誰か、私の兄を。私のかわりに殴って、あげてください。
「……どうかな?」
兄は、私が小説なるものを読み終わるまでずっと、私の部屋で待っていた。結果は変わらない。
「駄作」
「っ……そ、そうか」
兄にそう言った私は、小説なるものを兄に手渡しして渡す。
相変わらず、文字は汚く物語の流れはグダグダ。読み終わったあと、私は疲れたなぁと思った。
「ごめん……」
兄はそう言って私の部屋から立ち去ろうとする。
「……主語がわからない」
「え?」
兄にはわかってないようだった。
「主語がわからないの、お兄ちゃんの小説。誰がどうして何をやったかが、はっきりとわからない。伝えたいテーマ的なものが、まるで伝わってこない。何を書いてるの?その小説」
「そ、それは、主人公が異世界に行って、仲間がいっぱいいてな。強い力を手にいれから悪いヤツを倒しにいくって物語にしたいんだ」
「なら、どうしてソレを書かないの?」
「……え?」
兄は私の言葉を聞いて、固まった。
兄は、書いていると思っているのだろう。しかし、この文章には道筋がなく、ただバラバラに言葉が連なっているばかり……小説としてはお粗末なものだ。
「それを読んで、私はお兄ちゃんが書きたいものが何一つ、伝わらない。読むのは、正直その小説は時間の無駄だと思った」
兄の小説なるものは、普通の小説を読むより倍に時間がかかった。私は、せっかくの休みをその小説に消費してしまった。
「なら、なんで……読んでくれたんだ?」
兄は、見るからに声を絞って、私に問いかけた。
「それ、何度も書き直してるでしょ。この間見たときは、そんな消した跡なんてたくさんついてなかった」
「それは……」
兄は、自分の握っている紙の束を眺めた。
「私が最後まで読んだ理由は、導入部分のお兄ちゃんの気持ち入れ方が、変わったからかな。冒頭は相変わらず、よく意味はわからないけど。文章が変わってる……気持ちがこもってる文章になっていた」
兄は、静かに私の話を聞いていた。
「でも、わかりづらい。……また書き直さなきゃ、誰も読まないよ?」
私の言葉を聞いて、兄はその場に崩れた。
「ありがとう……ありがとう……」
泣いてる、大の男が。
「ちょ、ちょっと…!」
言い過ぎたかも知れない。そう思ったが、兄は泣きながら話し始めた。
「ありがとう……今まで、誰にも言えなかったんだ!……自分が小説を書いてるってことを!……誰にも!」
兄の涙は、拭いても拭いても止まる様子はない。ただ、ポロポロと兄の瞳から落ちていく。
「こうして、妹に読んでもらってわかった……最後に読んでもらって、感想や指摘をもらえるってこんなに嬉しいとは、思わなかった」
どうやら、兄の瞳は私が言い過ぎたわけではなかった。
「俺は、妹に最初に小説を読んでもらう前は、一年もかけたものだしこれでいいだろうと思って妹に小説を見せた。……でも、そんな小説はすぐにわかるだな。妹に、すぐに駄作って言われた時はショックを受けた」
そうだろうなと思う。兄が昨日、私にもう一度読んでくれって言うまで、まともに会話なんてしていない。あの様子は明らかに、いつもの兄ではなかった。
「俺、いきなり仕事辞めて……ろくに働きもせず、親にも迷惑かけて俺は何やってんだろうな……って」
兄は、手に持った紙の束を見つめた。
「でも、前の仕事やってる時のことを思い出しただよ。……俺、何がしたくて生きているだろうって。何もしないまま、永遠とやりたい仕事ではないことを続けて、生きるってどうなんだろうって」
私には、答えられない。それは私も今、少し思っているところでもあるからだ。
兄は、私の顔を見た。いつものふざけた様子ではなく、ただ真っ直ぐと私を見た。
「俺は、これが書きたいんだ。これを書いて、誰か楽しませたい!これの面白さを、感じてもらいたい!」
兄は、私に向かって握りしめた紙の束を見せた。私に認めさせるかのように、紙の束を見せつける。
「……だから?」
私は、意地悪だ。自分でも、そう思う。
「だから、もう一度これを書き直してくる!そして、もう一度読んでくれ!これを!」
「……そう」
兄は、急いで自分の部屋に帰って行った。私は、まだ読むとも言っていないのに。
「本当に、バカな私のお兄ちゃん……」
そんな兄の姿を見て、私は頑張らなきゃと思った。ぐっと背伸びをする。気持ちで、負けてはならない。
兄の夢が正しいとは私には言えない。きっと、誰にも言えないことだ。
ああなってしまったバカな兄は、もう誰にも止められないだろう。自分の人生をかけてまで、あのバカ兄がやると決めたんだ。
止められない。
――――本当に止められないから。
誰か私のかわりに、私の兄を殴ってくれませんか?
誰か!私の兄を、私のかわりに殴ってくれませんか!? 猫のまんま @kuroinoraneko
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