第14話【ミダシテニゲテ】

 サラシを脱いだ彼女は涙をこぼしながら「アクタ、どうして」と繰り返し呟いていた。


「……わかった。だけど、ボクが教えられることなんて、ほとんどないんだ。勇者との関わりが少ないこともだけど、勇者にとってはボクも、そういう目では見てなかったから」


「いいです。だけど、アクタがあんなこと言ったのは、あのときが始めてでした。だから、あなたがなにか知っているのではと思って、おばあちゃんに頼んでここまで来たのです……」


 彼女は涙をぬぐい、ボクの肩を掴んで揺らすと、振動したせいか、ボクの胸の中に仕舞っていた瓶が床に落ちて割れた。


 魔力の詰まったミルクが周囲に散らばると、アルフォートは息を飲んだ後、小さく呟く。


「取り乱しました……ごめんなさい。片付けますね……」


 と、割れた欠片を広い集め始めた。


「……本当は、勇者と行動を共にする魔法使いは、私じゃなかったんです。当時私は、その事を幸運と思っていました。」


 床にこぼれたミルクを両手で掬うと、ミルクの水面に反射した自身を眺めている。


「ですが、代理として勇者と顔を会わせた日、惚れてしまった。片腕をなくした彼が、誰も彼もを心配させまいと笑顔でいる姿に、心底惚れたのです」


 涙が両手内にこぼれ落ち、波紋が広がっていく。すると彼女は、手の内にあった液体を全て飲み干した。


「それなのに……! 私は『ノーコメント』ですか! だけど、ただ、ただ胸が大きいってだけで……そんなの、ひどいじゃない……」


 ぺたりと座り崩れた彼女は、問い詰めるようにボクに告げた。


「あんなこと、ダンジョンに入る前まで、アクタはずっと言ってこなかった。ねぇ、何があったか教えてください。……お願い、ですから」


 彼女から感じる感情、嘆き、その悲しみを受け取った今、隠し通さなければならないと考えていたボクの不安はするりとほどけていた。


「アルフォート、実は、それは、ボクのせいなんだ」


 これまでのこと、自分がナナシではなくツクヨであること、勇者の本当の欲望が表に出たのは、自分の体質のせいであること。


 ボクの姿が変わってからのことを、彼女に話した。アルフォートは、最初は驚いていたものの、途中からは瞬きひとつもせず、眼孔を開いたまま聞いていた。


 話を終えても、ずっと彼女は無言のままだ。焦点の合っていない目と顔を真上に向けながら、急に立ち上がると、張り付いたような笑顔で、ボク達に顔を向けた。


「お話、ありがとうございました。大変参考にさせて頂きました。それでは、また明日。」


 足音も立てず、ただただ静かに踵を返し、店から彼女は出ていった。ナネさんは、少しだけ困惑した様子で走りだす。


「すまないネ二人とも。ちょっとカカえ過ぎてる。落ち着かせてクルからサ、安心しな。」


 装う平静と裏腹に、額に汗を浮かべたナネさんを見るのは、いつぶりだろうか。


 走りながら胸を大きく揺らす彼女は、去り際に「『血』が覚醒してなキャいいが……」と、小さく呟いて、ボクたちの店をあとにした。


「アルフォート、大丈夫かな……」


「……ツクヨ、あのさ」


「あ、どうしたのラトムちゃん? ほっぺ膨らましちゃ……?」


「どうしたもこうしたも!」


 ぽかぽかとボクを叩き始めるラトムちゃん。その弱々しさに微笑みたくなるけれど、どうやら怒っているみたいだ。


「アルフォートに、せっかくの秘密を教えるなんて、もー!」


「あ、ごめんねラトムちゃん。恋の事情なら、話しておかなきゃって思って……」


「むー!」


 胸にラトムちゃんが飛び込んでくる。大きく柔らかいものに、小さい顔がむぎゅうと押し潰されそうになりながらも深く深く沈んでいく。


「あ、柔らかい……あたたかい……」


「ら、ラトムちゃん! ごめんね、これからはちゃんと気を付けるから、どうか許して……」


 胸の中で息をするラトムちゃんの背中を撫でる。だんだんと落ち着いてきたようで、やがて目をとじ、静かな寝息が聞こえる。


 先程の騒動での疲れもあるだろうと、ベッドまでラトムちゃんを運ぼうとした、その時だった。


「『ア゛ァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛アア!!!!!!!!!!』」


 耳ごと鼓膜を破りそうなほど巨大な鳴き声、ガラスの割れる音、ガラガラと建物の壊れる音が街から響いた。


 驚きから目を覚ましたラトムちゃんと外に出ると、住宅街の側で、黒く巨大な四足歩行の魔物が、家ひとつ分ほどの大きさをした尻尾を振り回し、街を壊し回っていた。


 戦闘用の杖とミルクの入った瓶を持ち、魔物の元へと走る。


 逃げ惑い、混乱する人々の最中、魔物の元まであと数メートルのところで、暴れまわる魔物の口から一人の人間が投げ捨てられるようにボクたちの目の前に落ちてきた。


そこには、両足を喰い千切られ、全身が染まるほどの血液を垂らし続けているナネさんの体があった。


「……来ルな、ナナシ……そいつは、倒しちゃ、いけネェ……お願い、ダ……」


 いつもよりぎこちない口調で、ナネさんはボクに、懇願する。これほどまで弱々しく、余裕のないナネさんを見るのは、初めてのことだった。ボクの驚く顔をみて、ナネさんは少しだけいたずらに笑う。


「はは、そんなに、珍しいか?

情けないあたしに免じて、約束、してくれ、そいつは、あたしの……」


 直後、魔物の巨大な尻尾が、ナネさんの全身を叩きつけた。そして、ついさっきまでそこにいたはずのナネさんは、跡形もなく消滅していた。


「………………」

「……! ナナシ、上!」


 驚愕と喪失に呆気にとられていても、攻撃はやまない。再び振り下ろされたその尻尾は、確実にボクたちを狙っていた。


 「死」が、ボクたちの目の前まで……迫って。……そして。


 そのその逃れられなかったはずの「死」は、勇者の剣撃にて、容易く弾かれた。


「ナナシ、助けにきた!」


「き、キミは……」


 ボクたちを守り、一切の眩むことの無い光。笑顔を向ける勇者【アクタ・ケンダイ】その人だ。


 希望を感じた、これで、あの魔物はなんとかなるかもしれない。そう思うと、自分も戦う気が湧いてくる。しかし、杖を構えたその刹那、目に入ったのは、どこかへ逃げ出していく魔物に身柄を拘束され、連れ去られていくラトムちゃんの姿だった。

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ボク、勇者パーティーに入りません! 宇宙からの狐狸 @NITIRIN171

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