後編

 どうやら、サキュベインって一昨日から家出(って言うのかしら、こーゆー場合も)して、帰って来なかったらしい。


 あ~、なるヘソ。だからあんなにストレスで切羽詰まってたのかー。


 さらに、それとなく聞いてみてわかったんだけど、女手の少ないこの基地では、いろいろ非戦闘員の手の足りてない部分(具体的には、食事とか掃除とか裁縫だとか)を、サキュベインが文句言いつつ補ってたらしい。


 いや、週に3回の割合で食事当番を担当している、組織の最上級幹部ってどうなの?

 作戦立案や現場指揮、さらに時にはセイントジュエルズとの直接戦闘までこなしたうえ、疲れた体に鞭打って繕い物するとか、どう考えても超過労働よね。

 その挙句「嫁き遅れ」とか「年増」って言われたなんて……うん、サキュさんが、ヤサグレる気持ちが痛い程わかるなぁ。


 ──というワケで、本来敵であり、わたし個人もヒドい目に遭わされた(いや、現状からすると「遭わされている」か)女性なのに、なんかこう、同情心がひしひしと湧いちゃって……。

 気がついたら、ダスティの組織改革に手を出しちゃってました……テヘッ♪


 いや、だってこの組織って、信じられないくらい非効率だったんだよ?

 こう見えてもわたし、3年前に弟が生まれるまでは、環財閥のひとり娘&後継者候補として、それなりの教育──古臭い言い方すると「帝王学」ってヤツを受けてたのよね。

 もっとも、今となっては弟が父さんの跡を継ぐことになったから、比較的気楽な立場になれたけどさ。


 だから、会社の経営の初歩くらいなら、十分に分かるんだけど、ダスティって、その魔道技術とかはともかく、今まで半年間もったのが奇跡みたいなヘッポコ組織だったんだから。

 上意下達の不徹底、幹部による会議の不足、戦闘偏重による後方要員の明確な不足、財源確保の不透明──挙げていったらキリがないわ!

 これでも、異世界とは言え一応れっきとした国家(の首都)だったなんて信じらんない。


 幸い、周りの誰もが、わたしのことをサキュベインだと思ってる(たぶん、コスチュームと蝶仮面のせいかな)から、「家出(?)してフッキレた」という設定で、「言いたいことを言わせて」もらったの。

 他の幹部や上司(?)の皇帝夫妻も、「また出奔されてはかなわない」と思ったのか非常に協力的で、一週間と経たずにかなり風通しが良くて健全な組織構造を構築できた──いや、「健全な悪の組織」ってのもどうかと思うけどね。


 え? 「どうしていつまでも悪組織そんなトコにいるのか」って?

 それが──このサキュベインの服って、どうやらRPGとかで言う「呪われた装備」だったみたいで、どうやっても脱げなくなったのよ!


 さすがにマントとか仮面とか靴は外せたんだけど、ボディスーツと手袋&靴下は、肌に貼り着いたみたいになって、どうやっても脱げないし、オマケに凄く丈夫!

 その種のアダルトグッズみたくクロッチ部分がジッパーで左右に開ける仕組みになってたことに感謝感激だわ。さもないと、おトイレでさぞかし困ったと思うし。


 反面、多少の破損は数時間で直ってるし、お風呂とかに入っても水着着てるようなもので平気だし、水から出たらすぐ乾くから、実生活面ではそれほど困ってはいないんだけどね。


 いろいろ調べてみたんだけど、どうやらこの装備類って、性能面では凄いんだけど、本来は「属性・悪」の人専用だったらしい。だから、元々「悪」のサキュベインは、普通に着脱してたんだと思う。


 一方、その本物のサキュベインの方なんだけど──どうやらわたしに代わってセイントパールをやってくれてるみたい。

 「みたい」って言うのは、作戦現場とかで何度か見かけた“彼女”が、事情を知ってるわたしにさえ、「セイントパール」以外の何者にも見えなかったから。

 たぶん、コスチュームに備わった「認識阻害」効果の賜物だと思うんだけど……。


 平たく言うと、セイントジュエルズのコスチュームを着ている時は、たとえ親兄弟に素顔をさらしていても、その人は「セイントジュエルズ」としてしか認識されないっていう機能が付いてるのよ。


 逆に変身を解いたら、あのブレスレットを付けてる限り、今度は「装着者は●●というただの少女」という認識を周囲に投げかけて、変身した姿との関連性を思いつかせないようにするというスグレモノ。

 どういう手を使ったのか、本来1対1対応の変身ブレスレットを、彼女は起動させていた。だとしたら、変身以外の機能もたぶん正常に働いている可能性は高い。


 そうなると、変身を解除したら、本来のわたし=「環真奈美」として周囲に認識されるようになってる──と考えるのが妥当よね?

 正直わたしの家って、裕福ではあるけど、かなり格式ばってて窮屈だから、うまくやれてるか心配なんだけど……。


 まぁ、今は他人の心配より自分の身のふりかたね。

 どうも一回“家出”したせいか、さりげなく周囲の部下とか同僚が監視してるみたいだし、すぐに抜け出すのは無理っぽいから、当面はそのまま「魔将姫サキュベイン」をやるしかないのよねぇ。


 もっとも、例の組織改革で、幹部の中でも作戦参謀格のサキュベインが、あまり現場に赴かなくてもいい体勢は作ったんで、だいぶ気が楽になったわ。

 セイントジュエルズの方も約1名が(こっそり)入れ替わってるせいか、あまり活発な活動はなくて、とりあえずは小競り合いが何度かあった程度だし。


 ただ、例の食事当番については、現在も継続中。まぁ、わたしは料理とか家事は得意でさほど苦にならない──って言うか、むしろ好きな方だし。

 だって、自分の作ったものを「美味しい」って食べてもらえるのって嬉しいじゃない?

 家では、“女の子のたしなみ”として習った時以外は、台所に立たせてもらえなかったからなぁ……。専門のコックさんとか雇ってるから、仕方ないんだけどさ。

 わたしの作った素人家庭料理は意外なほど好評で、他の幹部はもちろん皇帝までも食べに来られたり、皇妃に「料理を教えてほしい」と頼まれたりした。


 そうそう、皇妃スカイゴワーリャ様って、パッと見は長身の美人さんなんだけど、その性格は──なんて言うか、スゴく世間知らずで純真で可愛いの!

 年齢は地球人で言うなら20歳くらいかな。そのせいか「25歳のサキュベイン」のことをお姉さんみたいに思ってるらしいのよね。


 わたしも、甘えられたり頼りにされたりしてるうちに、いつの間にか妹に対するみたいに接するようになっちゃったし。

 あとで気づいてから赤面&汗顔モノなんだけど、皇帝陛下も笑って許してくれた。むしろ、「できれば、我が妃ワーリャの友人となってやってくれ」と推奨されたくらい。


 まぁ、確かに、このダスティに女性メンバーは少ない(構成員の2割くらいかな?)し、その中でさらに皇妃様と接して気遅れしない人間なんて限られる──って言うか、もしかしてわたしくらい!?

 わたしとしても、精神年齢の近い、気の合う女性と仲良くすることに異論はないんだけどね。


 * * * 


 うーん、それにしても……ここ、ダスティの秘密基地に来てから、早くも1月あまりの時が流れちゃったけど、どうしたものかしら。


 最近では、セイントジュエルズとの戦いも以前と同様活発化しつつあるし、わたしも細かい指揮が必要な場合、現場に出ることもあるから、脱走すること自体は比較的難しくないのよ。


 でもねぇ、なんて言うか、コッチに色々“しがらみ”ができちゃったし、敵味方の思惑とか裏事情も知っちゃったしなぁ。


 もちろん、ダスティがある種のテロを行っている“悪の組織”であることは確かなんだけど、対抗馬であるセイントジュエルズ──というか、そのバックについてる賢者ハミア(+政府)も、無償の善意と正義の塊りってワケじゃないみたいなの。

 何より、ダスティが現在のような活動を繰り広げるようになった原因は、日本政府の愚か過ぎる対応が直接の原因だし……。


 うーん──正直、お嬢様学校の女子高生とセイントパール掛け持ちでやってた頃より、今の方がやり甲斐というか充実はしてるんだよね。

 家柄のこととか外見で誤解されることが多いけど、わたし自身は「絵に描いたようなお嬢様」な暮らしが、あんまり好きじゃなかったし。


 だからこそ、ハミアさんの誘いに乗ってセイントパールとして戦うことに同意したんだけど、そこで任された役目は「癒しの白」、つまり回復&防御要員だったのよね~。


 そりゃ、わたしだってRPGとかで僧侶が必要だって意見には賛成するわよ? でも、自分が積極的にその役目を引き受けたいか、って言えば答えはNOね。

 しかも、メンバー最年長(て言っても、ひとつ年上なだけだけど)だから、自然と調整役を期待されてたし……。

 サキュベインとは別の意味で、わたしも結構ストレスが溜まってたと思うんだ。


 その意味では、こんな事態になって環境が激変したことは、気持ちにリセットがかかって良かったかな、とも感じる。

 なんたって今のわたしは“女幹部”だから、かなりの裁量権があるし、ワーリャ様という妹分的親友もいるし、皇帝じょうしも気さくでいい人だし、部下達からの人気も高いし。


 最近はウチの戦闘員たちのあいだで、「サキュベイン様ファンクラブ」が発足したらしいし。なんでも「俺達のサキュベイン様がこんな可愛いはずがない!」が合言葉なんだって。

 まぁ、コレでも中の人(w)は、ピチピチの17歳ですからね~。でも、なんだかんだ言って女冥利に尽きるでしょ。


 ──アレ? もしかして、わたし、戻りたいって気持ちがあんまり……というかほとんどなくなってる?


 ──うん、そうかも。

 もういっそ、このままでもいいかなぁ。


 サキュベイン(真)が、あっちでちゃんと「セイントパール」の役目を果たしてるのは、わたし自身何度か目にしてるし、「環真奈美」としての暮らしにも、うまく適応してるみたいだし。


 こないだ元いた女子校に偵察部隊を送り込んでコッソリ監視カメラ付けたんだけど、彼女、いつの間にやら生徒会長になって、後輩や同学年の子達から「お姉様」呼ばわりされてたのには、ちょっとビックリ。

 水晶球越しに見た限りでは、立居振舞とか言葉づかいとか、下手したらわたしよりずっと「お嬢様」っぽいんじゃないかな。

 ああ、そう言えば、彼女、元々は貴族の娘さんなんだっけ。道理で。


 まぁ、とりあえず急いで答えは出さなくてもいいか。

 今わたし達で練っているプロジェクトWが動きだせば、あちらさん──ジュエルズ側もきっとダスティ(こちら)への協力を申し出てくるはず。

 ハミアさんが馬鹿じゃなければ、だけど。


 ははっ、いつの間にか、元の仲間を「あちら」呼ばわりしてるわね、わたし。

 無論、絶対とは言えないけど、うまくいけばジュエルズと和解し、日本政府にひと泡吹かせ、このダスティが正式に“国家”として地球に確たる基盤を築くことも可能だしね。


 さて、それまでいっちょ、「魔将姫サキュベイン」として頑張りますか!!


-おしまい?-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪の組織の女幹部が公称25歳だけど本当は17歳の元魔法少女でオカンな件 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ