第49話 体操服からのぞく肌は、なぜか色っぽい

 土曜日。俺たち2年1組は予定どおり、バレーボールの練習会を開催した。


 那月なつきさんが声かけをしてくれたおかげで、集まったのはクラスの半分程度。土曜日は部活がある人が多いから、これだけ来てくれれば上々だろう。

 俺は俺で、運よく空いている市民体育館も見つけることができた。使用料はそれなりの値段がしたが、全員で割ればひとりあたりの金額は大したことない。


「ようし! それじゃあみんな優勝目指してがんばろうぜ!」

「「「おおー!」」」


 練習が始まると同時、クラスの中心的存在である野球部の男子がこぶしを上げて、みんなもそれに続いた。仕切ってくれるのはありがたい。俺自身、矢面に立つのは得意な方じゃないし。

 俺たち球技大会委員は段取りを組んで、おぜん立てをするだけ。それでうまくまわっていく。


「ふうー」


 1時間ほど経って、休憩することになった。各々その場に寝転んだり、談笑したりして身体を休めている。


「おつかれ、和真かずまくん」


 蒸し暑い体育館を出て、外の風にあたっていると、隣に那月さんが立つ。


「練習会、順調そうでよかったね」

「ああ」


 那月さんが考案した練習会のシステムは、バレーボール部員ひとりに対してそれ以外のクラスメイト数人を割り当てて練習するというもの。おかげで、より全体的にまんべんなく、基礎的な技術を底上げすることができている。


「はい、和真くん」

「ん?」


 那月さんが渡してきたのは、スポーツドリンクのペットボトルだった。自販機で買ったばかりなのか、触れた瞬間に冷たさが指先に伝わってくる。


「ちゃんと水分とらないとダメだよ?」

「ああ、悪い」


 たしかに今日はまだ5月だっていうのに暑い。那月さんの気遣いに感謝だ。


「いくらだった?」


 隣に座った那月さんに訊く。


「いーよいーよ。和真くんにはいろいろ助けてもらってるから」

「いや、それはダメだって。お金はちゃんとしとかないと」


 どんなに小さくても、お金のやりとりはきちんとしておかないといけない。たった一度でもなあなあ・・・・にしてしまえば、それが積み重なり、やがて大きなものへと変わってしまう。

 反面教師。それが、俺があの人たちから教わった唯一のこと。


「んー」


 と、那月さんは首を少し傾げてから、


「じゃーさ、次の練習でおごってよ」

「え?」

「まだまだ練習会はするんだし、いいでしょ?」

「えっと」

「次回でチャラ。それじゃダメかな?」

「まあ、それなら……」


 意外な押しの強さに、俺は思わずうなずく。


「よーし、約束ね」


 丸顔に満面の笑みを浮かべると、自分のペットボトルをごくごくと飲み始める。ペットボトルから垂れた水滴が、彼女の首元を伝っていった。


「そういえば、今日は髪型違うんだな」


 運動するからか、いつも見るおさげではなく、うしろでひとつにしばっている。汗ばんだうなじがなんというか、少し色っぽい。


「おお? 女の子が髪型変えてることにちゃんと気づくなんて、さては和真くん、モテるでしょ?」

「いや、別にそんなことはないけど」


 会長とみゆきのことが頭をよぎるが、あれはモテているというより、振り回されているに近い気がする。


「そんなことなくないよ。だって和真くん、かっこいいと思うよ?」

「か、かっこいい?」

「うん。さっきだって、お金のことはちゃんとしようって考えてるからでしょ? そういうとこ、私はかっこいいと思うな」

「ああ……うん」


 面と向かってそう言われると、少し照れ臭い。それに、そういう風に言ってくれた人は今までいなかった。


「それにしても暑いねー」


 那月さんが伸びをする。体操服を腕まくりしているので、文科系らしい白い肌と、少し肉付きのある二の腕が丸見えだった。


「あー、和真くん。今こっちじーっと見てたでしょ?」

「え?」

「もー、エッチだなー」

「いや、俺はその」

「あはは、そんなに慌てないでよ。和真くんなら気にしないし」

「いや、そこは気にしてくれよ」


 俺だって普通の男子なんだから。


「なんなら……もう少し、見る?」


 ちらり。


 そう言って那月さんは体操着を少しめくってくる。白いおなかと、かわいらしいおへそが俺の視界を占拠した。


「ちょ、那月さん!?」


 思わず俺は首を動かせるだけ動かして反対を向く。


「あはは!」


 と、後ろからは笑い声。


「ごめんね、和真くんとの反応がおもしろくてつい」

「なんだよそれ……」


 周りが見たら俺との関係を変に思うかもしれないのに。


「私なんかのおなか見て慌ててくれるなんて、和真くんってば優しいね」

「なんか、ってことはないだろ。那月さんだって女の子だろ……」

「……」

「? どうかしたか?」

「んーん、なんでもない」


 言うと、勢いよくい那月さんは立ち上がる。


「やっぱり、和真くんでよかったよ」

「え? どういうことだ?」

「そろそろ休憩終わりだね。がんばろーね」


 俺の問いには特に答えることなく、小さく手を振りながら体育館の中へ戻っていく。


「……」


 頬がまだ熱い。せっかくもらったスポーツドリンクもあることだし、もう少しだけ熱を冷ましてから戻ることにした。

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