始/終
前後不覚で不安定な夢うつつの中で、知性の欠片も介さない閃きのままに採択した無根拠で無鉄砲な行動の裏で。
裏社会の何者かが各々の利益を求めて陰日向に暗躍したり、非合法で秘密裏に何かが策定されていた代償として、狡猾で卑劣な罠があったりするかと思ったけど、別段そんなことも無かったよ。
拍子抜けという言葉を地で行くままに恙無く事態と物語は進んで行く。
とは言え、何にしても俺としては概ね
そんなこんなの紆余曲折を経て、ようやくの満身創痍に似た心境で立っている現在地は、名も顔も知らぬ多数の人々が縦横無尽にそれぞれの目的地を目指して行き交う交差点。
知覚し得る意識の外にある喧騒や言動なんかが意味無く俺を取り巻いて、知らない内に自分を包んでいる夜。良くある、ありふれた実につまんねぇ現実をダラダラと続けた先にある退屈な今日。
俺の意識は呆気無く、白い異世界から馴染みある
ともすれば、これまで積み上げてきた文字数の全てが白昼夢やたちの悪い妄想や幻覚の
しかし、切り裂く様な寒さが身体とともにそんな惰弱な精神に発破をかけるせいで、否応なしにこれは現実なんだろうなぁとぼんやりと思わせた。
そして、何よりも、俺の目の前でうねりを上げながら停止する巨大な鋼鉄物。
どこか平成の特撮ヒーローのマスクを思わせる
思わず反射的に手を顔の前にかざし、物理的に大きな瞼を作ってから己が視界を確保する。
そこで初めて、周囲からはざわめきの声やカメラの電子音が断続的に鳴り響いている事に遅まきながら気が付いた。
無遠慮で悪意なき怪物である衆人環視。正直、居心地いいとは言えない状況。言わば、逆パノプティコン的な監視社会。
人工的なタイヤとアスファルトが擦れて焼け焦げて、据えた感じの嫌な匂いを放つ中で呆然としている俺の姿はショックで自失状態に見えた事だろう。
それは紛れもなく普通に事実だけど、理由は全然別の所にあることを悟る人物は誰もいない。
慌てて車から降りてきた運転手に無事である事を伝える際に、「これは二回目なんですよ」と付け加えようかとも思ったが、思い直す。
そんな狂人の如き狂言を吐いてしまえば、救急車で違う種類の病院に搬送されることになるからね。
七三分けの死神天使との別れ同様、適当に手を振ってさようなら。
誰に知られることも無く、彼が犯すはずだった罪と背負うはずだった十字架から解放した俺はその後、電車を乗り継いで最寄り駅を目指した。
改札を抜けて自転車置き場に着いた頃、ズボンの左ポケットが幼子の様に鳴動。
切符代わりに使用して、しまったばかりのスマホを取り出して、手帳型のカバーを開ける。
ラインのポップアップ通知。
彼女からだ。画面をタップしてメッセージに目を通す。
『映画に行く前にテレビシリーズを予習しとくべきかな?』
いや知らねえよ。好きにしろよ。
普段ならそう答えるけれど、今日は違う
そんな日常に幾らでもありふれていて、日々の中に沢山埋没していて、もしこれが一冊の小説ならば絶対に割愛される様な些細なやり取りが出来る事が堪らなく愛しくて。どうしようもなく切なくて。少し泣きそうになる。
というか実際少し泣いた。
滲む目元を指で軽く拭ってから返信。めるめる。
『それもいいかもね。ボックスをポチるよ』
今ならそれ位の出費をしてもいい気分だから。
それ位の贅沢をしてもバチは当たらないはずだから。
なんせこちとら夢みたいに都合の良い異世界チートやら夢そのものとも言える酒池肉林を渋々ながら、断腸の思いで泣く泣く諦めた身だ。この程度の散財は神様だかとかも怒るまい。
しかしまあ、あの堅物死神天使はまた渋い顔をするだろうけど、しばらく会うことも無いだろうし、まあ無問題だろ。
ただそれにしても、
「酒池肉林か…やっぱりちょっと惜しい事をしたかもなあ…」
全ては遠き理想郷って柄でも無いが、全部まるっとイーハトーブって気分である。
夜空に漫然と灯る人工的な光の中でこの期に及んだ人間らしさとみっともなさを呼気と共に小さく吐き出して、寒さと少量の後悔に肩を震わせながら望んだ帰路に着く。
もし五分以内にスマホが震えて。彼女からの返信があって。
仮にそれが肯定的なものであれば、引き返して寄り道をして。
よし、そう決めた。
臨死体験トリップ手順奇譚 本陣忠人 @honjin
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