第56話 木苺

 アプフェルと休憩時間になったキルシェも加わって改めて四人で遅い昼食となった。

 アプフェルは前回の様に顔を隠す帽子をしていないけど、店内の奥まった席に案内してもらったので騒ぎにはならなかった。

時折お忍びで来る貴族が、よく使う席だそうだ。

「おいしい。おいしいものを作れる人はいい人」

 ツィトローネはさっきまでの剣幕が嘘のように注文したパンを頬張っていた。

「可愛らしいですね」

 しかもキルシェの手づから食べさせてもらっており、傍から見ていると餌づけされているようにも見える。

「平民がこんなことやっていいの?」

 僕が心配になって聞くと、ツィトローネは平然と答える。

「いい。服を着させるのが専門の、召使だっていたくらいだし」

 貴族と召使と言うより、傍から見ていると面倒見の良い姉とあまえたがりの妹と言う感じだ。

「それで? ツィト、あの話はしましたの?」

「忘れてた」

 ツィトローネはパンをごくりと飲み込み、レモネードで流し込むと僕に向き直って告げた。

「次の、長期休暇、私の家に来ない?」

「どういうこと?」

 唐突過ぎて話しの流れがまったく見えない。家に来ない、の台詞でドキッとしたのは内緒だ。

「近頃、私の領地でたちの悪いマリグネが、いる。モグラ型で、土に潜られたら私や私の家族の魔法では対処できない。そいつに、畑や牧場を荒らされて領民も困っている」

「そこで、ラッテ君に、白羽の矢を立てた。土に干渉できる、君の魔法ならうってつけ」

「なんで僕なの? 僕以上の土の使い手ならいくらでもいるはずなのに」

「君に、興味があるから。短時間とはいえ、クリスタルを作れるほどの、使い手は珍しい」

 ツィトローネは臆面もなくそう言う。僕のことを買ってくれるのは嬉しい。でも他国に行って、他の貴族の手伝いをするなんてトラブルの元になりそうだ。

 しかもポーレンは屋敷を去った召使たちが何人か新たに就職した国だ。キルシェの家にいることは流石にないだろうけど、鉢合わせるのは避けたい。

「わたくしも、ツィトの友人として同行しますの。母も参りますから、その時にズィーベンと戦った時のお礼を改めてさせていただきたいと言っていますわ」

 以前ヴァイス山でヒグマのマリグネに襲われて命が危うかった時のことか。侯爵位にあってはならないことだから内輪にお礼をしたい、ということだろうか。

 しかし、アプフェルの母親か…… 確かタルト・タタンをアプフェルのために焼いてくれた、って言っていたな。

 断るべきなのに、どんどん外堀を埋められていっている感じがする。

「あの! 私もついていっていいですか!」

 それまで話を黙って聞いていたキルシェが、手を上げて急に話に加わってきた。

「なぜですの?」

 アプフェルが小首をかしげて疑問を口にする。

 当然だ。周囲の視線に少しきまり悪そうにしていたキルシェは、少し考える様子を見せて口を開いた。

「それは、私はラッテ様の恋人ということになってますから。長い間離れると良くないと思います」

「それはそうかもしれませんけれど……」

 アプフェルが難色を示した。キルシェは平民だし、縁もゆかりもないツィトローネについて行く理由がない。それにこのパン屋、ケルナー・ブロートの店番もある。それは難しいだろう、そう思っていたら。

「いい」

 ツィトローネがあっさり認めた。

「こんな、おいしいパンを食べさせてくれるなら、いい。それに召使を募集してたところ。一時的な雇用、ということで」

 新しいパンをかじりながらツィトローネは淡々と答える。小柄な外見に似合わず、彼女は意外と大食いらしい。

「でも、キルシェが焼くわけじゃないんだよ? それにその間、この店はどうなるの?」

「うちから一人、手伝いをよこしましょう。タルト・タタンはキルシェも作れますし、あなたの焼いたものは店主の者に勝るとも劣らない味でしたわ」

 僕の知らないところで二人は結構仲良くなっていたらしい。

「母に焼き立てを食べさせてあげたいですし」

「私も、食べたい。他にも焼ける?」

 貴族二人のお膳立てによりキルシェの動向も問題なくなった。

 これで、断れる空気ではなくなった。

「ラッテ君」

 ツィトローネが僕のことを気遣うように、ゆっくりした声で話しかけた。

「うちの屋敷には建設の商会も来る。ゼクスとの戦いでラッテ君に借りもあるし、紹介したい。将来を見据えて、彼らにアピールするのも悪くないと思う」

 それを聞いて心がぐらりと揺れた。ツィトローネは子爵らしいけど、他国だから家格がどれくらいのものかは正確にわからない。だけどアプフェルと一緒にいるくらいだから結構高いはず、その屋敷にくるほどの商会か……

「決まり」

「決まりですわね」

「ラッテ様、一緒に楽しみましょう!」

 絶妙のタイミングでツィトローネがとどめの一言。

 これで完全に流れが決まった。

 僕より確実に家柄が上の女子二人と、僕と偽りの恋人関係と言うことになっている女子一人。と一緒に、旅か。

最近は本当に色々なことがあった。

 山に行って、キルシェと鉢合わせして、狩りをしていたアプフェルと一緒にマリグネに襲われて、彼女が漏らして。

 アプフェルやツィトローネと一緒にマリグネ狩りに行って、なんとか成功して、クラスで一番になって。

 少し前までは自分がこんな状況になるなんて思いもよらなかった。

「ほら、カペル! ぼーっとせずに旅の計画を練りますわよ!」

「ポーレンってどんなところですか?」

「綺麗な湖が、たくさんある。観光にももってこいだし、釣りをしたり、湖畔を散歩したり、朝と昼、夜で全然違う湖をぼーっと眺めるのもいい。それにおいしい水で、おいしいパンを作ってほしい」

 アプフェルが、キルシェが、ツィトローネがいつの間にか近くにいて。

 高望みするとろくなことがないけれど。今のこの状況くらいは守りたい、と心から思った。

 不思議なもので、一人だと暗い考えばかり浮かんでくるのにみんなと一緒にいると前向きな考えになってくる。

 そんなことを考えているとふとキルシェと目が合う。彼女は野山に咲く木苺の様に小さく、けど明るく笑った。


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学園で爵位が一番低い僕が、ゴーレム魔法で最高位のヒロインと仲良くなる?  @kirikiri1941

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