第51話 賞品のもうひとつの理由

 球技大会に向けた練習会。その第2回も、週末に開催することができた。


「それじゃあ、休憩にするかー!」


 クラスの野球部男子が声を上げると「う~い」と他のクラスメイトたちが続く。最初の賞品を決める会議ではやる気なさげな人が多かったからどうなることかと思っていたけど、杞憂きゆうだったみたいでひと安心だ。


「おつかれ」


 俺は体育館の壁に寄りかかって休んでいた那月なつきさんに声をかけた。


「あ、和真かずまくん。おつかれー」


 前回と同じくポニーテール。那月さんにとって運動をするときの定番ヘアスタイルということなんだろう。ぱたぱたと手でつくったうちわであおいでいるが、頬やうなじを伝う汗はなかなか引かないようだ。

 そんな彼女に、俺はスポーツドリンクを渡す。


「これ、この間のお返し」

「お返し?」


 なんのこと? とばかりに那月さんは首をかしげる。


「この間の練習会のときにおごってもらっただろ? その返しだよ」

「あー……ああ!」


 そこまで言ってようやく思い出したみたいで、


「そういえばそうだったね。あはは」

「言い出したのはそっちだろ……」

「ごめんごめん、てっきり和真くんも忘れてると思ってたよー」

「そんなわけないって」


 休憩になって一目散に買いに行ったぞ。


「ありがと。じゃー遠慮なくいただくね」


 言葉どおり、すぐさまフタを開けてごくごくと飲み始める。


「ぷはー。おいしー」

「そりゃよかった」

「人に買ってもらう飲み物って、なんでこんなにおいしいんだろうねー」

「いやいや、お返しだからプラマイゼロだぞ?」

「いーのいーの。こうして和真くんが買ってきてくれたことが大事なんだから」

「そういうもんか?」


 ま、本人がご満悦まんえつならそれでいいか。


「ねえねえ」

「ん?」

「和真くんはどんなバイトしようとか、考えてるの?」

「そうだなあ……」


 まだ球技大会も始まっていないのにこんな話をするなんて、なんだか『宝くじで3億円当たったら何に使う?』みたいな話題で現実味がない気もする。だけど、実際うちのクラスは十分優勝を狙える位置にいると思う。そりゃ他のクラスだって準備はしているだろうが、俺たちだって何度も相談し、そして練習してきている。

 まあそれはさておき。


「言われてみれば、あんまり考えてなかったな」

「でも和真くんなら、どんなバイトでもうまくできそうだよね」

「そうか?」

「うん、なんてったって生徒会の会計だもん。仕事ができるっていうのはおすみつきみたいなものじゃない?」

「だといいんだけどな」


 バイトは生徒会と違って、報酬としてお金をもらうのだから、同じように、とはいかないだろう。生徒会での経験が活きる可能性はあるけど。


 ともあれ、俺の目標は「早く自活できるように」だ。だからバイトをするにしても何のバイトを、とかは全然頭になかった。正直どんな業種が俺に合っているのかもわからない。


「ま、考えておくよ」


 今すぐ答えを出さないといけないことじゃない。その前に優勝しなかったら元も子もないんだし。


「那月さんの方こそ、なにかやりたいバイトとかあるのか?」

「私?」

「ああ」


 なんてったって、うちのクラスの賞品の発案者だ。


「うーんとね……」

「あんまり言いたくないなら、別にいいぞ」


 同人誌の資金のためだと以前言っていたが、もしかして具体的にやりたいバイトでもあるのだろうか。


「……和真くんなら、いいかな」


 ぽつり。聞こえるか聞こえないか程度で、そんな言葉が耳に入ってきたと思ったら、「ちょいちょい」手招きされた。


「ん?」

「いいからいいから」


 言われるがままに腰を下ろして、彼女の隣に並んで座ると、


「実はね、マンガのアシスタントやらないかって、言われてるんだ」

「アシスタント!?」

「もー、和真くんてば声大きいって」

「わ、悪い」


 ぷう、とむくれる那月さんに謝る。だけど、思わず驚いてしまうのも無理もない。


「すごいことじゃないか」


 那月さんのように趣味で漫画を描いてる人はたくさんいるだろうけど、漫画家からアシスタントに誘われるということは、彼女の実力が認めれられたということだ。


「えへへ、そう言われると照れちゃうなー」


 うれしそうに身体を揺らす那月さん。

 だけど直後、その表情に曇りが見えた。


「でもアシスタントってなると、どうしてもバイトになっちゃうから」

「ああ……」


 プロの漫画家のアシスタントだ。ボランティア、というわけにもいかないのだろう。当然、給料が発生し、バイト扱いになってしまう。

 つまり、バイト禁止の鐘山かねやま高校に通っている以上、アシスタントをすることはできない。


 それこそ、球技大会で優勝し、バイトをする権利でも獲得しない限り。


「なんか変な感じになっちゃったね、ごめんね?」

「いや、別にそんなことは」


 すっ、と那月さんは立ち上がる。手のペットボトルは、いつの間にか中身がほとんどなかった。


「落ち込む必要なんてぜんぜんないもんね。球技大会で優勝すればいいんだし」

「そ、そうだな」

「よーし、休憩も終わりそうだし、和真くんもがんばろっ」

「お、おう」


 那月さんが体育館の真ん中へと戻っていき、クラスメイトに声をかける。俺はただ黙って、その後を追う。


『でもアシスタントってなると、どうしてもバイトになっちゃうから』


 そう言った彼女は、なんだか無理して元気にふるまっている。そんな気がしてならなかった。

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期間限定の生徒会役員(キーパーソン) 今福シノ @Shinoimafuku

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