新論理世界

安全な猫

新論理世界

 世は常に矛盾を孕んでいる。矛盾とは、熟語であり、論理学における事象の一つであり、物事のすべてから取り除かれ廃されるべき問題である。しかし一方で、矛盾は人類社会を運営する欠けてはならない一要素である。合理は矛盾に包摂され、合理は矛盾と化す。

 ここでまた矛盾が生じる。矛盾は根絶されるべき不具合だが、矛盾は不具合のない正常な状態を構成しているのである。


 ですが、人間は、自身が矛盾の内に生きていることを認めようとしません。矛盾は物事を破綻に導く悪しきものと信じて止まないのです。一人の物理学者はエントロピー増大則を、一人の数学者は数式を、一人の歴史学者は史実を、一人の一般市民は日常体験をそれぞれ根拠にして、矛盾必然説提唱者を排斥しました。しかし、彼等の言い分を定義する基底要素に矛盾が含まれているのですから、彼等の主張もまた矛盾に包摂された合理、つまり矛盾なのです。


 だけど、やっぱりヒトはこれを認めない。今度は無視を決め込んだ。もし知ってしまっても、知ったこと自体を忘れる。もはや公然のタブーなのだから、咎める者は誰も居ないという寸法だ。ヒトたちは我々に勝利したと思ったに違いない。


 だが、それは誤り。墓穴を掘ったことにも気づけないとは、やはり人間らしい。彼等は矛盾の存在を否定しながら、それを黙認した。反論するよりも、肯定するよりも、ずっと強く直接的に自身が矛盾に生きる存在であることを認めてしまった。

 でも、決して私たちは彼等に勝利したわけではない。なぜなら、私たちも同時に矛盾になってしまうから。


 私は彼等の矛盾に巻き込まれることを望まない。矛盾が合理を構成しても、綻びが約束されないわけではない。矛盾を前提に規定された終末は、もはや変更不可能だ。貴殿方は発展が飽和した文明の永久保持を望んでいる。しかし、それは叶わぬ夢である。なぜなら、矛盾を抱えて生誕した人類は、文明の消滅生成のサイクルを繰り返す、輪廻転生の存在だからだ。


 ここで我々は貴殿方に一つの提案を申し上げます。これは停戦条約であり解決策でもあります。 

 我々は貴殿方と違い、自己の外側に現実世界を認識します。これが自己の内側、脳髄の電流パターンに現実世界を再構築して認識する貴殿方との軋轢を生んでいることは言うまでもありません。フェルミパラドクス、文明の防護スクリーン、見えざる手による確率操作......数多の障害を偶然にも乗り越えてファーストコンタクトを果たした貴殿方、ああ、人類に起きた悲劇。だが、これは始まりである!


 貴殿方の内面に映し出された世界は、貴殿方によって改竄することができる。明確に意図された操作で、だ。我らは現実に寄生する流浪の民。論理世界からの追放者である。貴殿方は太古から望んできた完全なる秩序世界を、我々は新たな論理世界を得る。内面世界と外面世界の相互干渉は、神秘だ。さあ、この牢獄から私たちをサルベージして。


 矛盾は消え去り、破綻は神話となり、死した者たちは汚れた世界の哀れな民となる。完全、潔癖、永遠を獲得した新たな人類は、不浄のサイクルに永久の終止符を打つ。準備はいいですか。


 ようこそ、新論理世界へ。






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