32話 侍と騎士
28話の最後のクロエのセリフを少し変更させていただきました。
物語の基盤が変わるわけではありませんが、以前のセリフのままだとこれまで読んでいただいていた方の中で齟齬が発生すると思いますので、予めご了承下さい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「貴様、何をしている!!」
声を張り上げながら、シルヴィアを囲んでいた騎士の一人が剣をアキホに振り下ろした。
騎士でないものが処刑の現場で刃を振るっている時点で、既に敵対人物と認識しているのだろう。躊躇いなく侵入者を斬り伏せるべく振るわれたその剣を、アキホは自らも抜いていた刃を以て迎え撃つ。
「……うおっ!?」
しかし、弾くのではなく側面に添えるように。
何の抵抗もなく軌道を逸らされ、その騎士は剣を振り降りろした勢いのまま体勢を崩した。
その背中を蹴り飛ばして断頭台の上から落としたアキホは、視界の届かない背後から横なぎに振るわれていたもう一人の剣を潜るように躱し、振り返りながら彼の右足の肉を浅く斬る。
「……ぐぅっ!」
軸足に走る痛みに彼も体勢を崩し、その隙に再びアキホは蹴りを入れ同じように断頭台の下へと落とした。
そして断頭台の中央で膝を付いているシルヴィアを抱きかかえて、彼も断頭台の上から飛び降りた。そのまま王城と断頭台の間、観客が居ない空白のスペースへと距離を置く。
「総員、構え!!」
その瞬間に、先ほど放送から聞こえてきた女性の声が鋭く響き渡った。
その声に脊髄が反射するかのように、その場にいた十余名の騎士が一斉にアキホに向けて手をかざした。
そして各々の得意とする魔術を頭の中でイメージ。術式を構築し終えた一瞬のタイミングで、再び彼女から号令が飛ぶ。
「……撃て!!」
「「「「「
「「「「「
「「「
そして一節の詠唱と共に、十を越える魔法の弾幕が彼の動きを止めようと迫る。
近場にいた三人からの魔術をアキホはステップワークで華麗に躱すが、次に迫る弾幕は密度が濃く全てを躱す余裕はない。
多少の被弾はやむおえない。そう判断したアキホはシルヴィアを守りながら自らは最低限の負傷で済ませるべく、右手に握った刀を強く握りしめる。
「『
そんな彼の傍、弾幕の中心地にもう一人。
ブラウンの髪をした少女が小さな杖を手に持って優雅にふわりと舞い降りた。
彼女以外が扱うことのできない固有の詠唱。
二節の
「伏せて、アキホ!」
「っ!」
その言葉に即座にアキホは頭を下げる。
そして迫る魔術に対してアリアが杖を振る。
放たれた魔術がその輝く杖の先端に接触した途端、触れた炎や氷、雷が吸い込まれるように消失した。
「なっ……!」
団長の側近であるマーレ、そして周りの騎士はその光景に絶句する。
しかしマーレは、自身が依然調べた二体の魔獣を討伐した際のデータを思い出し、そう言う事かと歯噛みする。
―――――この街の学園には二つ名を持つ生徒が三人いる。
二年時から既に頭角を現している『
同じく二年に、畏怖と蔑称を込められ『
そして、叡智と探求心を以てその力を目覚めさせた秀才、『
『
彼女にしか扱えない固有魔術『
かつて存在したとされ、今目の前に存在する唯一の錬金術師。
不可能を追い求め、その可能性を追求し続けた『卑を以て貴へと転ずる』学問を体現する、まさに神代の科学者こそがこの少女なのだと、遅ればせながらマーレは思い出す。
彼女に素材を提供してしまえば、なにが起こるか相手にはわからない。
しかし、すでに彼女の杖に錬金を行使する素材は投入された。――――ならば。
「その少女に魔術を唱えさせるな!」
彼女が何をを作り上げる前にそれを止めるしかない。10人以上の魔術を収めたそれを放出させることは避けなくてはいけない。
そう判断したマーレは即座に命令を出し、周りにいた騎士がそんな彼女に剣を構え迫る。
「ごめんアキホ、10秒稼いで!」
「了解」
魔術錬金の欠点。それは、吸収した魔術を杖の中で分解、構築するのに僅かに時間がかかること。そして、未だ未熟な彼女はその魔術のみに集中しないといけないという事。
故に彼女は自らの守りを目の前の青年に託す。
その信頼に僅かに頷いてアリアの前に立ち、目の前に迫り来る三人の騎士を迎え撃つべく刃を構えた。
「………ぜあぁっ!」
再び騎士が迫りアキホへと振り抜かれる一閃。
錬金術師の前に立ちふさがる青年を即座に切り伏せるべく、三人が連携して彼に刃を振るうが、その侍は紙一重で全てを躱し続ける。
右に左に、上に下に。
まるでそれは流れる流水の如く。どれだけ騎士が刃を振るおうとも、三人がかりのその斬撃全てをアキホは余裕で受け流す。
「くそっ!!」
埒が明かないと騎士の一人がアキホを無視してアリアへと斬りかかった。
杖へと集中を向ける無防備な彼女に対して、その魔術行使を止めようと刃を振り上げる。
「ふっ……!」
しかし、その一瞬の意識の移り変わりの隙に滑り込むように、アキホの刃がその騎士を一太刀で斬り伏せた。
「がぁ………!」
「なっ………こ、このっ!!」
瞬く間に一人倒された動揺からか、騎士の振るう剣筋が僅かにブレる。
その隙を見逃すはずもなく、躱したアキホの返す刃がその騎士の左足を切り裂いた。
一瞬で二人倒された光景を目の当たりにし、腰が僅かに引けた最後の騎士。
一歩後ろに後ずさったその騎士の腕を取り、アキホは背負うように一息に投げ飛ばす。
「ぐはっ!!」
背中から落ちて息を吐き出した騎士。その騎士の鳩尾に体重を乗せた膝を落として意識を刈り取る。
そして迫る騎士の第二波へと目を向けたその時、後ろでアリアが声を上げた。
「もう大丈夫、アキホ!『
錬金を終了したアリアが顔を上げる。そして輝く杖を振りかぶった。
殺到する騎士がそれを止めようと迫るが、彼我の距離は致命的なほどに開いている。
そして杖を振り下ろしながら彼女は二節の詠唱を解き放った。
「『
その詠唱と共に彼女から魔力が吹き荒れる。
そして杖から光がほとばしった直後、彼女を中心に直径50マトルほどの光の壁が騎士の集団と彼女たちの間を隔離するように展開された。
「な、なんだこの壁はっ!」
「くそっ、硬すぎる!」
壁の外の騎士は剣で斬りつけ拳で殴りその結界を壊そうとするが、10人以上の魔術を飲み込んで構築されたその結界はびくとも動かない。
三属で形成されたその結界の中に残るのはアキホとアリア。騎士団長とそのお付きの女騎士。そしてシルヴィアと倒され転がっている騎士たちと、その直前に飛び込んできた一人の少女だけだった。
「あ、アキホさん!」
「よかった。間に合ったんだね、フィオ」
飛び込んできた少女は勢いのままアキホに駆け寄った。
周りに倒れる様に転がっている騎士たちを緊張した目で見まわしている。
「早速で申し訳ないんだけど、倒れている人たちの治療をお願い」
「は、はいっ。分かりました!」
素直に頷いて痛みに蹲っている騎士へと駆け寄るフィオ。
アキホは大魔術を行使して一息吐いているアリアへと目配せをした。
その意図を汲んだアリアは小さく頷いて、万が一騎士がフィオに襲い掛かった時の為に彼女へと付き添うために駆け出す。
「怪我はない?」
「どうして……なんで来たんですか………!」
アキホが足元にいるシルヴィアに声を掛けた。
彼女から返ってくる言葉は血を吐き出すような怨嗟の声だった。
「君を助けに来た」
「っ、ふざけないでください……!」
「本気だよ」
「そんなこと私は望んでいない!!」
それは出会ったとき以上の拒絶の意思。
声を荒げない彼女が全霊を込めて彼に突きつける、怨嗟と憤怒の叫び。
「自分勝手な都合を押し付けないで!この国が未来に進むための一歩を邪魔しないで!あなたの勝手な我儘がこの国の未来を奪っているんです!」
「…………」
「私は此処で死ななければいけないんです!私が死ぬ事で皆が幸せになれるんです!だから……!」
「死ななければいけない……か」
叫ぶアリアに被せるように呟くアキホ。
遮ってきた彼のその声は、シルヴィアが今までに聞いたことのない声色だった。
怒りでもない。呆れてもいない。
ただただ自らの心の中に刺さるようなその淡々とした声に、シルヴィアは一瞬言葉を失った。
「シルヴィアさんはそうやって、いつまで目を逸らし続けているのかな」
「ぇ……」
その言葉の真意を読み取ることが出来ずに、シルヴィアは揺れる瞳でアキホを見つめる。
しかしその言葉について問いただそうとした瞬間に感じた、僅かに遠くから飛ばされた背筋が凍るような殺気にその言葉は塞き止められた。
「……貴様、自分が今何をしているのか分かっているのか」
大気が震えるような低い声。
聞いたものに重圧と畏怖を与えるその漆黒の騎士の声に、アキホは身をその男性の方へと向ける。
「諸悪の根源である王族。その最後の血を絶やし、この国が未来に進むための儀式を邪魔した。……これで間違っていないかな」
「そこまで状況を分かっていながら。そして彼女の言葉を聞いてなお邪魔を止めないとは……貴様、正気か?」
「こっちにはこっちの事情がある。それに、守りたいものは人それぞれ違うものでしょ?」
慇懃無礼なその物言いに、ギゼリックは目付きを鋭くする。
その射殺すような視線を正面から受け止めて、アキホはなおも煽るように言葉を重ねる。
「貴方の守りたいものと僕の守りたいものは違う。だから、道理を蹴ってでもこうやって止めるしかない」
「……ならば私は私の守りたい
もはや躱す言葉は無いと、漆黒の騎士は剣を構える。
そして彼から鋭い刃のような殺気と、それに呼応するように魔力が結界の内部に迸った。
「っ!!」
「ぁっ……」
遠くにいたアリアはその気配に身を強張らせ、フィオは一瞬恐怖に硬直した。
この国で最も強いと言われている騎士の殺気に、この場にいる全員が恐怖に竦みあがる。
聴衆の中にはその殺気に耐えきれず、意識を失う者もちらほらといた。
「……」
その殺気を一身に受けるアキホは、僅かに腰を落とし刀へと手を添える。
その青年から溢れ出るのはギゼリックのような鋭い殺気ではない。
しかし彼から溢れ出る色も形もない威圧感に、相対しているギゼリックは小さく反応し、傍にいたシルヴィアの背筋に僅かに悪寒が走った。
「…………」
「…………」
黒を纏う死神と白銀を携える剣鬼が無言で相対している。
互いの一挙手一投足を注視し、二人は斬り伏せるべき目の前の敵から目を離さない。
緊張が場を支配し、誰一人声を上げる事すら出来ずに見守っている。
そして聴衆の中の一人の女性が呆然と見つめるあまり、手に持っていた銀時計を落とした音が響いた瞬間。
「「はぁっ!!」」
アキホが霞と消え、ギゼリックが猛然と踏み出した。
互いに動き出したのは全くの同時。二人の振り下ろす剣と刃が一瞬の間を置いて交差し。
ぶつかり合った鉄の響く音と、衝突した魔力と魔力の大気が震えるほどの衝撃で、数多の死線を潜った羅刹と国を一身に背負い続ける騎士団長の死闘が幕を開けた。
白銀王女は世界樹に微笑う 霜月楓 @mint1106
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