第44話 選ぶ者
エリーナは透明な白い壁に触ることはせず、ただ見ていた。
いや、ただ見ることしかできなかった。
透明な白い壁の向こう側で繰り広げられている戦いに圧倒されていたのだ。
アリシリア様がすごくて強いのははわかる
けれど、あの者たちは一体なに?
アリシリアと互角に戦う姿があった。
それどころか、エリーナから見ても双子の冒険者リリとルルの方が優勢であった。
このままじゃまずい気がする
アリシリア様の手助けをしないと……
しかし、体は動かない。
そう、あと一歩の覚悟、死地に飛び込む覚悟が足りなかった。
この透明な白い壁の向こうに行けば、命はないかもしれないと思うと強張ってしまう。
そして、黒い兎のクロも肩から降りており、透明な白い壁から離れている。
「自分がやりたいことをした方がいいと思うよ」
と、いきなり言われ、エリーナは横を向く。
先程までエリーナと戦っていた相手の女性が近くでこちらを見ていた。
エリーナは思わず、戦闘体勢を取ってしまう。
「それができるなら大丈夫だよ」
戦闘体勢に入ったことで透明な白い壁の中に向いていた意識がその者へ向き、それと同時に周りを確認することができた。
魔族であろうが、人間であろうが、誰もが透明な白い壁の中に関心を寄せていた。
そして、エリーナと戦っていたもう一人の男性も透明な白い壁の中を見ていた。
それに不思議な感覚だった。
あれほど人間を嫌っていたエリーナであったが、横にいる者に対してはそんな想いはなかった。
「できるかな?」
戦っていた時とは全く違う
なんだろう?
昔からの知り合いみたいな……
「さぁ?やれるじゃない?」
「なにそれ」
適当な返答にエリーナは思わず笑みが溢れた。
「イクノカ?」
黒い兎クロが声をかけてきた。
周りに誰かがいる時は一切話さなかったのに
と疑問に思いながらもエリーナは頷く。
そして、ひと息付く。
決心が着いたエリーナは一歩を踏み出した。
エリーナの体は透明な白い壁に拒まれることはなく、中に入ることができた。
その瞬間、今まで経験したことがない感覚になる。
覚悟を決めて中に入ったはずなのに体が震えている
息苦しいし、意識が飛びそう
両者を外から見た時と内から見た時とでこんなにも違うのだとエリーナは思った。
そして、エリーナは理解する。
あの透明な白い壁はこのためにあったのだと
両者から放たれる圧力に気負いしながらもエリーナは走り出した。
近づけば近づくほど、その圧力は大きくなり、足を止めたくなった。
それでも足を止めなかったのは足を止めれば間違えなくそこから動けなくなると何となくわかっていたからである。
エリーナが走ってくるのがリリの目にも写った。
リリはその瞬間、あることを最優先にする。
それは向かってくるエリーナの足元に黒い渦を発生させることだった。
左手を向かってくるエリーナに向ける。
そして、黒い渦が現れ、落とし穴みたいとなり、エリーナを飲み込んだ。
その一連の出来事でリリの意識はアリシリアから逸れてしまった。
喉を切られたアリシリアであったが、これは好機と思い、チカラを振り絞る。
驚きで声をうまく出せないエリーナの目にはアリシリアが黄色の剣を振っている姿が映るだけであった。
振り下ろされる黄色の剣にリリが気がついたが、すでに手遅れだった。
無防備となっている左腕を斬り落とれる。
次の攻撃は避けようとするが、それも間に合わず、リリは右肩から反対側の腰まで一刀両断され、上半身がずれ落ちた。
一瞬の出来事であり、胴体が分かれたにも関わらず、リリの意識はまだあった。
「とどめをさしてくれてもよかったのですけど」
「そん、なことをしな、くても……」
「きづいてましたか!さすがです!」
リリはルルの方に目を向ける。
ルルの体は一切動かない。
「おたがいにかいふくするしゅだんがないみたいですね」
口の中に溜まる血を吐きながら、アリシリアは言う。
「それ、でも……あなた方の、方が先に」
「みたいですね」
そう言うリリの体は半透明になり始める。
そして、ルルの方はすでに体の一部が消えていた。
「あーあ、あと少しだったんだけどなー」
アリシリアは何も言わずに見ていた。
リリとルルが消えたのを確認したアリシリアは透明な白い壁を解除し、黒い渦を出現させる。
透明な白い壁がなくなったことで中にあった戦いの空気が外へと送られる。
それに当てられ、その場に気絶し倒れる者や吐いてしまう者が続出した。
そんな中でも魔王ベルゼブブは恐る恐るであるが、アリシリアの元へとたどり着いた。
ボロボロで血だらけのアリシリアに何かを言おうとした時、アリシリアの方が先に言葉を発する。
「あ、とは……頼みま、した」
アリシリアは一瞥もせずに黒い渦の中へと消えて行った。
その場に残された魔王ベルゼブブは膝を着き、黒い渦があったであろう方向に首を垂れた。
あの戦いから数日が過ぎた。
戦いの余波で土地の一部は崩壊してしまった。
現在は人間と魔族の掛橋としての道を舗装しているところである。
人間が頭を使い、魔族が力仕事をする。
互いに苦手な所を補い、協力して道を創っている。
あの場にいた者たちが手と手を取り合ったことで人間の国でも魔族の国でも変化があった。
しかし、皆が皆そうなったわけではない。
中にはいまだにお互いを嫌い敵対している者たちもいた。
それでも徐々にであるが、人間と魔族は互いに寄り添い合おうとしていた。
エリーナは重い瞼を開ける。
ここはどこ……?
黒い渦のようなものに飲み込まれたと思ったら、見知らぬ場所に横たわっていた。
冷たい床とうっすら灯が見える。
おぼつかない足取りで起き上がると、目の前に誰かがいる事に気が付く。
「なんで、どうして……貴女達がここに?」
目の前にいたのはアリシリアと戦っていた者たちだった。
「あ!きがついた!」
「……ようこそ」
「どういうこと?ここは一体……」
エリーナは周りを見渡すが、見覚えなどあるはずがなかった。
あれ?
青髪の方は間違えなく、アリシリア様が……
そして、赤髪の方は……
わたしは幻覚を見ているの?
それともここは死後の世界ってこと?
「死んだはずじゃ……」
「うーん、まぁしんだといえばしんだけどーいきかえった?」
「……生き返ったという解釈は違うと思う」
エリーナは何を言っているのか理解できず、声も出なかった。
「僕の方から説明させて頂きます。確かにこの者たちは敗北し、死にましたが、生き返った訳ではありません」
と、目の前にいる者たちの後ろから声が聞こえて来た。
そして、その声の主であろう者が姿を見せる。
アリシリアや目の前にいる者たちと同じフード付きの黒いローブを着ていた。
フードを被っているため、顔は確認できない。
「死んだのはこの者たちの分身のようなものです。さらに今回の場合もあらゆる制限がありました。勿論、それはアリシリア様もです」
と言う言葉に赤髪の少女が何度も頷いている。
「分身?制限?」
どういうこと?
あれでまだ全力ではないというの?
「我々が本体同士で戦うことはありません。必ず分身で戦うのがルールです」
「ルール?」
「はい。我々同士で戦う場合、定められたルールがあります。まず、結界が展開された中で戦わないといけません。この結界は中に邪魔者が入らないようにするためと周りに危害が出ないようにする役割があります」
やっぱり、そうだったんだ
「だからさーらんにゅうしてきたときはびっくりしたよー」
「……通常なら中に入れない」
「あ、わからないけど……えっと、ごめんなさい」
「ほんとだよ!あとすこしでかてそうだったのに!」
うんうんと青髪の少女も頷いている。
ふとエリーナは疑問に思う。
「そ、その、どうして戦っていたの、ですか?お仲間なら戦う必要なんか……」
今までの話からアリシリア様とは知り合いのはず
「理由はいくつかあります。まずは自分人身の成長の為です。同等かそれ以上の強い相手と戦うことで様々な経験をすることができます。我々以外と戦っても得られるものはほとんどありません。そして、次が最も重要です。生きているということはその裏である死が必ずあります。その死を体現する為の戦いと言っても過言ではないです。死に際の感覚。死ぬと言う感覚をする事でさらなる成長、生を得る事ができるのです」
「ぜんりょくでたたかえるということはとてもいいことなんだよね!」
「……退屈にならない」
「そんな理由が……」
何もかもが凄すぎて言葉にならない
アリシリア様は勿論だけど、この人たちも凄いのだ
「いずれ、貴女もそれを体現することになります。また、今回、元々の計画では戦うことはありませんでした」
「え?じゃあ、どうして……」
「貴女の存在が計画の変更をさせたのです」
「わ、私が……?」
「貴女を責めている訳ではありません。我々の計画を変えられるほど、貴女には選ぶ権利があったのです」
「選ぶ権利?」
「……世界を変えることができるのは自分の意思で選ぶことができる者」
「それが貴女というわけです。なので度々、イレギュラーがありました。そのイレギュラーに対処するのが我々の役目です」
「それにきみのそんざいはかなりつよいよ!あのけっかいをいきなりとっぱしてくるくらいにね!だから、そっけつでここによんじゃった!」
そうだ
ここはどこなんだろう
エリーナはまた辺りを見渡す。
灯りが点々とあるだけで特に何かあるわけではなかった。
そんなエリーナに青髪の少女が答えを教えてくれた。
「……ここはあらゆる世界の中心」
「続きは別の場所でしましょう。案内します」
赤髪の少女がエリーナの手を引く。
「さー!こっち!こっち!」
あの戦いで見た姿と全く違うことにエリーナは困惑した。
「あ!なまえおしえてなかったね!リリっていうの!それでそっちがーー」
「……ルル。名前は自分で言う」
「僕はツァイトです」
しばらくすると、とても大きな扉の前に辿り着いた。
立派な扉
そして、中から漂ってくる威圧感……
とんでもない者たちがいるのがすぐにわかった
リリがその扉を躊躇なく開ける。
中にいる者たちの何名かだけがこちらに目を向けていた。
それぞれ高さの違う席に座っている。
中には空席もいくつかあった。
そして、エリーナが一番聞きたかった声が聞こえてきた。
「リリ、ルル。今回はご苦労様でした」
「いえ、とんでもないです」
「あーあーアリシリアさまにかてるとおもったんだけどなー」
「……悔しい」
エリーナはリリとルルから視線を浴びさせられる。
その時、エリーナの背後で勢いよく立派な扉が開く。
びっくりし、振り返ると息を切らしている女性がそこにいた。
「お、遅れて申し訳ございません。アリシリア様」
エリーナはその女性を見て目を見開く。
どういうこと!?
「いいのですよ、アリエッタ。貴女もご苦労様です」
そこに居たのは聖天王国の英雄の一人であった。
そして、肩には黒い兎クロがいた。
「エリーナ、混乱するのも分かります。なので説明します」
黒い兎クロがエリーナの肩に飛び乗った。
「知っての通り、彼女は聖天王国の英雄としてあの世界にいました。目的は別の世界からある者を転移させて英雄にすることでした。それと念の為の保険です」
「保険ですか?」
「それほど貴女は特別なのですよ。それで経過の方は?」
「世界のバランスは戻りつつありますね。前のように人間と魔族が手と手を取り合おうとしてます。彼については可能性が低いです。与えられたチカラは使えそうですが、我々には到底……」
「そうですか、引き続きあの世界は任せます。現在、管理者がいませんので……そうでした。コア?」
と名前なのか、その言葉に反応する者がいた。
「ん?なに?」
まるで興味がないような軽い返事をする。
返事をした者は幼い少女の姿をしていた。
「変な設定にしましたよね?」
「え?」
アリシリアはため息をする。
「管理者であった竜ですよ」
「竜?んー、あーあの子か!どうかした?」
「どうかした?じゃないです。居場所の隠匿をしてましたよ。アリエッタがマーキングしなければ居場所を割り出せないくらいでした。それとワイルドアイテムという形でギフトを配ってましたけど」
「えーまじかーあれかなー?自我があるようにしたからかー」
「間違えなく、それですね」
「割といいできだと思ったんだけどー」
「現状では扱いづらいです」
「そっかー考えておくー」
「お願いしますね。エリーナは理解できましたか?」
「え、えっと……一応」
「まぁ、当分は誰かと共に行動すると思いますので、何かあればその時に」
「あ、はい!!」
「それと新たな仲間が増えたので、全員に招集はしたのですが、どうしてもしなければならないことがあるみたいで……貴女のことが気に食わない訳ではないので安心してください」
気になっていた空席の理由を教えてくれた。
「い、いえ、そんな……私は大丈夫です。はい」
「でも、あいつは違うかもしれませんよ。アリシリア様」
あいつ……?
「あれはこういうことには興味がありませんから。それでは誰が面倒を見ますか?」
しばらく沈黙が続き、エリーナは心配と緊張を漂わせてしまう。
「よし、いいだろう。私が引き受けよう」
と言う者が席を立ち、エリーナの横に瞬間移動する。
背中に巨大な剣を背負っているその者はエリーナを間近で見ると
「ほう!アリシリアやこいつらが気にかけるだけはあるな……私はテレサだ」
ワールドレコード〜勇者と魔王〜 大沢たくや @waisebu
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