第7話
◆ ◆ ◆
校門まで全力疾走で辿り着くも、ノアはすでにいなかった。
肩を上下させて呼吸する俺にいくつもの視線が周囲から飛んできたが、そんなことはどうでもよかった。
空を見上げて虹の位置を確認する。虹は教室で見たときと変わらずの強い存在感でそこにあった。
おそらくノアは虹のある方角へと走って行ったのだ。彼女の最終的な目的が何かは知らないが、少なくとも虹に関係していることは明らかだ。だったらあれを目指して行けば、自ずと彼女に会えるに違いない。
坂道を一気に下りきって車道に出る。道幅の広い通りからは頭上の景色ははっきりと見えた。俺は振り仰いだ空に架かる道標を頼りに、脇目も振らずにノアの行方を追った。
だがいくら指針となるものがあれど、街の中から女子高生をひとり見つけ出すのは容易なことじゃない。
横断歩道を渡ったところで、民家の間にある小路に入った。細い路地に張り付く自分の影法師に先導されて、暮れなずむ景色をひたすらに突っ切っていく。けれども先行く彼女の背中は一向に見えて来なかった。
やがて丁字路に差し掛かったところで立ち止まり、俺は膝に手を付き息を整えていた。
道を間違えたか。やっぱり開けた通りを進むべきだったのかもしれない。
身体をくの字にさせてそんなことを考える。
だがそれが後悔なのだと酸欠の頭がゆっくりと理解していくと、なぜこんなにも必死に彼女を探しているのか自分でもよく分からなくなってしまった。
何かを目標にがむしゃらに走り回ったのは、ずいぶんと久しいことだった。この街に越してきて以降初めてのことで――だがその対象が話もしたことがない同級生の女の子というのは、控えめに言ってもヤバい奴にしか聞こえない。
彼女の何が気になったのだろうか。俺自身に問い掛けてみるも、ちっとも形のある答えは返ってこない。
感情が突き動かしたのだ。合理性のある行動ではない。
だからこそ、この衝動的な気持ちを説明したくても、どう言い表せば良いのか言葉が思い浮かばず、歯がゆい気持ちが混ざり合う。
来た道を引き返すべきだ。
自分を見つめ返してみて、思う。
余計なことには首を突っ込むな。そんなことしたって、大抵がまともな結果も得られず徒労に終わるんだ。周りに何かを期待するよりも、受け身でいるほうがよっぽど気楽だ。
そんな意味不明な言い訳を頭に押し込んでいたところで。
「うん?」
きらきらとしたものが視界を横切るのが見えて、俺の意識は引き戻された。
顔を上げて辺りに視線を巡らす。
その何かはすぐに見つかった。
カラフルなわたあめのようだった。
頭上高くを鮮やかな色をした小さな粒の集まりが、テニスボールほどの大きさで淡く光を放ちながら漂っていた。小刻みに波打つような動きで、光の粒子たちはゆらゆらと宙空を流れていく。
映像ではない。
擬似ホログラムを展開するには専用の装置が必要なのだ。
種類は数あれど、そのどれもが装置へ書き込んだデータ、もしくは装置を介した外部との送受信により、立体的な映像が空間に投影されている。装置に内蔵されているGPSや電子コンパスから正確な位置情報を取得するため、映像は装置の設置箇所からの移動距離が限定されてしまう。
だが近くに装置はないし、そもそもこんな場所で擬似ホログラムを展開する用途が思いつかない。
ならあれは何なのだろう……。
呆然と眺めていたが、人の気配に気づいてはっと振り向く。
俺の通ってきたのとは別の路地。その中央で、ノアがこちらを見つめていた。
眼を大きく見開いて。
今朝教室で眼にした眠たげな表情ではなく、まるで到底に信じられないものを目撃してしまったとでも言いたげな。
明確な、驚きの視線を俺に向けている。
尋ね人との突然の遭遇ということもあったが、彼女の予想外の反応に意表を突かれてしまい、俺は巧く言葉を紡げずにいた。
ノアの口許が動く。
『どうして……』
そう言っているような気がした。
だが直後、ノアは何かを思いだしたように瞬きをすると、顔を右方へと向けた。
つられて俺も視線を向ける。さっきの光の集まりがいた方角だ。もしや彼女はあれを追いかけていたのだろうか。
光はとっくに見えなくなっていたが、ノアは構わずに地を蹴って走り出した。
俺のそばを横切る際にちらとこっちに一瞥した。だがすぐに視線を戻して遠い空を見上げながら駆けていき――あっという間に彼女の背中は見えなくなってしまった。
ここまで来て結局、何も言えずに終わってしまった。
まあ、会ったら会ったでどうするかを考えていなかった俺の計画性の無さが悪いのだが。
だがそれで諦めがついた。
暫く彼女のいなくなった場所を眺めてから、俺は踵を返して家路へと戻ることにした。
それからすぐに、虹も見えなくなっていた。
アルカンシエル おこげ @o_koge
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