魔女の家

尾八原ジュージ

魔女の家

 ××市郊外のとある邸宅で、四人の遺体が発見された。三人は至近距離から撃たれ、一人は撲殺されていた。いずれも死後三日ほどが経過していた。

 警察は邸内にいた男の身柄を確保し、後日この男の証言から、邸内で発見された遺体はすべて彼が手を下したものであると判明した。


***************** 逮捕された男の証言 *****************


 先ほどは取り乱して申し訳ありません。ただ、今日の日付に驚いたのです。

 遺体がすべて、死後三日ほどであるというのも、何かの間違いではないでしょうか。あの家に入ってから、もう何ヵ月も経過しているはずなのです。まだ三日ほどしか経っていないとは、にわかには信じられません。

 しかし、今こうして考えますと、やはり私がおかしかったのだろうと思います。あの家であったことは、必ずしもすべてが現実ではなかったのでしょう。

 まずは皆さんが仰るとおり、あの家で発見された四人を殺害したのは私です。

 お察しのとおり、別に余罪もありますので、実際にこの手にかけたのは、十五人ほどになるかと思います。しかしまず、あの家であったことをお話したいと思います。

 私の気が狂っているとお思いになるでしょうが、どうぞ、まずは黙ってお聞きいただきたいのです。

 あの家は古くは華族の家系だとかで、現在も相当の資産家であるということは、よく知られていたかと思います。立派なお屋敷でしたが、最近は隠居している先代とその奥様に、住み込みの家政婦の合わせて三人が、静かに暮らしておられるだけでした。その資産の割に、さびれた土地柄のためでしょうか、警戒が手薄であるということも、私は調べて知っていました。

 あの日は月のない夜でした。春の生暖かい風が吹いていました。私は仲間の男を一人連れて、屋敷の勝手口のガラスを破り、鍵を開けて邸内に侵入しました。

 先ほども申し上げましたとおり、私はこういうことに慣れていたのですが、仲間が少々とりのぼせている様子でした。不注意から大きな音を立てまして、それを聞きつけた家政婦らしき中年の女性が、ぱっと台所の電気を点けました。

 私はすぐに彼女を撃ち殺しました。犯行を重ねながら、私が今までお上の手を逃れてきた理由は、こうして情け容赦もなく、目撃者を殺害してきたからと言っていいでしょう。ですが、一瞬遅く大きな叫び声をあげられてしまい、また銃も撃ったので、邸内で人の動く気配が感じられました。普通の強盗でしたら、ここで逃げ出したかもしれません。しかし、私はこのようなろくでもない人でなしですから、逃げるのとは反対に、目を覚ましたばかりの住人を探しに向かいました。

 私は下調べの際、家の造りも大体把握していましたので、老夫婦の寝室を苦もなく探し出し、襖を開け様に次々と撃ち殺しました。こういうとき焦ってはいけませんし、相手の話を聞いてもいけません。まずはドアを開ける。そしたらいくら広いといっても、たったの数メートルの距離です。さっさと近づいて、撃つとかなんとかしてしまうんです。迅速にやれば、身動きできる人はあまりいません。茫然としている間に殺されてしまいます。

 なかなかそうはいかないものだ、と仰りたいような顔をされていますが、私に限ってはなかなかそういったものです。なんでしょうね、「向いていた」んでしょうねぇ。そういうことにとても向いていたんでしょう。

 ともかく、苦もなく二人を殺して台所へ戻ってみると、仲間の男がいませんでした。逃げたのかと思いましたが、耳を澄ましてみると、平屋と思われた家の、天井から音がするようなのです。廊下の隅の引き戸を開けたところが、てっきり納戸と思っていたのですが、急な階段になっていました。そこを上がると、天井の低い、小さな部屋がありました。

 そこにあの女がいたのです。


 その部屋には、背の低い本棚がこう、Lの字に並んでいて、その上によくわかりませんが、ガラス製の実験器具のようなものがたくさん並べてありました。また、天井から草を干したものがいくつもぶら下がっていて、不思議な芳香がたちこめていました。部屋の隅には小さなベッドがありました。

 女は本棚の前で膝を抱えて座っており、仲間はその前に立っていました。そして私が来たのに気付くと、どうしたことか、私に銃口を向けてきたのです。

 ここへ来るまでに三人殺していますが、その間に六発入っていた銃弾を撃ち尽くしていました。たいてい、一人に二発使うものですから。で、相手が銃を構えている、この腰の辺りに、レスリングのようにぶつかっていきました。とりのぼせたような奴ですから、勝算はあると思いました。床へ倒しておいて、持っていた銃で頭や顔を何度も殴りました。その間に相手の撃った弾が、二発ほど天井に当たりまして、乾いた花弁のようなものが、私たちの頭へ降り注ぎました。

 さて、仲間の息が絶えたのを確認してから、床に座っていた女を初めて、じっくりと見ました。この家については多少調べておいたのですが、見たことも聞いたこともない女でした。

 年齢は二十代半ばくらいで、黒いワンピースを着ていました。ごく普段着といったような代物で、綿の、本当に簡素なものです。目の前で人が殴り殺されたというのに、私を見てにこにこ笑っているのです。

 美人というのではありませんが、不思議な魅力のある顔立ちでした。黒い髪が肩まで垂れているのですが、それもちゃんとセットしているという風ではなく、さっきまで寝ていたようないでたちでした。ひと昔の小説にありがちな話のようですが、精神を病んだ血縁の者を、ひっそり住まわせているのではないかと思いました。

 そうしているうちに、ふと我に返りました。私の犯行と、顔を見たこの女を生かしておくわけにいかないと、普段の私が心の中で叫びました。そこで仲間の銃をとって、彼女の頭めがけて撃ちました。

 ところが、当たらなかったのです。いつの間にか彼女の手がその頭の前にあって、その掌から弾がころころと落ちました。

「次はあなたに当てるわよ」

 彼女がそう言ったので、私は銃を下しました。無駄だとわかったのです。彼女はやはり、にこにこ笑っていました。私はそれで、すっかり彼女に取り込まれてしまったのです。

 それから半年ばかり、彼女と暮らしていました。


 いや、実際には違うのでしょう。現実には、まだ三日しか経っていないそうですから。

 ただ私の感覚としては、あの家でそれくらいの月日を、彼女と暮らしていたと思うのです。一日一日を数えたわけではありませんが。

 その夜、どうしてそうなったのかはわかりませんが、私は雪崩れ込むように彼女と抱き合いました。気が付いたら小さなベッドの上で眠っていて、血の付いた私の衣服も、仲間の死体も、その部屋から消えていました。ぼんやりしていると、彼女が清潔そうな着替えを持って、部屋に入ってきました。

「ご飯の支度ができたわよ」

 私の着替えを見守りながらそう言って、階下へ誘うのです。行ってみると、台所や寝室からも、死体はなくなっていました。

 食事をしながら、彼女に「死体をどうした?」と聞くと、彼女は「そんなこと」と言って、困ったように笑うのです。結局、どうしたのかは教えてもらえませんでした。

 聞けば、四人とも殺害された場所で死体が発見されたそうですが、不思議でなりません。死体はなくなっていたはずなのです。それとも、私に見えなかっただけなのでしょうか。

 それから、ほぼ同じ日々を繰り返しました。彼女が食事を作ったり、ほかの家事を全てやってくれたのですが、その間私は大体、書斎で本を読んで過ごしていました。そして彼女の作った料理を食べて、二階の小さな部屋に戻り、小さなベッドの上で抱き合って、手を繋いで眠りました。

 私は幸せでした。生まれて初めて幸せでした。

 そうなってから初めて、自分の手にかけてきた人たちが夢に出てきたり、白昼夢に現れるようになりました。部屋の隅や、廊下の曲がり角の先に立って、私を見ているのです。私は彼らを恐れました。心の底から、彼らに悪いことをしたとわかったからです。それも生まれて初めてのことでした。

 そのため、夜中に魘されて飛び起きることもしばしばでした。そんな時いつも彼女は横にいて、私を「そんなこと、大したことじゃないでしょう」と慰めるのです。

 あの夜、拳銃の弾を落としたことよりも、ずっと彼女を恐ろしいと思ったのは、そのことでした。彼女はどうやら「人の命なんて大したものじゃない」と、当たり前のように思っているらしい。そのことが、言外に感じられるのです。

 こうして、まるで新婚夫婦のように過ごし、面倒を見ている私の命ですら、同じように思っているのです。今私が「幸せだ」と感じている生活は、彼女にとってはただの気まぐれらしいのです。

 それがわかっていてもなお、私は幸せでした。

 いつか彼女がふたたび気まぐれを起こし、私は殺されるだろう。そう思うと、心が穏やかになりました。

 ところがある日、目を覚ますと彼女が隣にいないのです。

 壁際にくっついた、二人寝るのがやっとのベッドです。ですが、彼女がいなくなったことに、私はまったく気付きませんでした。

 慌てて階下に降りると、庭に面した窓から彼女が見えました。

 いつも綿のワンピースに、髪を無造作に垂らしていた彼女でしたが、その時は黒いスーツを着て、髪も綺麗にまとめていました。

 私は彼女を呼ぼうとしましたが、その時、彼女の名前を知らなかったということに気付き、声が出ませんでした。

 しかし、彼女は私を振り返りました。にこにこ笑いながら、私に手を振りました。

 そして、軽い足取りで、颯爽と家を出て行ったのです。

 それから警察の方が入ってくるまで、私はその窓の下に突っ伏していました。


 あの家は何だったのでしょう。

 あの女はいったい何者だったのでしょう。部屋にあった器具や植物は、何のためのものだったのでしょうか。

 それどころか、先ほど聞きましたが、あの老人二人と中年の女性は「あの家に暮らしていた隠居夫婦と家政婦ではない」というじゃありませんか。

 主人夫婦は旅行に出ていて、家政婦が時々掃除に来る以外は、もう半月ほども誰もあの家にいなかったというのですよ?

 どこの誰だか、当の家主にもわからないのですか?

 何もかもおかしかったのではないですか。いったい、何があったというのですか。私は誰を殺したのでしょうか。

 あの女は、どこへ行ったのでしょうか。


**********************************


 逮捕された男はその後、余罪について、ほとんど休みもせずに話し続けた。

 そして翌朝、独房の床に自ら何度も頭を打ち付け、死んでいるところを発見された。


 もう三十年ほど前、とある地方都市で起こった事件だそうだ。

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