、ますます救出の可能性が高まるので、緊張の糸は切れない程度に俺は安堵する。
ちなみに張飛が腹や太腿がむき出しなエキセントリックな格好をしているのは「黄巾賊をぶっ倒していたら返り血で汚れちまって、洗っても取れねえから切った」というなんとも野生味溢れる理由だった。猛将とかいうレベルを超えている気がする。
「しかし、惚れた女をひとりで助けに来るなんて、兄ちゃんカッコいいじゃねえか」
カラッとした笑顔で、張飛がとんでもない発言をする。慌てて俺は返答する。
「ななな何を言っているんだ! 別に俺と劉備はそういう関係じゃない!」
俺は劉備とはまだ出会ったばかりだ。というか出会ってばかりとかも関係ない。たしかに綺麗だ……ということを思わなかったわけではないが、否定の意味を含めて劉備との出会いなどを張飛に説明する。
「な〜んだ、つまんねえの」
と口を尖らす張飛。その手には3mはあるであろう矛があった。
張飛が背負っていた長い袋の中身は、この矛だった。とても重そうだが、軽々と持っている。というか、ブンブン振り回していて危ない。たしか、張飛の武器は刃の形がジグザグになっている「
そして俺の手には、張飛が腰につけていた剣がある。
丸腰であった俺を見かねて張飛が貸してくれたものだ。これまた剛力の張飛に合わせて、ずっしり重量感があるものであったが、どうにか使えそうだ。
しかし、ここまで来ていて思うのも今更なのだが、俺は……これで人を斬れるだろうか。
なにせ、ほんの数日前は現代日本の一般的な大学生だった身だ。一般という割には、祖父の指導で居合も齧っていて真剣を持ったこともある。しかし、居合はあくまで型のみだ。人を斬るためのものではない。剣道の竹刀も同様だ。しかし、斬らなければ、逆にやられるだけだ。しかし……。
そんなことを考えながら森を進んでいると、幸いにも特に黄巾賊に出会うこともなく、明るい場所に出た。どうやら森の中に開けた広場のようなものがあるようだ。張飛とともに森の端まで気をつけて進み、広場の中を見渡す。
「結構いるな……」
目の前の光景を見た俺は呟く。
広場には黄巾賊の印である、黄色い布を髪につけている男が20人はいた。各々夕食の準備なのか、焚き火を囲んでいる。寝床としているのか、モンゴルなどの遊民族がしているようなテントがいくつか見えた。あの中にもいるとなると30人以上はいるだろう。果たして張飛と俺だけでどうにかできるのか。そう思っていたら、横からとんでもない発言が聞こえた。
「よっしゃ! 行くか!!」
「おいおいおい!! ちょっと待て!!!」
「ひゃっ! どこ触ってやがる!」
いきなり立ち上がり広場へと飛び込もうとする張飛を、俺は慌てて止めた。しかし、急だったので、張飛のむき出しとなっている腹部、そしてその膨らむ胸部を抱く形になってしまった。わかっていたが、とんでもないボリュームだ……と、その柔らかな感触に一瞬飛びそうになった意識をどうにかつなぎとめて、張飛を身を隠している茂みへと座り直させる。
「なんだよ、急に……。さかりをがついたなら、場所選んでくれよ……」
「急はこっちのセリフだ! それに、さかってなんかいない!!」
つい大声を出しそうになったが、広場の方に聞こえたら台無しなので、声を潜めて張飛を責める。
「あの人数くらい大丈夫だって。あんたもそれなりにやれそうだし、適当に行っても負けねえよ」
「あんたの腕は信頼できるが、今は人質の救出が最優先だ。もし人質が傷つけられたらどうする」
「ちぇ……。わかったよ」
しぶしぶという文字が目に見える顔で、一応納得する張飛。しかし、こいつ本当に考えなしで突っ込むつもりだったのか……。見た目も相まって、ますますバーサーカーにしか見えなくなってきた。
少し頭痛を感じつつ、改めて広場を見渡す。幸いにも今の騒ぎで見つかりはしなかったようだ。劉備はどこにいるだろうか。すると、広場の端の方にその姿が見えた。
劉備は端にあるテントの横に座らせられていた。他にも女や子供、計10人ほどの姿が見える。黄巾賊とは全員異なる格好をしているので、同じく人質なのだろう。全員手を縛られているようだ。俺がいる場所から、顔まで見れる距離ではある。見たところ、劉備も人質も怪我させられていない様子で、そこは安心した。
女子供ばかりで油断をしているのだろうか、見張りはふたりだけであった。しかし、どちらも剣を持っている。もう少し近づいて、夜を待てば気づかれずに助け出せるだろうか。いや、待っていてまた別のところに連れて行かれたりしたら困る。
そう迷っていると、テントの中から男が出てきて人質のいる方向へ歩き出した。
他の賊に比べて恰幅がよく、見張りの男も慌てて礼をしている。指揮官的な立場にいるのだろうか。指揮官らしき男は、人質の女たちにひとりひとり近づいて、じっと見ている。まるで品定めをしているような下卑た目つきだ。
男は、劉備の横にいる若い女の前で立ち止まると、指でさしながら女に向かって何かを言った。距離的にその内容までは聞き取れないが、その言葉が聞こえただろう女は急に怯えた顔になった。いったい何だ、と思っていると、横にいる張飛が怒気をはらんだ声でつぶやいた。
「人質として売り飛ばす前に、味見しようとしてやがるな」
「なっ……」
「だから、俺はあいつらが大嫌いなんだ。人を人として見てねえ」
張飛の顔は怒りに満ちている。いくら時代が違うからと言って、そこまで人権など無視するのか。驚いていると、広場の方から大きな声が聞こえたので目線を戻す。
劉備が、指でさされた女と指揮官の男の間に割って入っていた。内容までは聞こえないが、男に向かって、真剣な顔で何かを訴えている。止めようとしているのか。やめてくれ、じっとしていたら大丈夫なはずなのに。若い女のことを考えず、見知っている彼女のことを案じてしまう自分は残酷だろうか。
見張りの男が劉備をどかそうと、肩を掴む。その手を振り切り、劉備は再び指揮官の前に立ち、かまわず声を出し続ける。
すると指揮官の男は、劉備の顔を叩いた。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
役人を待つべきかとか、向こうの数の方が多いとか、自分が人を斬ったことがないだとか、そんな逡巡は全て消え去った。頭の中の血液が沸騰する。
「おい! 待てよ!」という張飛の声が聞こえたが、それに構わず広場の中に走り出した。
関羽転移伝〜女だらけの三国志時代で、義姉と義妹とともに中国制覇を目指します〜 遥川悠太郎 @harukawa-yu
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