第48話 ハダカのおつきあい ~Girl's side~

「ぶくぶくぶく」


 目の前の水面から、泡が浮かんでは消えていく。


「ぶくぶくぶくぶく」


 湯気でぼやける視界は、まるで私の心のよう。


「みゆき君」

「ぶくぶくぶく」

「どうしてそんなに不機嫌そうなのだ?」

「ぶくぶく、ぶく」


 なんで、だって?

 そんなの、いちもくりょうぜん、だ。


 カズ君の、好きな男の子の家のお風呂。ホントならドキドキとうれしさで胸いっぱいなはずなのに。一緒にいるのはほかの女の子。それも、恋敵こいがたき

 ハダカの付き合いをするならカズ君とがよかったのに……いや、うーん、やっぱりまだ早いかな。


「ぶくぶくぶく」


 湯気の向こう――鏡の前では、鼻歌交じりに身体を洗う会長さんのシルエット。

 反対に私は、湯船の中で身体を折りたたんでじっとしている。

 とりあえず、泡を生み出すのはやめにして、


「じゃあききますけど」

「うむ?」

「なんで会長さんはそんなにうれしそうなんですか?」


 言いながら、こうなったいきさつを思い出す。いつものように、お母さんが作りすぎたおかずを届けにきた。だけだったのに、私を出迎えたのはカズ君じゃなくて、まさかの会長さん。


『な……なんで会長さんがここに?』

『うむ、今日は和真かずま君の家に泊めてもらうことになっていてな』

『え……な、なにそれ!? ちょっとカズ君、私聞いてないよ!』

『いや、俺もついさっき聞かされたばっかりで』


 むむむ、カズ君てばきっとまた、会長さんにおされたんだ。そうに違いない。


『……まる』

『え?』

『私も一緒に! カズ君の家に泊まる』


 ――そうして、私はカズ君ちのお風呂に入っている。

 会長さんと一緒なのは、会長さんがカズ君と一緒に入ろうとするのを防ぐため。たぶんこの人は、油断するといけない。そう私の本能が告げている。


 まあ、いきなり泊まるって言っちゃったのはちょっと、いやかなり強引だったかもしれない。

 でも、カズ君が悪いんだ。私だって最近じゃ泊めてもらってないのに。


「どうして私の機嫌がいいかって?」


 再びぶくぶくしそうになっていると、会長さんが身体をごしごしする手を止めて、


「そんなの決まってるじゃないか」


 自信たっぷりの笑顔で言う。


「好きな男の子の家に泊まりにきて、あまつさえ風呂に入っている。気分が舞いあがるに決まっているではないか」

「むむ……」


 どうしよう。そのきもち、めちゃくちゃわかる。


「まあ、彼と一緒に入れなかったのは少し残念だが」

「それは絶対にダメっ!」


 それだけはなんとしても許可できない。

 カズ君が初めて一緒にお風呂に入る女の子は、その……私、なんだから。


「みゆき君こそよかったのか?」

「なにが?」

「急に和真君の家に泊まるとなると、ご両親も心配されるだろう」

「それは、別にだいじょうぶ」


 お母さんにはさっきラインしといたし。「がんばれ♡」っていう返事はほっといてるけど。


「さて、失礼するよ」

「あ、ちょ」


 いつの間にか洗い終えた会長さんが、向かい合う形で湯船につかる。お湯が押し出されて、ざばあ、とあふれかえった。


「勘違いしないでほしいのだが」

「?」


 ふたりで湯船につかると狭いなあ、なんて思っていると、会長さんが口を開く。


「私は、君とも仲良くなりたいと思っているのだよ」

「ふえ?」


 私、とも?


「同じ相手を好きとはいえ、せっかくこうして出会えたのだ。これもなにかの縁。だからこそ、私は君とも友人になりたいのだよ」

「友だち……」

「うむ」


 そんなの、考えたこともなかった。

 私にとって、会長さんは恋敵。でも会長さんにとってはそれだけじゃないみたいで。

 なら私も、ちょっとは歩み寄ってもいいのかな。


「まあ、和真君を振り向かせるには私だがな」


 ぜんげんてっかい。やっぱりこの人は敵だ。


「まけないもん」

「うむ、望むところだとも」


 私の宿敵は、にっこりと笑う。


 ――と、


 ぷかぷか。

 お湯に浮かぶ、ふたつのおやまが目に入った。


「……むう」


 とっても大きい、っていうほどじゃないけど、私の胸元と比べると、その差はれきぜんだった。


「……やっぱりカズ君も大きい方が好きなのかな」

「もしや、みゆき君は胸が小さいことを気にしているのかね?」

「べっ、べつにそんなことないし! むしろないほうが動きやすくて楽ちーん、とか思ってるくらいだし!」


 今年の身体測定でもぜんぜん変化がなかったことなんか、これぽっちも気にしてないし!


「……ふむ」


 だけど会長さんは、私の強がりはたいして気にしてないみたいで。

 そして、顔を上げるとぽん、と手を叩いた。


「それなら、本人に直接くとしようではないか」

「え?」


 ざばあっ。

 なにを言ってるのかわからない間に、会長さんはお風呂から出ていく。


「ちょ、ちょっと待ってってば」


 あわてて私もお風呂場から出る。

 追いかけた先はリビングで。


 当然、カズ君がいた。


「え?」


 口をあんぐり開けて止まったままのカズ君。

 そして会長さんはおかまいなしに、


「和真君! 少し教えてほしいのだが、君は私とみゆき君、どちらのサイズの胸が

好みかね?」


 バスタオルにおおわれたおっぱいを強調しながら質問する。


「は……? え!?」


 ふりーず、からの再起動でカズ君は声を上げる。


「私も巨乳とは言わんが、そこそこ自信はあるぞ? だが、最近は小さいのが好きという人もいるようだからな。和真君の好みを教えてもらえるか?」

「そんなのどっちでもいいだろ! というか服着ろよ!」

「そ、そうだよ!」


 いくらバスタオル巻いてるからって、そんな姿を男の子に見せるなんて。


「……」

「……」

「え、なんでふたりともこっち見るの?」


 私、なにかへんなこと言ったかな。

 すると、カズ君はなんだかもうしわけなさそう、いや、気まずそうに、


「……いや、俺が言いたいのはどっちかって言うと、お前の方なんだけど」

「あ……」


 言われて、私は目線を下げる。

 映る肌色。ぺたぺたの胸。


 裸んぼなのは――私だけだった。


「……ふむ、みゆき君はなかなか大胆だな」


 ぽたり、と髪から頬に水滴が落ちる。


「……ひゃ」

「ひゃ?」

「ひゃああああっっ!!」


 私の声は、夜のカズ君ちにひびきわたって。

 やっぱり、会長さんは苦手だなあって。そう思った私だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る