6-2(最終話)
エディたちがアーガラムの都で過ごす最後の一日がはじまる。
明日の早朝に、ティリーン王国一行は、帰国の途につく。だからエディはこの日だけは思いっきり羽を伸ばすつもりだった。
まずは日課の剣の鍛錬。王太后からも男装を認めてもらったため、堂々と中庭で行う。
ハロルドとジェイラスも一緒だ。
侯爵邸にいるとき、ヴィヴィアンはよく木陰の下にある椅子に座り、エディたちの様子を眺めていた。けれど、寒がりなようで今朝はまだ部屋から出てこない。
鍛錬のあとは朝食の時間だ。それが終わるとヴィヴィアンが用意してくれた町娘風の衣装に着替えた。
ハロルドやジェイラスは、防寒着のみ地味なものを選べば、町にいてもおかしくない装いとなる。
「王女殿下は人の多い場所では必ずフードをかぶってくださいませ。ジェイラス殿下には帽子をご用意しておりますわ」
本当にヴィヴィアンの準備には抜かりがない。
エディとジェイラスの銀髪は目立つ。ティリーン王国にいるときは、町へ出かけるときもとくに髪の色を隠してはいなかった。それは、比較的富裕層が集まる場所にしか出かけず、身分を隠していなかったからだ。
けれど今回は、庶民的な祭にお忍びで出かける。
銀髪を隠さなければまったくお忍びにならない。
けれど――。
「私たちよりヴィヴィアンとハロルド殿が目立ちそうなんだが」
ハロルドはいつもより質素な防寒着を羽織り、服装だけならば町にいそうな青年である。
ただし、まずキラキラした容姿に質素な服装が似合っていないため、なんだか胡散臭い。
そしてヴィヴィアンは町娘風の衣装がとてもよく似合っているが、自分の美貌や輝きを隠そうとする気持ちをそもそも持ち合わせていなかった。
「姉上も人のことを言えないと思いますが。目立たない、地味な常識人はきっと私だけだ」
他愛もない会話をしながら館のエントランスホールまで進む。
メイドたちに見送られながら、外に出ようとした直前、扉が開く。
「頼もう!」
「ロードリック殿!?」
突然現れたのは、ロードリックだった。
「今日は私も休暇だ! ……王太子は休暇も有意義に過ごさねばならない。隣国からの賓客をもてなし、アーガラムの都を案内してやろうではないか」
「……え……? 一緒に遊びに行きたいということですか?」
エディは意味がわからず、彼に問いかける。
「いいや、案内してやると言っているのだ。これも、もてなす側の務めだから遠慮するな」
遊びに行きたい。けれど、正当な理由がない。そうだ、友好国からの賓客を案内するという大義名分があれば、町へ出かけてもかまわない――ロードリックの意図はわかりやすかった。
しかも彼は、誰に言われるまでもなく、きちんと目立たない服装に着替えている。
賓客の安全を確保するため、アーガラム国側は、エディたちの予定をある程度把握している。
だから、ロードリックがそれを知っていてもおかしくはないのだが、誰よりも先に支度を終えて、この館にやってくるとは。エディはあきれ、言葉も出なかった。
「遠慮させていただきますわ」
ヴィヴィアンが一歩前に歩み出て、ロードリックと対峙する。
「君は、……確か侯爵の妹……ヴィヴィアンだったな?」
「呼び捨てですの? ……アーガラムの都も、祭も、わたくしが王女殿下のために下見をしておきましたので、案内など不要ですわ」
「なんだと!?」
「ロードリック殿下の貴重なお時間を無駄にするわけにはまいりません。殿下はどうぞ、王太子としての職務を優先してくださいますよう。オホホホホッ!」
「なら問おう! ヴィヴィアンはエディ王女をどこに案内するつもりなのだ?」
「フフン。わたくしの完璧なプランをご覧になるというのなら、落ち込まないように心構えが必要ですわよ?」
ヴィヴィアンはポケットの中から折りたたまれた紙を取り出した。
そこには今日訪れたい場所が書き込まれているのだ。
エディもその紙をのぞき込もうとするが、グッと強い力で後ろに引き寄せられた。ハロルドが邪魔をしたのだ。
ハロルドは明らかになにかをたくらんでいる顔で、人差し指を口もとに持っていった。黙っていろという意味だろう。
それから彼は突然、予告なしにエディを抱き上げた。
「ジェイラス殿下。……あの二人のことは任せます。ここ数日たくさん働きましたから、子守は遠慮させていただきます」
小声で一方的な宣言をして、ハロルドはエディを抱えたまま歩き出す。
白熱しているヴィヴィアンとロードリックは周囲の変化にまったく気がつかない。
「……まっ、待って……私が最年少……」
王子であるジェイラスが引き留めても、ハロルドは止まらない。
音も立てずに外まで出て、そのまま走り出した。
「ハロルド殿、ヴィヴィアン殿を置いていってはだめだと思うぞ!」
ロードリックとはそもそも約束をしていないし、ジェイラスは好んで姉と一緒に出かけたい年頃でもないだろう。
けれどヴィヴィアンとは約束をしたのだし、彼女がものすごく楽しみにしていることはよくわかる。
「あとで合流いたします。……どうせあの三人が一緒にいたら目立つでしょうから、すぐに会えますよ」
「でも!」
「真っ白に染まった世界をあなたと一緒に見たいだけです。夫なんですから、あなたを独占する権利が私にはあるはず。だから、一時間だけ……ね? エディ」
ハロルドは三日前の事件から、エディの名を敬称なしで呼ぶようになった。
呼び方が変わっただけではなく、二人の関係も常に変化していくのだろう。
今まで名前を呼ばれるたびに感じていた羞恥心が薄れ、だんだんとそれが別の想いに置き換わる。「エディ」と呼ばれるたびに、小さな幸せがフワリと心の中を満たすのだ。
エディは、ハロルドに下ろしてもらい自分の足でうっすらと積もった雪の上に降り立つ。
それから彼の手を取って、歩き出した。
「行こう! ハロルド殿」
せかすように手を引けば、彼は小さく笑って応じてくれる。
エディはこの先も、ハロルドとどこまでも一緒に歩み、いくつもの新しい世界を見るのだろう。
雪が見てみたい――また一つ、願いが叶ったのだ。
彼と一緒なら、どこまでも歩いていけるのだとエディは信じていた。
おわり
男装王女の悪妻計画〜旦那様がぜんぜん離婚に応じてくれません〜 日車メレ @kiiro_himawari
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