第10話
七
「疲れた疲れたぁ~っと……今のちょっとオヤジ臭いか?」
深夜一時。
外灯の明かりが並んだ歩道を白いビニール袋をその手にぶら下げながら歩く青年が一人。
パイナップルの描かれたアロハシャツに七分丈のズボンのそれぞれの裾を揺らしながら、とぼとぼと歩みつまらなそうに溜め息を吐いた彼の名はツルギ。
時間も遅く、平日と言うこともあって人通りは殆ど無い。
以前まではまだもう少し活気のあった街中であるが、近頃は物騒な事件が多く現在のように遅くなると人気は激減するのである。
とは言え物騒だからと言って働かないわけにも行かないツルギは現在フリーターで、今日もバイトの帰りであった。
今日は帰ってさっさと休もう。そんな風に考えながら、ふとズボンの後ろポケットで震えたケータイに気が付き、それを取り出して画面を彼は確認する。何と言うことは無い、ダウンロードしているゲームからのお知らせであった。
はんっ――と何か面白い事を期待していたツルギはとんだ肩透かしに薄ら笑いを浮かべ、ケータイを再びポケットに突っ込むと前を向く。
「うおっ!?」
びくりと彼の肩が跳ね、なんなら少し飛び退きすらした。
前を向いた時、突如として現れた人影にツルギは驚いたのであった。
ドキドキと胸中で跳ね回る心臓を胸の上から押さえ付けつつ、薄ら汗が滲み強張った顔面を解した彼は溜め息と共に告げる。
「お前……イサミじゃねえか。ンだよ、脅かすなよ」
本当に空虚より現れたかのようにツルギの前に現れたのは黒いパーカーを着て、フードで頭部を覆い隠した少女イサミ。
予てより面識のあったツルギはそれが彼女であると看破し一安心。文字通り胸を撫で下ろしながら、しかし脅かしたことへと文句を告げる。
だがイサミはなんの返事もしなかった。
普段であれば憎まれ口の一つも返してくるはず。ツルギはそう思い、彼女に向け訝しむような目を向けつつ訊いた。
「なんか、あったんか?」
「ん……」
否定はされなかった。
妙に素直――と言うよりは何かしおらしいイサミのらしくない態度に少々どぎまぎしながら、ツルギは目を逸らしつつ溜め息を一つ。
落ち着かない時にしてしまう頭を掻く仕草で、脱色し白っぽい金髪になっている己の短髪を揺らしたツルギは改めてイサミを見ると愛想笑いしながら歩き出しつつ言う。
「じゃ、最近物騒だからあんま遅くなり過ぎんなよ」
言って彼女の傍らを通り過ぎようと彼がした時であった。
とん――と胸元に軽い衝撃を感じたツルギは立ち止まり、彼方を向いていた彼の表情は半笑いのまま硬直。そうして止めていた呼吸が再開されると共にまずは出た溜め息と共に下を向くと、そこではツルギの胸元に額を押し付けているイサミの姿があった。
通せんぼされていたから、避けて通ったはずなのに――ツルギはそんなことを思いながらしばし思案した。
気が付くとツルギの元から姿を眩ませていたイサミ。
出逢いはイロイロあったワケであるが、ツルギは彼女がよくある家出少女で所謂“神待ち”だと思っていた。なので帰ったならばそれはそれで良いとも。
彼女が何者であるにせよ、厄介ごとを持ち込まないとも限らない。犬や猫とは違うのだし、一抹の寂しさは多分気のせいだと。
結果的には良い傾向だと思って、今後はこういう事態には厳格に臨まなければならないと自らに言い聞かせた、その矢先である。
この短い時間で、果たして幾度目の溜め息か。
ダメだぞ、ツルギ。ダメだ――自らにそう言い聞かせた彼は一度己の頭を掻いた後、空いている片手をぽんとイサミの肩に置いた。
「――家、来るか?」
――ダメだと言ったろう、ツルギくん!!
内なる自分が言った気がしたが、そんなことツルギ本人が一番良く分かっていること。
己の優柔不断ぶりにトホホと落ち込むツルギであったが、そんな彼の憂いなど何処吹く風か、イサミは額を押し当てる彼の胸元と被ったフードにより表情を隠したまま、彼の言葉に短く「ん……行く……」と返した。
「ショウガナイヤツダナー」
棒読みになるツルギに隠したイサミのその表情は、ほんの少し綻んだ程度に、しかして笑顔なのであった。
――イサミという少女には何も無いはずだった。
全てを悪魔へと捧げて、イビツを殺すためだけに、果てには己の身すらも捧げた。
そんな彼女に手を差し伸べたのはただの人で、お人好し。
追い出すこともせず、勝手に出て行ったその後も、こうしてまた向かえ入れようというお人好し。
ありがとう――だなどと言えるはずも無い。
それは彼女の性格上か、はたまた自責の念故か。
だから彼女は彼を護ろうと思うのだった。
自らに宿った悪魔から、全てのイビツから、そして――
そして、自分自身から――
――完――
悪魔憑きの歪な少女 ――イサミ―― こたろうくん @kotaro
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