第8話 アマゾネス張飛との会話
正直なところ、予想はしていた。張飛も女になっているということを。
なにせ、あの劉備が女になっていたのだ。女神が言い残したことも併せて考えると、確率的にありえなくはない、むしろ高い方だろうと思っていた。
しかし、このタイミングで出くわすとは。
たしか記憶では、張飛は劉備と会う前に関羽とすでに兄弟分になっている、もしくは張飛と劉備が会った後に関羽と出会うという形で書かれていたことが多かったはずだ。なので、このようなパターンは予想外だ。この森で何をしていたんだ? まあ、そもそも武将が女性化しているのだから、何が起きてもおかしくない。自分が知っている情報との誤差に不安を覚えつつ、とりあえず納得することにした。
「おい! オレを無視すんな!」
そう俺が思考していると痺れを切らしたのか、張飛を名乗る女がこちらに向かって歩き出す。薄暗い森から出てきてくれたことで、その姿が見れた。
身長はやはり俺と同じか少し下、180cmあるかどうかくらいだろうか。しかし、なかなかに特徴的な風貌である。
少し赤みがかった長髪をポニーテールのように後ろに括っており、頭には西遊記の孫悟空がしているような金色の輪っかを着けている。顔は整っており、強気さを感じさせる目つきと合わせて、やんちゃで活発な美少女という印象だ。年齢も俺と同じくらい、もしくはもう少し下だろうか。
服装に目線を下げると、素材自体は劉備ほどには貧しさは感じない、むしろ少し上等な布のように見える。背中には、荷物を入れるためであろう袋と何か長いものを布でくるんで背負っている。ただ、なぜか上衣の端が雑に破れており、へそが丸見えだ。そして、その……胸が豊満であり、胸部の布がだいぶ盛り上がっている。腰もくびれており、スタイルは抜群と言っていいレベルなので目のやり場に困る。
慌てて、さらに目線を下げる。腰には剣を帯びている。まぁこれは時代的にまだ他の住民でも見るから別にいい。だが、下の服もなぜか雑に、しかも極端に短かく切られており、現代でいうホットパンツのようになっている。おかげで健康的な太ももが見える。なぜ、こんな格好なのだ。なんというか、その野性的な目つきも合わせて、ターザンというかアマゾネスのような印象を受ける。
「何をジロジロ見てやがる! 早くオレの肉を返しやがれ!!」
「あ、すまない。魅力的なスタイルだと思って、つい見惚れてしまった」
「ななな、なに言ってやがる!? そんなおべっかで、はぐらかせると思うなよ!」
怒気に満ちていた顔が、俺の唐突な発言にたじろき、少し頬が赤く染まる。俺が言うことではないが、あまり褒められ慣れてないのだろうか。たしかにこの長身や溢れ出る野性味から、まず怖気付く方が多いと思うが。
考え込むと、すぐに本音が漏れてしまうのは俺の悪い癖だな。というか、張飛の勢いに乗せられてタメ口になっているな。しかし、今はそんなことに構っている場合ではない。早く誤解を解き、劉備の救出に向かわなければ。
「俺は関羽という。張飛……殿、この肉は俺が盗んだものではない。そこに落ちていたんだ」
「へっ。盗人はみんなそう言うんだ。しらばってくれるなよ」
時間が惜しいので今回も関羽と名乗る。俺の返答を聞いた張飛の顔が再び怒りを深めた。
まずいな。なにせ張飛は後々「一人で一万人の兵に匹敵する」と称されるほどに武に長けた武将だ。もし争いになった場合、時代は異なるものの武術をかじったレベルの俺で立ち向かえるのか。この目の前の張飛も、その佇まいから俺が見たところ強い。一応武術を嗜んだ身として腕試しをしてみたい、と疼く自分もいるが、そんな時間はない。どうしたもんかと悩んでいると、ふとあることに気づく。
「なあ、俺の見間違いでなければ、背中の袋が破れていないか?」
張飛はこちらへの注意を残しつつ、己の背中の方を見る。
彼女が背負っている袋の端が破れていた。そこからそれを包んでいたであろう紙包みとともに、生肉が何枚か見えている。どんだけ肉が好きなんだ。おそらく、そこから肉が落ちたのだろう。それがわかったのか、張飛が後ろを振り返っている奇妙な格好で固まる。
「すまねえ! オレの勘違いだったようだ!!」
次の瞬間、目に止まらぬスピードで張飛が俺に向かって土下座をした。そのあまりの態度の変わりっぷりに驚きつつ、「劉備に続き、張飛の土下座を見るとは」と変な感想を抱いてしまった。
「誤解が解けたなら、なによりだ。土下座はやりすぎだから、頭を上げてくれ」
「おお! 兄さん、優しいな。この袋もだいぶ使い古していたからな。面目ねえ」
土下座を解いた張飛は立ち上がりながら、満面の笑みでそう言った。太陽の明るさのようなその笑顔は、高貴さを伴う劉備のそれとはまた違う魅力がある。
俺に近づいてきた張飛は「ありがてえ、ありがてえ」と言いながら、肩をバシバシ叩いてきた。いてぇ。やはり、こいつ強いぞ。
俺が知っている張飛と同じように、この張飛も単純……もとい素直な性格のようだ。痛みに顔をしかめつつ、俺は言う。
「すまない、今は時間がないんだ。知り合いが、この森の奥にいる黄巾賊にさらわれてな」
「なに!? 黄巾賊!?」
張飛が目つきを鋭くする。なんだ?
「やっぱりあいつら、ここにいやがったのか」
「張飛殿も黄巾賊を追いかけて、ここに来たのか?」
「ああ。オレは武者修行がてら、黄巾賊を見つけたらぶっ倒してるんだ。この森にやつらの拠点があると聞いてな」
なんという脳筋な返答。俺は続ける。
「武者修行はわかるが、なぜ黄巾賊を?」
「あいつら、国への反抗だという偉そうなことを言っていながら、無力な民衆から略奪をしてやがる。そんなのオレは許せねえ」
おお、そのストレートすぎる思考に少し驚きつつ、義の厚さに感動する。そう、己の感情にどこまでも率直だが、ゆえに「悪」にも偽りなく憤慨する。目の前の少女は。俺が知っている張飛そのものだった。俺がひとり感慨深くなっていると、「いいこと思いついた!」と言わんばかりの顔になって張飛が提案する。
「よっしゃ!! ここで出会ったのも何かの縁だ! どうせぶっ潰そうと思ってたし、オレもその知り合いの救出に協力してやる!」
唐突な提案に驚いたが、今の俺にとってありがたい言葉だった。人数がいるであろう黄巾賊に立ち向かうに当たって、あの張飛が手助けをしてくれるのは心強い。
「それはありがたい。しかし、黄巾賊の人数は多いかもしれないぞ」
「へっ! あんなやつら、何人いたってこの張飛
頼しすぎる返答をした張飛とともに、俺は森の奥へと歩き始めた。劉備を救い出すために。
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