第33話 それから 2


 一方その頃、カトリーンとフリージはいつもの湖の畔に降り立っていた。


「皇帝陛下とリリアナ様を置いてきてしまってよかったの?」

「いいだろ。リリアナ妃は陛下がいれば基本的にご機嫌だ」

「そうなの?」

「だね。なんでも『運命の相手』だとかで、あの二人は一日中砂糖漬けだ」


 げんなりした表情のフリージを見て、カトリーンは『一日中砂糖漬け』の様子が目に浮かんでクスクスと笑う。確かに、あの二人はいつ会っても仲睦まじい。


(運命の人か……)


 カトリーンは池の様子を眺めているフリージを窺い見た。

 あの日、占い師のお婆さんが言ったことが当たったのはただの偶然かもしれない。けれど、この素敵な出会いに感謝せずにはいられない。

 

「フリージさん」

「ん、なに?」

「大好きです……」


 上目遣いに見上げるカトリーンを見つめ、フリージは目を数回瞬く。

 カトリーンの手を引き抱き寄せ、顔を寄せると軽く唇が触れた。

 真っ赤に頬を染める姿が可愛らしすぎてもう一度しようとすると、「だ、駄目!」と口許を手で塞がれた。


「幸せが一気に来すぎるとその分が逃げちゃうかもしれないから、一日一回までなの!」


 耳まで真っ赤にしたカトリーンは、今日も謎の主張を繰り返す。

 カトリーンはその生い立ちのせいか、何もかもが上手くいっている今が幸せ過ぎてと怖いと言う。あまりたくさんの幸せが一気に来ると、一生分の幸せを使い尽くしてしまい、この後がなくなってしまうのではないかと不安になるのだという。


 フリージはそんなカトリーンを見つめ、息を吐く。

 

「わかった。それでいいよ」


(今だけだけどね)


 フリージが心の中で念押ししたことを、カトリーンは知らない。この程度の幸せなら、毎日新しくあげたい。もっと甘やかしたいのに、これでもだいぶセーブしているのだ。

 ホッとしたような表情をしたカトリーンは、フリージの腕にちょこんと摑まってきた。


「私、本当に大丈夫かな?」


 不安げな表情から、すぐに結婚後のことを心配しているのだとわかった。


「大丈夫だって。カトリーンの故郷みたいに季節ごとの舞踏会があるわけじゃないし、あるとしてもせいぜい夕食を囲む晩餐会位だよ。それも、たまにしかないし、嫌なら出なくて大丈夫。もしも困ったら、俺を頼っても大丈夫だし、カールの嫁さんのナエラを頼ってもいいと思うよ」

「うん、ありがとう。色々と覚悟ができていなくって──」

「覚悟?」


 尚も不安げに眉尻を下げるカトリーンを見つめ、フリージは少し考える。


「そうだな。カトリーンがしなきゃいけない覚悟はひとつだけだな」

「ひとつだけ? 何かしら?」

「これから先ずっと、俺に愛されて甘やかされる」

「へ?」


 目を瞬かせたカトリーンは、先ほどまでの不安げな様子から一転して熟れたりんごのように真っ赤に色付いた。


「ひとつの覚悟なら、できるよね?」

「ど、努力します……」

 

 カトリーンはか細い声で答える。


「あの、できればお手柔らかに──」

「それは約束できないな」

「だって──」


 これ以上幸せになったら、私、死んじゃうかもしれないわ。カトリーンはドキドキの収まらない胸に手を当てて、微笑みを浮かべる最愛の人を涙目で見上げたのだった。

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エリート外交官は落ちこぼれ魔女をただひたすらに甘やかしたい 三沢ケイ @kei_misawa

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