第50話 それぞれの賞品
「そういえば、みーちゃんのクラスは球技大会の賞品ってなんなの?」
ある日の放課後。生徒会室で黙々と仕事をしていると、
「ほえ?」
呼ばれた本人のみゆき(もはや生徒会室にいることがほぼ当然になってきた)は、きょとんとした顔をしている。まあいつものぼけーっとした表情と一緒なんだけど。
「ほら、
「たしかに気になるな」
球技大会委員の仕事もあって、自分のクラスの賞品を手に入れることばかり考えていた。
「秋ちゃんとカズ君のクラスは、バイトの権利なんだっけ?」
「うん、そうだよ」
秋人が首肯する。
「カズ君、バイトしたいってずっと言ってたもんねー」
「まあな。で、みゆきのクラスは?」
「ふっふっふー」
みゆきは顔に似合わない悪だくみをしたような表情を見せてから、
「うちはねー、なんと、食堂の無料券1年分だよー」
ぶい、とピースサインをつくって言った。
「1年分って、みーちゃん……」
「なるほど、たしかに現金とかじゃないからオッケーなのか」
現金に換算すればけっこうな
「えへへ、優勝したら食堂のハンバーグ定食が食べ放題……」
「おい、顔がだらしないことになってるぞ」
あとよだれも出てるぞ。
まだ優勝どころか、球技大会すら始まっていないのに。とらぬ狸のなんとやら、だ。
「ちなみに
俺たちの会話に唯一反応していなかった1年生書記に話をふってみる。
が、彼女は顔も上げず、銀縁のメガネに手を触れるだけで、
「私は、特に興味ありません」
「ま、1年はそうなるよな」
俺だって同じように思ってたし。
と、生徒会室の扉が開く。会長が職員室から戻ってきたのだ。
「む? なにやら楽しそうではないか」
「ああ、今球技大会の賞品について話してたんだよ」
「ふむ、興味深いな」
「会長のクラスは、どんな賞品なんですか?」
秋人が
「ふっふっふ」
何やら意味深(というより不気味)に笑いながら、生徒会長の席に座る。そして、
「我が2年5組の賞品……知りたいかね?」
「いや、もったいぶらなくていいから」
「ふふ、和真君がそこまで言うなら仕方ない。教えてしんぜよう」
ガタッ! 会長は勢いよく立ち上がって、
「私たちのクラスの賞品は……意中の相手と1日デートする権利だ!」
「なっ」
なんだって!?
「よくそんなの通りましたね」
秋人の言うとおりだ。むちゃくちゃだろう。
「うむ。もちろんすでに別の交際相手がいる者に対してデートを申し込むことは禁止だが、それ以外であれば誰が相手でも問題はない」
「いや、問題はあるだろ……」
デートを申し込まれた相手はどうりゃいいっていうんだ。
「言っておくが、私がデートを申し込むのはもちろん和真君、君だ」
「お、俺?」
「当たり前だろう。この賞品は、想いを寄せる男子とデートをする勇気が一歩踏み出せない乙女のためにあるようなものだからな」
「……」
誰が一歩踏み出せない乙女だ。乙女は夜にいきなり家に押しかけてきたりしないぞ。
「むむむ……」
「おや、どうかしたのかね? みゆき君」
「会長さんってばズルい! 私だってカズ君とでーとしたいのに!」
「はっはっは、ズルいなどとは心外だな。私たちのクラスは自らの恋を成就させるために賞品を求めた。ただそれだけだとも」
もっとも、と言って、
「みゆき君のクラスのように花より団子、恋よりも食べることを優先するのもよいとは思うがね」
「むぬぬ……」
みゆきがぐうの音も出ない顔になっている。言い返すだけの材料がないのだろう。
「……せないから」
「え?」
「会長さんのクラスだけは、絶対に優勝させないんだから!」
びしぃ! と会長を指さして宣言する。おい人に指さすなよ。
「私、帰ってバレーボールの練習する!」
「おい、あんまり無茶するなよ」
「無茶じゃないもん! カズ君は私が守るもん!」
それを捨てゼリフに、みゆきは生徒会室を出ていく。途端に部屋の中は静寂に包まれた。
「と、いうわけで和真君」
「なんだよ」
なにが「というわけ」なんだ。
「私のクラスが優勝したら、スケジュールを空けておいてくれたまえ」
「わかったよ。優勝したら、な」
会長には悪いが、それはあり得ない。なぜなら優勝するのは俺のクラスだからだ。
「言っておくが、空けておくのは夜も、だぞ?」
「よ、夜?」
「もちろんだとも。1日デート権なのだから、朝から晩まで、だ。案ずるな、デートプランはすべて私に任せてくれてかまわないとも」
「いや、俺が心配してるのはそこじゃなくてだな」
「ふふふ、照れなくてもよいぞ、和真君」
会長は
「ふたりっきりの熱い夜を過ごそうではないか」
「……」
なんとしても球技大会で優勝しよう。俺はあらためて心に誓った。
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