姫様の休日 (15)
「ミルダナオ王位継承問題解決へ」
国王の崩御による王位継承で内戦寸前の緊張状態にあったミルダナオ王国にて、王族による会談が行われ後継者が決定された模様
王位を継ぐのは前国王の弟であるヌエバ・リサール殿下
王位継承式は二ヶ月後を予定
(同盟国際報道社の速報より)
この日も冴子はカイラとテニスに興じていた。
いつもと違うのは周囲の警護に三宅のみならず、カイラの護衛となったマルコスの部下達が加わった事、そして執事のラウエルもカイラの近くで見守っている事だろう。
「今日はいつもより力強かったですね」
ワンゲームを終えて冴子は汗を拭きながらカイラへ言った。
「だって絶対に勝ちたいもの、今日で最後なのだから」
カイラは冴子に勝った満足した顔で答える。
ミルダナオの王位継承が決まり、情勢が安定した事でカイラの帰国が決まった。
その帰国の日の午前に、カイラは冴子と最後のテニスを楽しんだのだ。
「最後に白星を飾れて何より」
冴子はそうカイラを称える。
冴子はカイラに対して接待としてわざと負ける事もできた。
だが、カイラはそんな振る舞いをすれば怒るだろう。冴子はカイラ同様に本気で挑んだ。
お互いに入門書や解説動画を見て、見様見真似で始めたテニス
素人の遊びの域を出ないが、冴子とカイラで真剣に打ち込んだスポーツだった。
だからこそ、本気でやれた。
むしろ本気でやらないと楽しめない。
「これで日本での悔いは無くなったわ」
カイラは運動飲料水(我々の世界で言うスポーツドリンク)を飲みながらそう言う。だが、冴子はそれが本心で無い事は分かっている。
「本当に満足です?」
冴子は意地悪そうに言う。
「本当は東京に行って首都がどんなものか見てみたかったし、富士山に登ってもみたかったし、北海道で雪も触ってみたかった」
カイラは素直に心残りと言うよりも願望を言った。
「雪なら広島でも降りますよ」
「でも、それまで広島に居られない」
カイラは少し寂しそうな顔になる。
「また来れますよ」
冴子は当然だと言う顔で言った。
「その時はまた護衛と案内を頼むわね」
「お任せを」
冴子は左手を胸の辺りに当てる執事がするような礼の姿勢で、おどけながら答えた。
カイラはそんな冴子に笑みを向けた。
「殿下、そろそろ」
ラウエルが出発の時間が近いと促す。
「分かったわ」
カイラは素直に従い、更衣室へ向かう。
ここで着替えると次に向かうのは空港である。カイラは帰国の途につくのだ。
着替えたカイラは青いドレスに着替えていた。
もはや自分の存在を隠す必要は無かった。貴人としての振る舞いを公にする時になっていた。
「ラウエル、大尉と最後に話がしたい」
移動する車に乗る直前でカイラはラウエルに言った。
ラウエルからその要望を聞いた冴子はカイラと同乗する。
車内は運転手を勤める憲兵、カイラの侍女が前に座り、後ろの席をラウエル・カイラ・冴子が座った。
冴子は憲兵の制服に着替えている。
「どうしました殿下?」
車が出発すると冴子から話しかけた。
「ホテルでの事で話したいと思って」
カイラはマルコス達に追われて入った藤原興産広島ホテルでの事を言っていた。
「あの時は大尉が私を逃がそうとしたのを従わなくて、ごめんなさい」
カイラは冴子に謝った。
「いいえ、謝らなくていいんですよ」
冴子はそんなカイラに慌てる。
「でも大尉は私の安全を思って連れ出そうとしたのに。私はわがままで
従わなかったのだから、謝りたいの」
レイエスが銃でマルコスを撃った直後に冴子がカイラを連れ出そうとした時の事をカイラは言っている。
「殿下、自分の意志を貫いたんですから謝る必要はないですよ」
「そうかしら。あの後よく考えると大尉がどんなに気苦労をさせたかと思うと」
「殿下、らしくないですよ。臣下は主の意志に従うものです、そうですよね侍従長?」
冴子はラウエルへ振る。
「大尉の言うとおり、臣下は従うものではあります。程度はありますが」
ラウエルは咳払いをしてから答えた。
「殿下、侍従長もこう言っていますよ。自信を持ってください」
冴子はカイラへ明るく言う。
「大尉、私の心残りはレイエスと言う男の事なの。結局は彼と物別れに終わってしまったし、彼に罪を全て押しつけた形になった」
レイエスが去った後で憲兵隊の応援が到着した。
カイラに従う元マルコスの部下達はカイラの護衛として認められ、咎められず。マルコスとレイエスがカイラを襲ったと憲兵隊はまとめた。
三宅と戦ったリベラとロペスはマルコスに騙されていたとして罪に問われなかった。
「しかし、あの男は本当に罪となる行動をしたのです。気に病む必要はない」
冴子は断言する。
「でも彼を罪人とさせたのは私たちの一族のせいよ。このまま、また同じ事が繰り返しになる」
カイラはレイエスの生い立ちに心を痛めていたようだった。
しかしレイエスの苦しい人生は日本にも関わると分かる冴子は苦い思いになる。
「もしも、またあの男が殿下の前に現れたらどうします?」
冴子はカイラに尋ねる。
「私の臣下にする。マルコス大佐の部下達はみんな私が面倒をみます」
カイラは決然と答えた。
「殿下はどうしてマルコス大佐の部下の面倒をみようと?」
「困っている民の全てを助けられない。でも目の前の手が届く者達は助けたいからよ」
「その気持ち良いと思います。私は敵を捕まえるか、身体を張って守るしかできない。誰かを生かす為に助ける事はできません、殿下だから出来る事です」
冴子の言葉にカイラは「そうかしら」と再度疑問を口にする。
「殿下、日本の当局にマルコス大佐の部下を引き渡さずに済むのは、殿下が力ある者だからです。その力をより良く使うのです」
ラウエルは自分なりにカイラへ自信を持つように言った。
「力がある・・・」
カイラはラウエルの言葉を反芻する。
「そうですよ、殿下は王族としての力があるのです。アルテシアになれるんですよ」
冴子はカイラの好きなアニメ「プリンセス・ソード」の主人公を挙げた。
それを聞いてカイラの口元が微笑む。
「なってみせるわアルテシアに」
カイラの気持ちは吹っ切れた。
「大尉、今日まで殿下をお守り頂き感謝します」
吉島の広島空港に着き、カイラが侍女と共に降りた時にラウエルが冴子へ言った。
「いええ、私は勤めを果たしただけです」
「大尉、私は感謝を言いたいのです。殿下があんなに前向きになられたのは大尉のおかげです。貴方に会えて良かった」
ラウエルはそう言うと車を降りた。
駐機場にはカイラを迎えに来たミルダナオ空軍の機体が停まっている。
その機体は旅客機のような姿をしているが、要人輸送に使うミルダナオの空軍機だ。
情勢の安定でミルダナオ空軍が迎えに来れたのだ。
「カイラ・リサール殿下に敬礼!」
ミルダナオ機の前に並ぶ陸海空軍の将兵がカイラに敬礼する。
身分を隠す必要が無くなったカイラを賓客として日本は送り出しているのだ。
タラップを登り、飛行機に乗る前だった。
カイラは外へ向き直り、ある一点を見つめた。冴子だった。
冴子の姿を見つけたカイラは頭を下げ、礼をした。
冴子はカイラが自分へ礼を送っているのが分かり、敬礼して返した。
「行ってしまいましたね」
空港を飛び立ったのを見送り三宅がぽつりと言った。
「軍曹は寂しそうに見える」
冴子が見る三宅の顔は旅立つ娘を送り出す父親のように見えた。
「バットの振り方を教えたり、弥山を一緒に登ったり、娘が居たらこんなのかなと思えましたよ。だから少し寂しいですね」
三宅はしみじみと語る。
「大尉も軍曹と同じ顔をしてますよ」
末松が冴子を茶化すように言った。
冴子もいつも以上の固く冷えた顔になっていた。
「よく言うじゃない。学校の先生が一番記憶に残るのは、問題児だって。そんな気分よ」
「分かるような分からないような」
末松は要領を得ないと言う顔になった。
「本当に手の掛かる子だったわ」
その顔はやはり寂しげだった。
憲兵神楽坂冴子の事件簿 葛城マサカズ @tmkm
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