最悪

「そ、そうか……ごめんな。変なもの見せて」


 兄は、ぎこちなく床に落ちた原稿用紙を拾い集めて、もとあった紙袋の中になおした。


「ふん……」


 私は寝返りをうち、兄がいる方向とは逆の方向を向いた。


「……ごめんな」


 兄はそう言い残すと、中断していたゲーム機のコンセントを引き抜いてテレビの電源をきる。そのまま、自分の部屋に帰ってしまった。


 部屋に残された私が悪いのだろうか。

 どうも、納得がいかない。


 こうして仕事で悩んでる妹に、仕事を急に辞めてきて一年間無職で、ゲームばかりしていた親にも見放された兄が急に、自分が作ったという小説なるものを見せてきた。

 これが私の心情的に、腹が立たないわけがないわけないだろう。なんなんだ、あの小説なるものは。


 携帯小説とかしか読まない、素人の私でもわかる。あれは才能なんて一切ない、駄作だと思った。

 字が汚いことを例外にしても、文面がどこかおかしく文章がどこか支離滅裂。何がどうなってどう動いたかなど具体性がなくて、そもそも読む気が起きてない私が、さらに読む気を無くす品物だった。


 わかるとすれば、タイトルから推測するとジャンルはファンタジーものだったということ。そこにも、多少なりとも私は腹がたった。


 小説を書くことを、私はダメとは言わない。ただ今現在、兄の現状を考えたら『そういう事』を今やっているのはおかしいだろうどう考えても。


「はぁ……」


 私はまたまた、ため息をついた。家にいても、仕事をしていても気が休まることがないと思ったからだ。


(……私は、悪くない)


 そう思ったが、心のしこりが取れそうにない。ずしんと重く、心に残っていて……最悪。






 そんなことがあってから、兄はしばらく私を見てもぎこちなく挨拶をする程度だった。会話も続かない。

 気にする必要ない。昔もこんな感じだった。


 兄が中学に上がった頃から、私との会話はほとんどなかった。兄は、いつも家に帰ってはすぐに部屋に引きこもり、本を読んでいたイメージが強い。

 参考書とかではなく、アニメ絵がついた小説を主に読んでいた。兄の部屋は、そういう本で本棚が埋め尽くされている。


 好きなのは、わかる。私も中学に上がった頃は携帯小説にハマって読んだり、自分で書いていたこともあった。

 書いていたものは、すぐに恥ずかしくなって消してしまった。今じゃ読める代物じゃないだろう……あったら破り捨てると思う。


 兄が小説を書くことは、わからなくはない。私がそうだったように、兄も書きたいものがあるのだ。

 しかし、それを理由に自分の日常に支障をきたしたり、誰かに迷惑をかけてまでやるべきではないと私は思っている。


 私が、間違っているのだろうか。


 おう、おかえり。とか、気軽に兄が私に話しかけてきたのは、兄が仕事を辞めてきたぐらいからだった。

 最初は、不信感しかなかったがその姿は、兄が中学に上がる前の姿によく似ている。


 一緒に公園に行って遊んだり、家に帰ってもくだないことや、一緒に見てるアニメのことで盛り上がっていた。

 そんな楽しそうな兄の姿に、今の兄の姿が映ってならない。説明はできないが、それも何かムカついている。


「よ、よう。おかえり」


 あれから3ヶ月経っても兄のぎこちなさは取れない。私の気にすることじゃないけれど。


「……うん、ただいま」


 未だに、私は仕事に慣れない。むしろ、失敗が多くなった気がした。もういやだ。

 帰って早々に、私は部屋に引きこもりたかった。疲れたんだ。


「あ、あのさ!」


 階段を上がり自分の部屋に向かう私を、兄はひき止めた。


「……なに?」


 兄は、どこか言いにくそうに私を話し続ける。


「実は……いろいろ、書き直したんだ。その……よかったらもう一度……」


 今度は、もじもじしていない。どうしてるかと言うと、兄は今にもこの場から逃げ出しそうな感じだ。


 書き直したということは、あの小説なるもの、のことだろう。


「わかった。いいよ……明日私のところに持ってきて。休みだから」


 今日は、疲れたから無理とも告げた。


「わかった!ありがとう!明日な!」


 兄は、嬉しそうにしている。


 私に、心情の変化はない。明日は、兄に現実を突きつけようと思った。

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