「姫様の休日」(14)

 「大佐!大佐!」

 マルコスの部下達は撃たれて倒れたマルコスを開放しようと集まる。

 対してレイエスは倒れたマルコスをじっと見下ろしていた。

 「殿下、奴は危険です。逃げましょう」

 冴子はカイラの右腕を引いて動かそうとする。

 レイエスがカイラに銃を向けるだろうからだ。

 しかし、カイラは座ったイスから離れようとしない。

 「殿下、強引にでも連れて行きますよ!」

 冴子はカイラの両脇に手を入れ、強引に連れ出そうとする。

 「やめなさい大尉!」

 カイラは大きく拒否を口にした。

 その声に同様はなく、鋭い意志の通ったものだった。

 冴子はそんな今まで聞いた事がないカイラの声と態度に驚き、連れだそうとする手を引っ込めた。

 「何故です?」

 冴子は戸惑いながら尋ねる。

 「彼と話します」

 「無理です。奴は話し合いではなく暴力を選んだ」

 「だからこそよ」

 そう言ってからカイラはミルダナオの言葉でレイエスに話しかける。

 「そこの貴方、レイエスと言う者よ」

 カイラが呼びかけるとレイエスはカイラへ顔を向けた。その目は感情や思考が止まっているように思えた。

 「なんだ?」

 レイエスは低い声で答える。

 「何故マルコス大佐を撃った?」

 「大佐がアンタに騙されそうになっていたからさ。俺達を裏切ろうとしていた」

 「裏切り?」

 「庶民の俺達からアンタら王族の味方になろうとしていたからだ」

 「そんなに私や王族を恨んでいるの?」

 カイラの問にレイエスは「そうだ」と即答した。

 「俺の父ちゃんと母ちゃんは日本企業の鉱山で働いていたが、安い給料で10時間も毎日働いていたよ。そのせいで病気になった母ちゃんの薬を買い続けられず死んだ。父ちゃんもその時の過労で死んだよ。少しでも薬代にしようと無理してな」

 カイラは黙ってレイエスの生い立ちを聞く。

 「俺は街に居る親戚の所で世話になった。10歳になってから働きに出るようになった。親戚のおじさんと一緒に王族の別荘や日本人の屋敷や工場を建てる現場で働いていたよ。ここでも安く俺達は使われた。時には予定より遅いと棒で殴られもした」

 レイエスの話にその場の誰もが聞き入っている。

 冴子は救急車を呼んで戻った藤原からまた通訳をしてもらっている。

 「そうやって苦しみながら俺達は作った。立派で綺麗なモノに仕上げてさ。でも、俺達はいつも腹を空かせて殴られ続けた。何でだ?まるで罰を受けているようだった。そんな気持ちが分かるか?」

 語るレイエスの目は憎悪に満ちていた。

 カイラはそんな目に気圧されるも、姿勢を崩さずレイエスから目を離さない。

 「だから俺はミルダナオと言う国が嫌になった。ミルダナオを支配する王族や日本人を恨むんだ。それを理解して陸軍に入隊させてくれたのがマルコス大佐だった・・・それなのに」

 レイエスに後悔の念と聞こえる言葉が出る。

 「・・・マルコス大佐と出会った時の事を聞かせて下さい」

 カイラがそう求めるとレイエスは意外だと言う顔になる。

 「珍しいな。そんな事を聞きたがるのは、いいぜ」

 マルコスは語り始める。

 「俺が工事現場で監督を殴った時さ。あそこは酷い現場だった。金払いが悪い癖に仕事をどんどん増やす。何度もそれで文句を言ってその日はとうとう監督からクビにされた。俺は今までの腹いせに監督を殴ったのさ。だけど親戚のおじさんはそれで監督や会社に睨まれるのが嫌だと言って俺を追い出した。行くアテが無くなったし、腹が空いて動けなくなっていた時にマルコス大佐と会ったんだ」


 「どうした?病気か?」

 路地裏で建物の壁によりかかり、うなだれるレイエスを見て当時少佐だったマルコスは話しかける。

 「腹が・・・腹が・・・」

 レイエスはぼんやりした意識の中で返事をする。

 「腹が痛いのか?」

 「違う・・・食ってない・・・食ってない」

 レイエスは干からびた声帯を振り絞り腹が空いていると訴える。

 「腹が空いているんだな?」

 ようやくマルコスは理解するとレイエスは首を縦に振る。

 「よし、俺が食わせてやろう」

 マルコスはレイエスに食事を与えるべく自宅に招いた。

 レイエスはマルコスの家でしばらく世話になると、マルコスはレイエスに陸軍に入らないかと提案された。何かの働こうと思っていたレイエスはこの提案を受け入れ15歳の時に入隊した。

 人材育成の名目で設けられた制度で入隊したレイエスは、厳しい教官に躾られるものの、しっかり三食あり給与が貰えるのだから文句は無かった。

 だが、時折他の兵士と喧嘩をする事があり問題児と言う評価をされる。

 「そんな俺をマルコス大佐は部下にしてくれたんだ。だから国民軍としてやる時も付いて行ったんだ。俺にとっては大事な人だったのに・・・」

 レイエスの目に涙が滲む。

 カイラはそんなレイエスに何かを言おうとした時だった。

 マルコスが上半身を起こした。周りの部下は「無理はいけません」と止めても半身を起こしレイエスに顔を向ける。

 「レイエス・・・気に病むな」

 マルコスは息を荒げながら言う。

 「でも、俺のせいで死にそうになってる」

 レイエスは悔いを言う。

 確かにマルコスはレイエスに撃たれた腹部からの出血で生命が危うくなっている。

 「それは、仕方ない・・・俺が失敗したからだ・・・国民軍の目標を、ミルダナオで・・・果たせなかったのだから」

 それを言うとマルコスは再び仰向けに寝る。

 レイエスはマルコスの近くへ寄る。

 「レイエスは、そこに居るか?」

 マルコスは尋ねる。どうやら視力や見る認識が低下しているようだ。

 「ここに居るぜ」

 「さっきの・・・俺を大事な人だと、言ってくれた・・・だけで満足だ」

 マルコスはそう言い残し、静かになった。

 部下達もレイエスも「大佐、大佐」と泣き叫んだ。

 「静かに!静かに!」

 いきなりカイラが叫ぶ。

 誰もがカイラへ顔を向ける。

 「もうすぐ日本軍がここへやって来る!」

 冴子が呼んだ憲兵隊の援軍について言っている。

 カイラの言葉にマルコスの部下やレイエスは気づく、このままでは自分達の身が危うい。

 「そこで、お前達を私の護衛をしている部下とする。これでミルダナオまで連れて帰る」

 カイラの提案にマルコスの部下達は顔を見合わせ、どうするかと伺う。

 「俺はアンタの下にはつかねえからな」

 レイエスはそう言うと、その場から立ち去る。

 冴子はまだ拳銃を持ったままのレイエスを視線で追うしかなかった。

 「お前達、時間がない。どうする?」

 カイラが再度問いかけると残るマルコスの部下達は「殿下の言葉に従います」と言い、カイラの提案を受け入れた。


 一方、三宅は球技場の駐車場でリベラ達と戦い続けていた。

 ロペスともう一人は三宅が倒し、気を失い倒れている。

 今はリベラと拳を交えて戦っている。

 どちらも顔から足まで傷を負い、互角で渡り合っている。

 リベラにとってはここに三宅を釘付けにし続けている事が作戦成功になっている。

 対して三宅はリベラも倒して、冴子とカイラに合流しなくてはと焦る思いが募る。

 だが、リベラを簡単に倒せそうにないと三宅は何度も拳を交えて分かっていた。

 (くそ、大尉と姫様はどうなっているんだ)

 ままならない状況に三宅は不安が大きくなる。

 そこへ携帯電話の着信が三宅とリベラ、同時に届く。

 しばしお互い構えて向き合うものの、リベラが拳を降ろして携帯電話に出るように手振りで促した。

 リベラを警戒しながらも三宅はズボンのポケットから携帯電話を引っ張り出す。

 三宅が電話の出たのを見て、リベラも電話に出る。

 「神楽坂です。軍曹、そちらの状況は?」

 電話は冴子からだった。

 「大尉、ご無事で。こっちは三人の敵と交戦し、二人を倒し一人が残っています」

 「軍曹はどうだ?怪我はしてないか?」

 「少し怪我をしたぐらいです」

 三宅からそう聞いたとは言え、冴子は三人を相手にして軽い怪我ではなかろうと心配になる。

 「殿下は無事だ。それと、今から襲撃してきたミルダナオ軍の軍人達は殿下の臣下となる。これ以上は戦わなくていい」

 「分かりました」

 少し状況が飲み込めないが、三宅は冴子の命令を了解した。

 リベラも同じ事を部下から聞いたようだが、マルコスの死を聞いて気落ちするような顔になっていた。

 「おい、聞いたな?俺とお前はもう敵じゃないそうだ。あの二人を手当しようぜ」

 三宅は日本語でリベラに呼びかけた。

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