月の表面でおっぱいを語る
成井露丸
月の表面でおっぱいを語る
「――私のこと、どう思っているの?」
美しいフェザーボブの髪を垂らし、物憂げに言葉を漏らす女性。
研究開発機構アナルハイル社の上級研究員――ユキト・スメラギは思わずエスプレッソを喉に詰まらせた。若くしてすでに『月のエリート』とでも言うべき地位にある男だ。端的に言えば将来を嘱望された天才。
ここは月面都市ネオジャパン。人工都市の最上層に立つビルのカフェテラスで、結婚適齢期を迎えたカップルがお茶に興じていた。そこで飛び出した一言。
「――どうって。一言で的確な答えを返すのは難しいなぁ。
「はぁ〜、ユキトはいつも、そういう風に誤魔化すよね? そういう理屈っぽいことじゃなくて、もっと簡単なことなんだけどね? 本当は」
黒髪の女性は溜息をつく。恋人の名前はエリカ・ディードライト。
彫りの深い顔立ちは、彼女に得も言われぬ色香を与えている。
「そうは言われてもなぁ〜。その『簡単なこと』が、意外と難しいんだよ?」
「そうかしら?」
美女が小首を傾げる。
黒髪が揺れて、その先端がVネックに開かれたセーターの胸元に掛かった。
その下には大きな胸の膨らみがある。
ユキトの視線は不可抗力によって、その谷間へと引き寄せられた。
ユキト・スメラギは思考する。「彼女のことをどう思っているのか?」という問いは「彼女のことをどう認識しているのか?」という問いに酷似していると。
認識とはこれすなわち自らが得る五感の観測から対象の持つ属性を明らかにすることである。だとすれば、彼女の問いに答えるには彼女をよく見つめなければならない。
ユキトの視線がそのエリカの二つの膨らみの上に固定される。
瞳は真摯さを湛える。それは本質を見抜こうとする哲学者の目でもあり、情熱に溢れた少年の瞳でもあった。
彼はVネックのセーター越しにエリカ・ディードライトのおっぱいを見つめる。
刹那の時が流れ、やおらエリカは頬を赤らめて両腕でその胸を隠した。
「ちょっと、何、凝視しているのよ! 恥ずかしいじゃない……」
常識人的な反応。
男は弾かれたように顔を上げ、心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「すまない。恥ずかしがらせるつもりはないんだ。ただ、僕が君のことをどう思っているのかを真剣に考えようとする時、僕は君のことをあらためて見つめないといけないと思ったんだ。
『重大な決断』を下す時、人間は物事に真摯に向き合うべきなんだ。
真摯に向き合う。それは、しっかりと見つめるっていうことを言うんだよ。――エリカ」
「え? ――重大な決断?」
エリカはまた少し頬を赤らめる。今度は胸を見つめられての恥ずかしさではなかった。――重大な決断。その言葉の意味することを深読みすれば、その答えは一つだった。
それはつまり、自らの望む未来をユキトが考え始めてくれているということに他ならなかった。もしかして、今日こそ、待ちに待ったユキトからのプロポーズがあるかもしれない。
「でも、どうしてそんな胸ばっかり見るの? ……恥ずかしいじゃない」
今恥ずかしいのは胸を凝視されたことよりも、「重大な決断」という言葉が頭の中で鳴り響いているせいなのだけれど、エリカは照れ隠しも含めて胸を隠す。
しかし、それでも隠しきれないのが彼女の胸なのである。
そう、端的に言って、――それは、巨乳。
「いや、そうじゃないよ。そうじゃないんだよ、エリカ。
僕は必ずしも君のおっぱいばかりを見ていたわけじゃない。
君のことを見ていたんだ」
そう言うと、ユキトは手を上げてウェイターを呼ぶ。
天才研究者は追加のエスプレッソと、オリーブを頼む。
頬杖をつくエリカの前で、メニューを閉じると、彼はシングルソファの椅子に深く沈み込んだ。両手を組み、瞳は彼女のことを優しく見つめる。
黒髪の美女は困ったように溜息を吐いて、唇を尖らせた。
「そうよね。男の人って昔から大きなおっぱいが好きって言うものね? 女の子のこと考えているって言っても、結局、おっぱいだとか、そういう体目当てで考えちゃうって言うし?」
そうやって拗ねるように唇を尖らせる。冗談っぽく。困らせるように。
ユキトは驚いたように眉を顰めて心外だと言わんばかりに首を左右に振る。
「たしかに僕は、
「――ユキト」
「確かに女性のおっぱいは素晴らしい。それは第二次性徴期に現れ出る女性としての変化。いかに二〇世紀以降のジェンダー論が社会構成主義の議論に基づいて、性差を恣意的な差異だと論じても、やっぱり消えないものがあるんだ」
エリカには、この天才科学者な恋人が何を言っているのか良くわからない。でも、それはいつものことだったし、なんなら、ちょっと頭良い風に話すユキトのことを「格好いい」とすら思っている。だから問題ないのである。
「……それに、――僕は、大きなおっぱいのことが好きなわけじゃないんだ」
「――えっ!?」
エリカは両手で押さえた自らの胸に視線を落とす。
そこにあるのは大きなおっぱい。そう、控えめに言って巨乳のおっぱいだ。
「あ、いや、違うんだ、エリカ! 君のおっぱいのことを好きじゃないって言っているわけじゃない! むしろ、好きだ! 君のおっぱいは素敵だ!」
ユキトも今度ばかりはエリカの心の機微に気付いて、右手のひらを広げる。
「そうなの?」と、エリカは上目遣い。
「あぁ」とユキトは一切の迷いをその瞳に浮かべずに頷いた。
やがて、エリカは安心したように、胸の前に結んでいた両腕を解く。
再び顕になるVネックセーターの下の豊かな膨らみ。
「誤解の無いように言っておくよ、エリカ。
おっぱいを異性視点から評価する時に、――そういう社会的行為がフェミニズム的に許されるかどうかという論点は脇に置こう、――評価するとした際に、どのような評価軸があるか。
これに対して、ある文献では
そういう前提を踏まえれば、僕の『大きなおっぱいが好きなわけじゃない』という発言は、とりもなおさず僕が
でも、信じて欲しい、エリカ。僕の言っていることはそういうことではないんだ!」
濁流のような言葉。エリカは一つ息を吸う。
ユキトの言葉を反芻し、解釈しようとする。でも、良くわからない。
ただ、彼が自分に重要なことを伝えようとしていることだけは分かった。
「――ユキト。それじゃあ、どういうことなの?」
「
「――
初めて聞く言葉だった。でも、彼女にも分かった。それは自分たちが未来に進むために、大切な歴史であるということが。彼女の胸元でFカップが揺れた。
最先端技術で構成される多層構造の月面都市ネオジャパン。
輝きある未来ばかりに目を眩ませた人類が作り上げた新たな文化では、教育においても、ビジネスにおいても、歴史の重要性が認識されることは少なくなった
そんな文明にあって、歴史に関する正確な知識を持っているのは、本当に選ばれた一部の知識階級のみに限られるだろう。
この男――アナルハイル社の上級研究員ユキト・スメラギは、そのような限られた知識階級の一人なのである。
だから、彼は歴史の本質を知っており、そして、歴史を――語ることが出来た。
上空を見上げる。吹き抜けになっているカフェテラス。
透明なダイヤモンドガラスで覆われた天井の先は
頭上にはちょうど青い地球が見えた。――
そして、ユキト・スメラギは言葉を紡ぎ始める。
それは、一般市民の知らないこの一〇〇年間の歴史。宇宙へと自らの生存圏を広げた人類の歴史。夢と現実と葛藤の――
二一〇〇年が近づいた二〇〇〇年代の末。人類は遂にその生存圏を地球という惑星外へと広げ始めた。その第一の場所に選ばれたのが月だった。
二〇〇〇年代上半期の情報処理技術の進歩は人工知能技術や最適化計算技術の発展を促し、また、情報表現された物体の構造を実世界に生み出す3Dプリンタを端緒としたデジタルファブリケーション技術は、ものづくりの革新を産んだ。
統計的学習と最適化計算に基づいて次々と生み出される物質形状、そしてそれを、自在に加工するデジタルファブリケーション技術はミクロからマクロまで無限の物質を生み出し、汎ゆる技術分野を激しく前進させた。
宇宙関連技術も例外ではなかった。安価で強度の高い素材によりマスドライバーの建設が容易になり、世界中で宇宙へと宇宙旅客機を射出可能になった。
二〇五〇年頃にインターネットビジネスの巨人である一民間企業によって月面都市建設構想がぶち上げられた。多くの人が非現実的だと嘲笑した。しかし、巨人は、五〇年の歳月を掛けてこの壮大な計画を完遂することになる。
この人類史に残る偉業の果てに、当該企業の月面における研究開発組織として生まれたのが、ユキトの所属するアナルハイル社なのである。
「そこまでは私も知っているわ。中学校でも習う話よ?」
「――ああ、ここまでは学校レベルの話さ。でも、ここからが
「
「ああ。僕たちはしばしば地球の重力に縛られた人間たちを
「そうね。時々言うわ」
「その時にどこかで
「う〜ん。無いって言えば嘘になるかなぁ? みんなそうじゃない?」
素朴な疑問で首を傾げるエリカに、ユキトは一つ頷く。
「じゃあ、一体、
「そう言えば、知らないわ。具体的には……」
「そうなんだ。
驚いて目を見開くエリカに一つ頷き、ユキトは歴史の真相を語りだす。
二一〇〇年代に突入し、人類は月面にその生存圏を拡大した。
第一世代は地球から移民した者たち、やがて第二世代が生まれた。
その
しかし、何も変化は見出されなかった。生まれた子供たちは地球上で生まれた子供とほとんど何も変わらない身体能力を持ち、知的能力を持った。
考えてみれば当たり前である。いかに生存環境が劇的に変化すれども、人間の遺伝情報を表現するゲノムが劇的に変化するわけではない。
五年から十年ほど続いた
結論は一つ。――
そこでこの議論は終了したというのが、表で語られる歴史。
しかし、それから二十年ほどが経った時に、実は「有意な差」を示す発見がなされていた。アナルハイル社の研究者が、月面に生まれた人々と地球上の人々の間に統計的な有意差を見出したのだ。
それは
そう――
日本人に関して言えば地球上に住まう
これは、地球の重力から解き放たれた人類のおっぱいが、地球の六分の一という月の重力下で健康に発育した結果ではないかと考えられた。この仮説を裏付けるために、アナルハイル社の研究者は何度も再現実験を行い、さらにそこから生まれた新たな仮説を検証しては、その理論の詳細化を進めていった。
月面と地球上で集められた母集団のおっぱいの
また、おっぱいの経年変化に関しても研究がなされた。
一連の研究成果は、その研究代表者の名前を冠して『ミズサワ理論』と呼ばれた。
この理論はそれまで
その頃、すでに地球連邦と月面の地方政府の間、そして、地球に住む人達と、月面に住む植民地の人々の間には、政治的緊張が高まっていたのだ。このような
こうして、『ミズサワ理論』は高度に政治的な意図を持って、時代の闇の中に葬られることになった。
しかし、各学会の知識人や関係者など、『ミズサワ理論』を知っている者は、知っているのだ。この時に流れた情報から、じわじわと噂話のような形で、『ミズサワ理論』は口伝され、そこから又聞きした人々の間で「
「じゃあ、私がFカップなのも……?」
「あぁ。きっと、エリカが
「私のお父さんもお母さんも
そう言って、エリカは自分の胸にそっと触れる。
若くして死んでいった両親のことに思いを馳せるように。
「そうなんだ。
「……どういうこと?」
まだ二一〇〇年代前半の話しかしていない。
そう。人類史はまだ続くのだ。
ここからが人類を新たな世界へ導く――
人間社会とはそれほどに単純なものではないのだ。
異なるおっぱいの大きさは、異なる文化を生んでいく。
おっぱいの
二〇〇〇年代、地球上では多くの男たちが巨乳を愛したと言われる。
サブカルチャーにおいて、貧乳や微乳を支持する男も一定数存在したが、やはり、大きいおっぱいを支持する男性が多かったのは事実だ。
なお、二〇〇〇年代の資料を読み解くと、そのような巨乳支持者のことを『おっぱい星人』として記述されていることがある。なんとも個性的な表現である。
二二〇〇年代の学者たちは、ついつい、この手の資料におけるこの表現を、字義通り、巨乳好きの男性が宇宙からの外来種であったとか、おっぱい星という星を二〇〇〇年代においてすでに植民地化していたというように誤読してしまいがちであるが、それは事実ではない。
むしろ、地球上に暮らす
なお、この『おっぱい星人』という二〇〇年前の表現に対して、『ミズサワ理論』を推進したグループに含まれる言語学者の一人が野心的な仮説を述べた。
『地球上の
学会に於いて一世を風靡した議論には、特に明確な結論が得られていない。
しかし、「おっぱいが地球」であり、「地球がおっぱい」であるというこの説には、私たちの集合的無意識に語りかける説得力が存在することも、また事実だろう。
やがて、
やがて訪れた社会の変革。それは貧乳と微乳の復権だった。
希少性の高いおっぱいはより美しい女性の価値として月面のファッション業界やアイドル業界を徐々に変化させていった。お見合いマッチング業界においても、より小さなおっぱいが高い人気を得るようになっていった。
月面の人々はこれらの現象の中に晒されながらも、なおも、そのおっぱいに対する感受性の変化と、人類が宇宙へと漕ぎ出したという人類史との関係性に気付いてはいなかった。皆、無意識の中で、その影響を受けて、生きているのだ。
闇に葬られた『ミズサワ理論』。それこそが月面世界のラプラスの箱。
研究開発機構アナルハイル社が隠し持つ禁断の果実。
それが知られた時、地球連邦からの独立に向けた機運は高まり、
――そう、月面地方政府のアナリストは予測していた。
そう、これが、隠蔽された――
「――分かってくれたかい? エリカ?」
ユキトは一息に話すと、ソファの中で一つ溜息をついた。
流石に疲れたようだ。エスプレッソを一口に煽る。
彼とて、アナルハイル社の上級研究員。
『ミズサワ理論』を知り、その
幾ら恋人にであっても、この話をするのは気が引けた。
もちろん、それが上層部にばれた時には懲戒処分ものである。
それでも話したかったのだ。
なぜならば、彼にとって彼女との未来を考えて行うべきは、人類史をも上回る重大な決断だったから。そう、それは二人の愛についての決断だったからだ。
そんなユキトに、エリカは目を細める。
「だから、ユキトは私のおっぱいが目的で恋人をやっているわけじゃないってことね?」
「そうだね。僕たちの社会じゃ『おっぱいは小さいほうが良い』っていう文化があるけどさ。少なくとも、僕は、そういう価値観に縛られてエリカと恋人をやっているってわけじゃないんだ」
「――知ってる」
エリカは少し恥ずかしそうに、唇を突き出す。
ユキトが天才で変な人間であることは確かだけれど、彼がエリカのことを心の底から好きでいてくれることは、いつも伝わってくるのだ。
口では悪戯っぽく言ってしまったけれど、ユキトが体目的でエリカと付き合っているなんて、そんな風に思ったことは――一度だってない。
「僕たち二人の関係性もさ。文明を発展させて、この月面都市を築き上げた先人たちの努力の上にあるんだと思うんだ。
――僕たちは
「――うん」
大切な宝石を一つ一つ並べるように、ユキトが話す言葉。
自らが選んだ男性が並べる、その煌めきを聞き漏らすまいとエリカは耳を傾ける。
「僕は確かに『大きなおっぱいのことが好きなわけじゃない』って言った。
でも、それはある意味で正しくて、ある意味では間違っている。
エリカ――君の大きなおっぱいは、これまで歩んできた僕ら
その意味で、僕は君のおっぱいを見つめる時、そこに未来の家族の姿を見ているんだよ」
そう言って、ユキトはエリカの瞳を見つめる。
そして、その視線を、ゆっくりと頬に沿わし、項を辿り、Vネックに開かれた胸元を舐めるように下へと動かし、その美しくもたわわに実った歴史の果実へと注いだ。
未来の家族の姿。――その言葉が、エリカの心を強く打った。
「――ユキト……、それって?」
エリカ・ディードライトが待っている言葉はプロポーズ。
一年間の交際を続けた大好きなユキト。
結婚を意識し始めたのは、昨日今日の話ではない。
「エリカ。ここまで僕はおっぱいのことを色々語ってきたけれど、……本当はそんなこと、どうだって良いんだよ。
僕は君といるときに、君のおっぱいの大きさなんて気にしたことは一切無いよ」
ユキトは断言する。
「結局大切なのはおっぱいとか、クビレとか、お尻とか、そういうものじゃないんだ。男性か女性かだっていう、ジェンダーだってナンセンスさ。
さらに言えば、
そんなんじゃなくて、その相手と、一つになって、同じ人生を歩んでいきたいか。
それが、全てなんだよ。――愛しているかどうか。それが全てなんだ」
真摯に注がれる恋人の視線を、エリカは潤んだ瞳で受け止める。
――「愛している」の言葉が欲しかった。
それがユキトからのプロポーズの言葉になるって知っていたから。
彼女はその言葉をひたすら待っていたのだ。
エリカも初めから、正直、おっぱいの話はどうでもよかった。
「じゃあ、ユキト――私のこと、どう思っているの?」
おっぱいについて語り尽くした恋人に、尋ねる。
それは、始まりの問いであり、そして一番大切な問い。
青年が視線を浮かべる。
「二〇世紀の日本の文豪がね。
愛しているっていう英語を訳す時に『月が綺麗ですね』って訳したらしいんだ。
月に住む僕たちにはピンとこない言葉だけどね」
ユキトは肩を竦める。
エリカはきょとんとした顔で、首を傾げて、フェザーボブの艶かな黒髪が流れた。
ユキトはその姿に微笑を浮かべて、言葉を継いだ。
「
そして、その星を一緒に見続けたいと思う。
それはきっと、アイ・ラヴ・ユーよりも温かで、深みのある言葉なんだよ」
宇宙を見上げる。目を細めた。
つられてエリカもその視線を追う。
透明なダイヤモンドガラスで覆われた天井の先には、青い地球が浮かんでいた。
――美しい
「だから、僕なら、今、君にこう言うべきかなって思うんだ――」
天に上げていた視線を自分たちの地平へと戻す。月の表面の世界へ。
いつの間にか、ユキトの手には一つの小箱が握られていた。
やがて、その箱がゆっくりと開かれていく。
ユキトが微笑んで――唇を動かす。
自分の恋人にどんな宝石よりも大切なものを届けるために。
「エリカ――『地球が綺麗ですね』」
その小箱の中には、指輪があり、青く美しい宝石がその上で輝いていた。
まるでそれは宇宙に輝くたった一つの宝石。エリカは思わず口元を覆う。
それは月の上での愛の物語。二二〇〇年代も変わらず続く男と女の愛の物語。
ユキトははにかむように笑い、エリカは瞳を潤ませた。
――ここは月の表面。
世界の真理『ミズサワ理論』は闇に葬られたまま、人々は今日も生きていく。
その『ミズサワ理論』を推進した研究者の一人がこう言った。
おっぱいは地球のメタファーだと。
地球はおっぱいのメタファーだと。
ならば、この物語を締め括るにあたって、私たちはあらためて愛の言葉を語る必要があるのだろう。
そう――
――『地球が綺麗ですね』
人類が宇宙に進出しても、おっぱいは永遠である。
宇宙に煌めく幾億の星のように。
未来の世界で愛を奏でる恋人たちが紡ぐ物語。
きっと、それこそが本当の――
<< 月の表面でおっぱいを語る (完) >>
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