P.S. 魔女と魔女、祖母と孫 《後篇》
テトラが魔女様の家に押しかけている頃。
「あれ? テトラちゃんどこに行ったのかな」
カリンは自分をここに連れてきた魔女の姿を探していた。
「それにしてもここって……。色々違うところはあるけど、アッシェ村、だよね」
花屋から広場に移動しているし、見慣れた景色よりも少し寂しくはあるが、そこは間違いなくアッシェ村だった。
「うぅ。どうしよう、帰る家もないしテトラちゃんもいないし。……これじゃ完全に迷子だよ」
「お姉さん迷子なんですか?」
「え?」
突然声をかけられて驚きながら振り返ると、エプロンを腰に巻いて長い髪を後ろで結んだ小さな少女が、花の詰まったバスケットを抱えていた。
カリンは自分を見つめる少女の、その緑色の瞳を見つめ返して、
「おばあちゃん!」
その少女に抱き着いた。
「え? ちょっ! 誰がおばあちゃんですか! 私はまだそんな年齢じゃないです!」
急に距離を詰められた少女は不審者を見るような目でカリンを押し返す。
「大体あなた誰なんですか!」
「あっ、そっか。ここではまだ私生まれてないんだ」
「何おかしなこと言ってるんですか?」
「ごめんごめん。気にしないでね、私はカリン。あなたは……レイナちゃんだよね」
カリンが言うと、レイナはさらに表情を険しくして、
「……なんで私の名前知ってるんですか?」
「それは……私が未来から来たからだよ」
「未来?」
レイナが訳が分からないと言った風に首を傾げる。
「そう、未来。そして未来ではあなたは私のおばあちゃん」
「じゃあ私は誰かと、け、けっこんするんですか?」
「? うん。とっても優しい人だよ」
それを聞いて、レイナの顔が真っ赤になる。
「そ、そう。いつかそんな素敵な人に会えるんですね」
「うんうん。それでね、実は今私迷子なの」
「迷子? ……そもそもカリンさんはどうやってここに来たの?」
「魔女さんに連れてきてもらったの。だから近くに居るはずなんだけど……」
言って、カリンは小さく溜息をついた。
「見当たらないんだよね」
「……その魔女? さんが行きそうな場所に心当たりはないんですか?」
「あっ! 魔女様に会いに行くって言ってたよ!」
立て続けに飛び出す魔女という言葉にレイナは眉をひそめたけれど、「今の状況も十分不思議よね」と頷きながら顎に手を当てた。
「ならそこに行ってみたらいいんじゃないですか?」
しばらくしてレイナがそう言うと、カリンの顔がぱあっと明るくなる。
「あっ! そっか、魔女様のとこに行けばいいんだ! さすがおばあちゃん!」
「もう! すぐに抱き着こうとしないでください!」
重いから。と溢しながら、レイナがカリンをかわす。
「うぅ。ひどいよおばあちゃん……」
ひらりとかわされてバランスを崩したカリンは、自分より一回り小さいレイナを見上げながら涙目になる。
「それに私はまだおばあちゃんじゃありません。……レイナでいいです」
「ふふ。うん、じゃあ私もカリンって呼んでよ」
「分かりました。……それで、カリンはその魔女様の居場所を知ってるんですか?」
至極まっとうなレイナの問いに、カリンはスッと目をそらす。
「……カリン?」
「お話ではいつも聞いてたんだけど、ここからどうやって行くのかは分からなくて。……森の中ってことしか分からないの」
そう言ってカリンは申し訳なさそうに下を向く。
「顔を上げてください。今日はもう暗いですし、また明日森の方を一緒に探しましょう」
「うん! ありがとうおばっ、……レイナ」
元気よく言い間違えそうになったカリンを半眼で一瞥して、レイナはため息を一つ吐いた。
彼女はそのままゆっくりと、カリンの横を歩いていく。
「カリン、いつまでそこにいるんですか?」
「え?」
「未来から来たなら、ここにあなたのお家は無いんじゃないですか?」
パチパチと瞬きを繰り返すカリンに穏やかな声でレイナが言う。
そして彼女は少し言いづらそうに、
「それにあなたは、一応私の孫……なんですから」
「……っ! やっぱりおばあちゃん大好き!」
「にゃっ!? もう! 抱き着かないでって! ほら、早く行きますよ」
「うん!」
「それと、お父さん達にばれないように家では静かにしててください」
「はーい!」
どこか諦めたような顔で笑うレイナの隣に、カリンは無邪気な笑顔を浮かべて並ぶ。こうして、いつか祖母と孫になる二人は、月明りが照らすアッシェ村で帰路に着いた。
村の広場から少し離れた場所にあるお花屋さん。今も未来も、そこがレイナの家である。
「さっき言ったこと、忘れないでくださいね」
「うん! ……それで、私はどこから入ったらいいかな?」
「そうですね。このまま入ったらばれちゃうので、裏口に回りましょう」
カリンはレイナに案内されるまま裏口から家に入って、物音を立てないように階段を上がる。二階の一番奥にあるレイナの部屋に着いて、二人は大きく息を吐いた。
「自分の家に入るのにこんなに苦労する日が来るとは思いませんでした」
言いながらレイナがベッドに座ったと同時、階段の下から声が響く。若い女性の声。レイナのお母さんだ。
「レイナ? 帰ってるの? もうご飯できてるわよ」
「分かった! すぐ下りるね!」
レイナはドアに近付いて言ってから、カリンに振り返る。
「少し下に行きますけど、静かにしててくださいね」
「分かってるよ。行ってらっしゃい」
レイナが出て行って一人になった部屋で、カリンはそっとベッドに横たわった。
ベッド横の出窓から月光が差す。カリンはそれを浴びながら、心地よさそうに目をつぶった。
「……ここがおばあちゃんの部屋かぁ」
冷えたシーツの上でごろごろと転がりながら、カリンは小さく笑う。しばらくそうした後、彼女は仰向けになってじっと天井を見つめた。風に吹かれた黒い雲が月を隠して、祖母ゆずりの瞳からこぼれた涙が、静かにシーツを濡らす。
「おばあちゃん、こんなに元気だったんだね」
一筋こぼれてしまうと、もう歯止めが利かない。ここに来てレイナを見た時からずっと胸の内に閉じ込めていたものが、次々と溢れてくる。嬉しさ、楽しさ、切なさ、そして、懐かしさ。その全てが心の中で絵の具みたいに混ざりあって、胸が痛む。
雲が流れて、カリンの顔を月が照らした。最後に会った祖母の笑顔と、今日の小さな少女の困った笑みが、記憶の中で重なる。
「……静かに、してないと」
カリンは小さな祖母の言葉を思い出し、ベッドに顔をうずめて、背中を揺らした。
「カリン、お待たせしました。遅くなってしまってごめんなさい。……カリン?」
部屋に戻ったレイナが声をかけるが、カリンはベッドの上で横になったままだ。
それを見て、レイナは音を立てないように彼女の側まで歩く。ベッドにそっと腰を下ろして、カリンの顔を覗く。
大きな孫は楽しい夢でも見ているのか穏やかな顔を浮かべて、無邪気な寝息をこぼしていた。しかし、彼女の目元にははっきりと、涙の跡が残っている。
「寂しい思いをさせてしまいましたね」
レイナはそう言って、カリンの頭を優しく撫でる。柔らかな金髪が手に心地いい。
「……おやすみなさい、カリン」
更けていく夜の中で、気持ちよさそうに眠る未来の孫の額にキスをする。そうしてゆっくりと彼女の頭を胸に抱いて、レイナも静かに、目を閉じた。
目を閉じていても分かるくらいの光に包まれて、レイナは目を覚ます。そっと体を起こして窓の外を見ても、まだ少し白んでいる程度だ。
「……寝ぼけてたのかな」
なぜかベッドの端に寄っていた体を戻して、レイナはもう一度目を閉じる。おぼろげに残る幸せな夢を、もう一度見るために。
「おお、無事に帰ってこれたみたいだな」
「あれ? テトラちゃん。ここは?」
「ん? 寝ぼけてんのか? ここはお前の花屋だろ」
緑の魔女に言われて辺りを見ると、そこは確かにいつもの花屋の中だった。
「そっか、私テトラちゃんの魔法で日記の中に連れてってもらって……」
ふと、カリンは額に違和感を感じた。何か柔らかなモノが触れた後のような、不思議な感覚。
「ん? どうかしたか?」
テトラが小首を傾げると、カリンはそっと首を横に振った。
「なんでもないよ。それより、テトラちゃんはこれからどうするの?」
「んー。魔女にはもう会えたしな。オレはもう帰るよ」
それを聞いて、カリンは寂しそうな顔を浮かべる。
「そんな顔すんなよ。また暇になったら遊びに来るからさ」
「ほんと? じゃあその時は美味しいお茶でも用意しとくね」
「ああ、楽しみにしてる」
カリンは無邪気で眩しい笑顔を、テトラは不慣れな笑顔を互いに向けて、友人との別れを惜しんだ。
「……今日は、ありがとう。おかげでおばあちゃんにまた会えた」
「オレの方こそ。カリンがいなきゃ魔女に会えなかった。……そろそろ行くな」
「うん。いってらっしゃい、テトラちゃん」
緑の魔女がドアを開けて外に出ると、強い風がカリンの髪を揺らした。風が止んで、テトラの姿が消える。
二人の邂逅から始まった不思議な一日は、こうして幕を閉じた。
『P.S.魔女と魔女、祖母と孫』 fin.
魔女様の日記 『forget-her-not 外典』 宵埜白猫 @shironeko98
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