痴漢冤罪

初瀬四季

第1話

「この人痴漢です‼︎」


 甲高いファルセットの叫び声が電車内に響く。


 男は呆然とした顔でセーラー服の人物を見る。

 そして、ゆっくりと両手を真上にあげると、


「・・・・・・鑑識を・・・・・・呼んでくれ」


 苦渋に満ちた表情で呟いた。


「黙れ変態!」


「おいおい痴漢なんて最低だな!」


「女の敵‼︎」


 口々にそう呟く傘を持ったおじさん。通学鞄を持つ男子高校生。パンチパーマのおじさん。


 彼らの責めに、男は自らの無実を主張する。


「俺はなにもしてない! 無実だ! 俺の手を鑑識で調べてもらえれば、その服の繊維が付いていない事が分かるはずだ‼︎」


「嘘です! この人私のお尻になにか硬いものを押し付けてきました‼︎」


 痴漢被害者は涙ながらにそう叫ぶ。


「待ってくれ! 俺は硬いものなど持っていない!」


「馬鹿か? 硬いものって言ったら、あれしかないだろう?」


 傘を持ったおじさんがそう怒鳴る。


「それこそありえない!」


「何故そう言い切れる? 素直に認めろこの変態が!」


 男は悲痛そうな顔をするとボソリと言う。


「俺の息子は数年前から、もう役割を果たせない」


 電車内に衝撃が走る。


 男は、不能だった。そして、硬いものなど持っていない。つまり、これは冤罪⁉︎


 痴漢被害者に視線が集まる。


「嘘じゃないもん‼︎ 本当に私のお尻に硬いものが当たったんだもん‼︎」


 痴漢被害者は、涙ながらにそう訴える。その涙は本物に思えた。


「では、答えは一つ。犯人は別にいる!」


 男のその言葉に再び電車内に衝撃が走る。


「わ、私じゃないぞ!」


 傘を持ったおじさんの声に、鞄を持つ男子高校生が続く。


「俺だって違う!」


 パンチパーマのおじさんが吠える。


「きっとあんたや!」


 パンチパーマのおじさんが指さしたのは傘を持ったおじさんだった。


「その子は、硬いものが当たったって言ってたわ! でも、その子の後ろのお兄さんはなにも持ってない。つまり、犯人は長い棒でその子の尻を触ったんや! そして、そんなものを持ってるのは、あんたしかいないわ!」


「ふ、ふざけるな! 何故私がそんな事をしなければならないのだ! 傘で尻を撫でてなんの意味がある⁉︎ それを言うなら、そこの坊主だって学生鞄の角で触れてたかもしれんだろうが!」


 その声に男子高校生が反論する。


「ちょっと待てよ! 俺なわけないだろ! 俺とその子のこの距離を見ろよ! 届くわけねぇだろ!」


「そんなこと知るか! 痴漢の言うことなんて当てになるか! この変態が! さっきから鼻息あたって気持ち悪いと思ってたんだ!」


 男子高校生におじさんが怒りをあらわにする。


「鼻息って、生きてるんだから仕方ねぇだろ! 息すんなって言うのかよ! つーか犯罪者みたいな顔してるって言えば、そっちのパンチパーマのおっさんだって怪しいだろうが!」


「私は女や‼︎ 失礼な奴やな‼︎」


 電車内に三度目の衝撃が走る。


「嘘つくな! どう見てもおっさんじゃねぇか!」


「なんやと? なら、見ろやこの綺麗なイナバウアーを昔フィギュアやってた美少女にしか出来ん技やで」


 そう言うと、パンチパーマのおじさん。もとい、おばさんは見事なイナバウアーを決めてみせる。


「今時、男子でもそれくらい出来るわ! そんなん証拠になるか!」


 彼らの争いを見た、痴漢被害者は混乱し、オロオロしながら叫ぶ。


「やめて! 私のために争わないで!」


「うっさいわボケ!」


 パンチパーマのおばさんが痴漢被害者の胸を押す。


 その勢いに負け、痴漢被害者は床に倒れる。そして、その衝撃でウィッグが外れる。


 それを見たその場の全員が思ったことを、パンチパーマのおばさんが代弁する。


「なんやわれ、男やないかい」


「悪いかよ! 私はこの格好が好きなのよ!」


 混沌。圧倒的混沌である。


「あの、もう帰っていいですか?」


 男は争う人々を見ながらそう呟く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

痴漢冤罪 初瀬四季 @hatusesiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ