甘々に悪口を。
望月おと
甘々に悪口を。
あの子と私は よく遊ぶ。だけど、親友ではない。
あの子のことを好きかと聞かれたら、わりと好きなほう。一緒にいて気を使わなくて済むし、互いに干渉しないから。……それでも、私は あの子とは親友になれない。
私と あの子は、去年の春。高校の入学式で出会った。同じクラスで、出席番号が前後。次第に話すようになり、好きなアイドルグループの話題で意気投合した。それから校内でも二人でいることが多い。
放課後になると、二人で よく行くお気に入りのお店がある。甘いクリームの香りと香ばしい生地の香りが店内にいつも広がっていて、そこにいるだけで幸せに包まれる。同世代の女子にも人気があり、顔見知りに会うことも度々。カフェスペースも設けられ、ガールズトークに花を咲かせるにはうってつけの場所なのだ。
今日も私たちは、この【 ラズベリーチェリー 】で、お気に入りのクレープの甘さに酔いしれていた。私は決まってチョコバナナを頼み、あの子はイチゴチョコを頼む。果物とチョコレート、そして生クリーム。これ以上に最高の組み合わせがあるだろうか。甘党の私はクレープのお供にミルクティーを、あの子はブラックコーヒーで口直し。
食べ終えた後に残るクレープの包み紙をクシャッとあの子は握り潰した。
──始まる。
そう思いながら、私はゆっくりとチョコバナナクレープを口に運んでいた。
【 ラズベリーチェリー 】が 中・高生から人気の理由が、もう一つある。それは、店内に置いてある交流ノート。本来の使い方は、「このクレープ食べたよ! 美味しかったから、みんなも食べてみてね!」など、商品の感想を伝えるものなのだが、いつからか噂話の書き込みが増えていった。
色とりどりのペンが用意された中で、あの子は必ず黒を手に取る。そして、一心不乱に何かを交流ノートへ書いていく。
私はと言うと、クレープを食べ終え、過去の交流ノートに目を通していた。私は読むばかりで書き込みはしない。書いたとしても「チョコバナナクレープ大好きです」など、クレープへの愛を叫んでいる。
交流ノートの書き込みの大半は、恋愛話。イニシャルを用いて、誰と誰が付き合っている・付き合っていたなどの情報が書かれている。また、失恋して悲しい・彼氏欲しいも、次いで多い。
向かいに座っているあの子は、まだ書き続けている。私は空になった自分のグラスを手にドリンクバーへ向かった。
私が【 ラズベリーチェリー 】に初めて訪れたのは、今から二年前の中学三年生の時だった。それまで打ち込んでいた部活を引退し、部活仲間とこの店に来た。部活動が日々の楽しみだった私たちは、なかなか受験勉強へと切り替えができず、甘いものでも食べて気分転換しようという話になったのだ。その頃から、交流ノートは店に置かれていた。
お気に入りのミルクティーをグラスに注ぎ、私は席に戻った。
交流ノートを再び開き、パラパラとページを
【 先輩たちが部活を引退して寂しい……。受験勉強、頑張ってください! 後輩一同、応援してます! 】
どこの学校の生徒が書いたのかは分からないが、実際に後輩から「受験、頑張ってくださいね!」と言われたのを思い出し、胸の奥が温かくなった。
青ペンをペンケースから取り、「ありがとう、頑張ります」と その時の心境を小さく書き込んだ。
結局、志望校には落ちてしまったが、滑り止めで受けた今の高校でもそれなりに楽しい日々を送っている。
書き込みを終えたあの子は「トイレに行ってくる」と席を立った。姿が見えなくなってから、交流ノートを自分側へ向け、あの子の書き込みを覗き見る。
相変わらず、今日も凄まじい……。
【 同じクラスのKちゃん。うるさい。授業中に音楽聴かないで。音、漏れてるから 】
【 隣の席のYさん。ペン回し止めて。成功したこと無いんだから】
【 出席番号、7番さん。23番さんと付き合ってること自慢しないで。あなた以外、みんな知ってるからね。23番さんに浮気されてるんだよ、あなた】
そして、つらつらと続いていく悪口の中。一番最後に書かれていた一文に目が止まる。
【 私の今向かいにいる人。 私の好きな人が片思いしている。付き合ったら許さないから。あの人は渡さない、誰にも 】
「……もうとっくに、誰かのものになってるけどねー」
トイレの方角を横目に呟き、そっと元の場所に交流ノートを戻した。何も知らないあの子が事実を知ったら、どうなるのか。そう考えただけで、甘いミルクティーに蜜の味がプラスされ、より一層美味しくなる。
しばらくして、トイレから あの子が戻ってきた。
「……交流ノート、見てないよね?」
「やだなぁ、見るわけないじゃん!」
「だよねー」
あの子と私は親友になれない。なぜなら、私は恋敵であり、彼女の好きな人とすでに付き合っているから。
甘々に悪口を。 【完】
甘々に悪口を。 望月おと @mochizuki-010
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