ミサイルでワレのハートを撃ち抜いてぇ♡

naka-motoo

Run! Run! Run away!

「はい」


 にこっ、と微笑みかけてくれた僕好みのなぜか街中でメイド服をまとうその女の子は、ひとこと言ってカチャ、とリストバンドのようなものを僕の右手首にはめた。あまりにも自然に。


「えと・・・キミは?」

「おやおやあ・・・分かりませんかあ?エージェントです。アナタにエキムを与えるための」

「エキム?」

「そう、役務エキム。でもって、はい、これも」


 スマホ?


「一応ハンデとして位置情報はアナタが把握できるようにハンディ・タイプのレーダーをお渡しします」

「レーダー、って・・・え?何?何なの?」

「おやおやあ・・・かわいいですねぇ、その困ったような表情。あ。もう始まりますよぉ」


 彼女がそう言うと、背負っているブラウンのリュックのファスナーの隙間から丸みを帯びた尖端部分が顔を見せた。

 バシュ、という音を立ててそのまま真っ直ぐ空に向かって上昇していく。陽炎のようなゆらゆら揺れる暑い空気と油臭い透明に近い煙を残しながら。


「なにあれ・・・」

「ミサイルですよぉ」

「はっ!?ミ、ミサイル!?」

「おやおやあ・・・そんなにびっくりすることはありませんよぅ。えぇとぉ。アナタのリストバンドが追尾用のセンサーになっています。つまり、標的ですよぉ」

「え?え?え?」

「着弾は多分手首にするでしょうけど尖端部分が人間の骨に当たるぐらいの衝撃でも火薬全体が発火する仕組みになっています。つまり爆発する訳ですね」

「な、何言ってんの?」


 僕は女の子のとても長いまつげを見ながら、かわいいなあ、と改めて思考する余裕がまだあった。つまり、悪質なyoutuberのコストをかけたイタズラ動画撮影だと思ったのだ。


 けど、ペットボトルを2本つないだぐらいの大きさの『ミサイル』は、やたらにリアルな排気音を響かせて一旦上昇したその最高到達点から反転してほぼ垂直に下降してきた。

 それだけを見て僕は落下と捉えたかったのだが、やがて垂直から10°、そして20°と徐々に傾斜を緩め、僕と女の子が立っている位置から50mほどの距離で遂に水平飛行を始めた。


「おやおやあ・・・時間がないので最後の説明です。スマホ型のレーダーはミサイルが半径100mに入った時点で反応します。目視できない時はレーダーを活用することをお勧めします」

「ちょちょ!100mって、ミサイルは速いでしょ!」

「そうですね。でも安心してくださぁい。ミサイルには噴出口がいくつもあって、慣性で真っすぐにハイスピードで飛行するというよりはホバリングしながら標的を追尾するという形態ですのでそこまで平均スピードは速くないですよぅ」


 走るべきか女の子と一緒に居た方が安全なのか測りかねている。


「おやおやあ・・・のんびりしちゃってぇ。因みにホバリングから直進飛行に入った時の最高速度はマッハ10です。軽いので。あと、わたしは生への執着がそれほどないのでわたしが隣にいてもミサイルは飛んできますのでぇ」


 僕は走り出した。

 とりあえず、ダッシュで。


「燃料は15分で切れますからぁ〜!」


 そう叫ぶ彼女の声が瞬時に遠く離れる。それほどに僕の走るスピードが速かったということなのだろう。

 でも、ミサイルはもっと速かった。


 ピリピリピリピリ!


「うわぁ!」


 レーダーの反応に僕は走りながら首を竦めた。その竦めたスペースをミサイルが通過したようだ。


 バヒュ!


 僕の首の上あたりを空気の摩擦音と燃料の匂いを残り香のようにしてミサイルが通過した。

 顔を上げると、慣性で通り過ぎたミサイルがホバリングしながら僕の方に反転するところだった。


「どこへ!」


 思考するのも面倒臭いぐらいなのに僕は声を出すことはやめなかった。

 だって、声出さないとなんだか僕とミサイルだけがこの世界に存在するような耐え切れない恐怖に見舞われるような気がしたから。


 夢のはずだ。

 とそういう現実逃避をする間もない。


 そして僕は人間として最低かもしれないけど、100m向こうに見えるショッピング・モールを目指した。


 人混みに紛れたら誤爆してくれるかもしれない。


『うああああああ!』


 と心の中で叫んで走った。大騒ぎすると周囲のひとたちが危険を察して僕から離れていくだろう。

 ただ、ミサイルに追いかけられている少年、という映像そのものが既にしてMAXの警戒レベルを振り切っていることは明らかだろうに、僕はやっぱりミサイルを背中に走るしかなかった。


 ショッピングモールの駐車場を突っ切って建物の中に入る。

 週末で期待した通りの大混雑だ。

 爆発がどの程度の規模のものかはわからないけど、肉の壁があれば僕へのダメージが毛ほどでも削がれることは期待できると思った。


「ドローン!?」


 僕がミサイルに追われている様子をそう判断して同伴者に小さくささやく人たちが何人もいた。正常な思考だと思う。むしろこの状況を一瞬見ただけでミサイルと僕の関係を看破できる人間がいたら、それは真性の異常者だろう。


 場内アナウンスが流れる。


『モール内は火器のお持ち込みを厳禁しております。スプリンクラー誤作動の原因となりますのでおタバコ等は屋外の専用スペースでお吸いになるかお控えくださいますようお願いいたします』


 そのゆっくりとした滑舌のよいアナウンスを最後に、静寂が訪れた。


 無音だ。


 ずっと昔にそういうチェイス・シーンのある映画を観た記憶が蘇る。

 カーチェイスのシーンで、BGMも流れずに、ただただガソリン車のエンジン音とタイヤの軋みの音、坂道を車のシャシーがバウンドする音。

 音楽だけでなく、チェイスする二台の車以外の音が、消える。


 そういう関係に僕とミサイルはなりつつある。


 ミサイルは今、天井に沿っておそらく数センチのスレスレの隙間を空けて飛行している。

 ようやくこれはドローンとは違うと認識したモールの客たちの表情が険しく歪み、明らかに僕を生贄だと捉えて、一斉に距離を取る。

 まるでばい菌扱いだなと僕は情けなくなるけど、ミサイルが僕の走る後から、主に直線軌道を行き過ぎて斜めに修正しながら飛行するためにゆらゆらとスピードが削がれ、けれどもこの屋内という人間の僕がフットワークで進路変更を急激に行えるそのハンデがあったとしても、直線飛行のスピードはその距離をコンマ1秒以下で挽回できるそういう性能だ。


『多分、AIも搭載してる・・・』


 そう断定せざるを得ないような修正能力をミサイルは見せる。

 もし僕とミサイルの出会いがこういう関係でなかったならば、僕はそのミサイルの機能と、機能美だけでないクリーム色を基調としたフォルムの美しさとの両方に惹かれたろう。


 でも、今のミサイルは、敵だ。


何分なんぷん!?」


 ここで僕ははっきりと音声を発したのだけれども、その自分の声すら耳では

 聞こえなかった。

 それほどに集中していた。


 だから、もう一声叫んでみた。


「鋭角走法!」


 なんのことはない。

 僕はこの広大なショッピングモールの、ようやく見えてきた通路の曲がり角を直角に、鋭角に曲がり、やり過ごしたミサイルがその突き当たりにある全世界チェーンのカフェを直撃して不毛なチェイスを終わりにするよう企てた。


 ところが!


「加納さん!?」


 僕の真正面に飛び込んできた映像は、僕が密かに想いを寄せているクラスの女子だった。

 その加納さんがやっぱり同じクラスの後藤という如才ないという表現が適切な男子と並んでコテコテのカフェベースの飲み物を飲んでいる。

 瞬時に片想いの失恋を悟った僕は企てどおりカフェにミサイルを直撃させるべく鋭角に通路を曲がろうとした。


 加納さんと目が合った。


 状況を理解し切れていないけれども彼女はいつもの大きな少しタレ目の、そしてやっぱりまつ毛の長い形よい目を、大きく見開いていた。


「うわあああああああっ!」


 僕は計画を変更し、大きなカーブを描きながらできるだけ大回りに通路を曲がった。ミサイルは僕の走る軌道の少し後ろを漸近線を描くようにして、ぐるん、という感じで飛行した。


 カフェは、守られた。


「あーあ。何やってんだ僕は。最後のチャンスかもしれなかったのに」


 加納さんの目を直視した僕は、急に人々が愛おしくなった。


 小さな男の子、女の子。

 制服で買ったばかりのアクセを見せ合う女の子たち。

 レストランのエリアで何を食べようかと迷っている老夫婦。


 すべてのひとたちが、僕の意思によって運命を決められるようなことがあってはならないと急速に感じた。


 僕は立体駐車場の屋上を最終目的地に決めた。


 エスカレーターを見つけ、そのまま駆け上がる。


 みんな僕を忌み嫌って避ける避ける。

 僕は走る走る。

 ミサイルは飛ぶ飛ぶ。


 そうだね。


 これが僕の生まれてきた使命なのかもね。


 訳の分からないままミサイルをメイド服の女の子のかわいらしいリュックから発射されて、一旦は他人を犠牲にして助かろうと思ったけど、なぜか悟るみたいにしてひとりで爆死しようとしている。


 僕は、救世主だ!


「武田くん!こっち!」


 えっ!?


 加納さん!?


「武田くん、早く!」


 加納さんがエスカレーターが途切れる階段の踊り場で僕を呼んでる。

 蛇行してむしろ人を避けるようにウネウネと途中から走り出した僕を別ルートの直線最短距離で追っていたということなんだろうけど、どうして?という疑問よりも彼女を巻き添えにしないように僕は叫んだ。


「ダメだ加納さん!早く逃げて!」


 でも、彼女は僕を呼び続けた。


「武田くん!わたしを信じて!」


 どの道選択肢はなかった。エスカレーターを上り切った屋上駐車スペースへはこの狭い階段通路を上がるしかなかった。


 僕が階段通路へ走り込む意思を確認したところで加納さんは先導するように屋上への階段を駆け上がる。

 僕は今となっては彼女を追うチェイサーのように、全速力で走った。


 バン!と手動の扉を開けると入口に近い辺りに車が集中して停められてあり、その向こうには広いコンクリートのスペースが広がっている。


 彼女の背中の後ろに追いついた僕は、目標物を見つけた彼女が叫ぶままに更に全力疾走を続けた。


「武田くん!あそこ!」


 彼女がそう叫ぶ目標物は反対側の出入り口に掛けられた鉄製の箱のようだった。僕たちが箱の前まで走り込んだ時、ミサイルが階段通路からこの屋上へホバリングしながらゆっくりと上がってくるところだった。


「武田くん!この箱を開けるの!」


 なぜもなにもない。

 ミサイルにつけ狙われる病原菌のような僕の隣にいるのはこの世界の中で加納さんだけだ。


 だから、そのままに体を動かした。


「うー・・・・・ん!」


 ふたりして箱の扉の取っ手を引っ張るが、固い!

 びくともしない。


「加納さん、どいて!」


 僕はとっさに自分がはめられたリストバンドを思い出した。

 やっぱり鉄ぐらいの質量があり、僕は手首こと箱の扉に何度も何度もガンガンとぶつける。


「武田くん!」


 彼女の声にちらりと振り向くとミサイルは最初のようにまっすぐに上昇しているところだった。

 最後のアタックをかけるつもりなのだろう。

 急転直下の弾道で!


「武田くん、来るよ・・・」


 どうしてか、加納さんは僕の背中から抱き抱えるようにしてぴったりと体をくっつけてきた。


 どうして。


 でもその答えを出す暇すらない。

 ただ、僕は体の動きが制限されながら、けれども背中に感じるセーター越しの彼女の胸のふくらみに、身体の芯から発してくるような絶大なエネルギーを得たようだ。


「えええええええい!」


 最後の一撃でとうとう扉が緩んだ。

 加納さんも瞬時に反応して僕と一緒に扉に手をかける。

 ミサイルが今までの無音のような静けさと一転して、ジェットの轟音を立て始めた。


 キュィィィィィンンン!


 僕らの真上から加納さんと僕の頭上目掛けて最高速で落ちてくる。


「えい!」


 ふたりで叫んで、扉を開いた!


 ばひゅぅぅぅぅううううんん・・・・・


 その音と同時に僕は向き合う加納さんを抱き抱えるようにして前にジャンプした。


 僕と、加納さんが感じたのは、まるでベッドのようにやわらかな、シーツのように真っ白なものだった。


 その真っ白なやわらかなものの上の、僕と加納さんがズレたスペースに、ミサイルが命中した。


 ボワん、ボワん、ボワん・・・・・


 尖端がクッションのようなそれに跳ねて、何度かバウンドする。


「エア・マット・・・・」


 加納さんが賢くも思いついたのは、屋上に設置された火災避難用の巨大なエアマットだった。実際は地上に落として広がったところへ飛び降りて避難するためのものだが、加納さんは屋上でこれを広げ、ミサイル着弾の衝撃を吸収させたのだ。


 けど、それともう一つの奇跡が重なった。


「燃料れだ・・・」


 エア・マットに衝撃を吸収されたミサイルは、僕たちが決死の思いで逃げ続けるうちに約15分を経過して、バウンドしたまま、カラン、カラン、とエアマットを落ちてコンクリートに転がっていった。


「武田くん」

「え?」

「ちょっとだけ、重たい」


 はっ!と僕はマットの上で仰向けになる加納さんをまるで押し倒して覆いかぶさるような態勢になっていることに気付いた。

 慌てててマットの上で飛び起きて、空気の柔らかさに足を取られて、ととっ、そそのまま尻餅をついた。


「くすくす・・・」


 なんてかわいらしい笑い方をするんだろう、加納さんは。

 ありがとう、とお礼を言った後、でも僕は極めて現実的な質問をせざるを得なかった。


「ごめんね、加納さん。せっかくのデートを邪魔しちゃって」

「ううん。デートじゃないよ」

「えっ?」

「くすくす・・・」


 そういえば・・・後藤と一緒にいて全然笑っていなかったような・・・


「わたしがコーヒー飲んでたら後藤くんがいきなり隣に座ったの。別に同じクラスの友達だから外で偶然会ったら同席しても普通かもしれないけど・・・ちょっと強引だったから困ってたの」

「そ、そうなんだ」

「武田くん」

「はい」

「助けてくれてありがとう」

「や・・・」


 それは僕の方だよ、加納さん。


 加納さんが居なかったら、僕は本当に最低の人間のまま人生を終わってたよ。


「ねえ武田くん。コーヒー、飲みませんか?」


 やっぱり、くすくすとかわいく笑いながら加納さんが僕に言った。


「う、うん。お願いします!」


 僕は即答して、は、そうだ、と先にマットから、ぽん、と降りる。

 後から降りる彼女に手を貸してあげた。


「ありがとう・・・くすくす」


 かわいい・・・


 僕と加納さんは、そのまま指先だけを少し絡めるような、触れるか触れないかのような感じでそっと手を繋ぎ、階段を降りていった。


・・・・・・・・・・・・


 さて、ふたりが降りていった後、エア・マットの箱が掛かった壁の上に座り、ぶらんぶらんと足を揺らすメイド服の女の子が独り言を言った。


「おやおやあ・・・うまくいきましたねぇ・・・やーっぱりキューピッド役はやめられませんねぇ!」

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