決闘

楠々 蛙

薄の原

 早朝六つ時。

 ようやく夜の白み始めたばかりの朝、薄の原の真っ只中を通る一条の街道に居合わせた者──浅い日に照らされ、地面に薄く伸びる影法師は、数えて二つ。

 朝風が撫ぜる、すすきの花穂。

 その音色に秋の情緒を感じるのが、大和人の心というものだ。だが、今この原っぱへ居合わし、三歩程の間合いを保って面を合わせる二人の男に、秋の風が奏でる風雅の明媚に動かす情の持ち合わせはないようだった。

 片や、若草色の着流しに身を包む、浪人風の大和人であるにも関わらず。

 ──大和の衣装に身を包んでいるというのに、半着の帯に差しているモノは、シングルアクションのリボルバー。それでも大和の男児であろうか。

 そして片や、カウボーイハット、フリンジ飾り付きのポンチョを身に付けた異国人である事とは関わらず。

 ──異国の衣装に身を包んでいようと、ガンベルトの底抜けホルスターに、大和の魂足る刀を差しているのであれば、大和の心を持ち合わせて然るべきであろうに。

 二人の男は、吹く風にも、揺れる薄にも眼をくれず、互いの瞳へ、己が視線を向けるのみである。

 片や、鳶色。

 片や、碧眼。

 異色の視線が、絡み付く。

「どうしても、抜くのか」

 口を開いたのは、着流しの浪人だった。

「抜けば、俺かお前、どちらかが死ぬ。それだけのことだ」

 なんにも面白かねえ──と、浪人は嘯く。いや、ただの口先だけでなく、浪人は本心でそう言っているようでもあった。

「抜く」

 カウボーイは、小さく僅かに頷いた。

「今ここで、お前の前で抜く為だけに、俺は生きてきた」

 ここで抜かなけりゃ、どのみち死んだもおんなじさ──と、カウボーイは言う。果たしてその動機が、何に基づくモノなのか、その表情からは読み取れない。仇のようには見えず、さりとて功名心とも違うようだった。

「そうか」

 やがて浪人は、かぶりを振ったかと思えば、仕方なしにといった調子で「なら、やろう」と言った。その声音は哀れみを孕んでいるかのようで、その実、どうしようもない自嘲に満ちていた。

 そして、二人の男は、やおら己が得物の握りへと手を伸ばす。

 帯に左手を掛けて、リボルバーの銃把に添うように右手を掲げる、着流し姿の浪人。

 鞘の鯉口に左手親指を乗せ、刀の柄に右手の影を被せる、ポンチョを羽織ったカウボーイ。


 風が吹く。風が吹く。風が吹く。風が吹く。

 止まぬ。止まぬ。止まぬ。止まぬ。


 着流しと、ポンチョ。その裾端が、忙しなくはためく。己の衣装とは裏腹に、二人の男は口を閉ざし、得物に手を触れる事もなく、立ち続ける。


 風が吹く。風が吹く。風が吹く。風が──静まる。


 薄の花穂、衣服の裾端が、受ける風の弱まると共に、その揺らめきを小さくしてゆく。

 銃把と柄。二つの得物の握りに翳された指先が、ぴくり──と、微風に揺れる薄よりも更に小さく、しかし確かに、動いた。


 風が──止む。

 

 薄の野がそよとも動かず、辺り一帯が停止したその瞬間に、二つの得物が、その鬨の声を上げた。

 がちり──という撃鉄を起こす音と、しゃらり──という鞘鳴りが、己が殺意の発露を告げる。

 まず、殺気で凍り付くしじまを破ったのは、銃声。

 先手を切ったのは、浪人のファストドロゥ。右手親指でコッキングすると同時に抜銃を果たした浪人が、カウボーイの機先を制する。撃鉄が雷管を叩き、薬莢の火薬がマズルフラッシュを瞬かせる。

 そして、凶弾が飛ぶ。

 一髪千鈞を引く、およそ人間には知覚できない、一瞬にも満たない寸毫の間。

 そも、銃声が聞こえたその時には既に過ぎ去っているその刹那を──刃鳴りが截つ。

 刀身の霞む居合の剣が、凶弾を凌ぎせしめる。

 抜刀するやいなや斬線を下ろし、カウボーイは我が身を狙う凶弾を、瞬く火花と二欠片の鉛に変えたのだ。そしてそれと同時に、カウボーイは浪人との間合いを詰めていた。

 沈身しずみから成る、浮身うきみの妙技。下肢の支えを抜く事で、上身うわみを浮かす。重心操作による、速くかろき移動術。

 紛う事なき、大和の武術に倣った歩法。この男、異国の衣装に身を包みながら、確かに大和の剣士であった。

 そしてさらに、カウボーイは極みの剣技を揮う。

 凶弾を裁つと共に生じたその火花も消えぬ内に、刀を斬り返したのだ。

 霞む居合の残像に、さらに朝陽を反射しながら昇る返しの刀が重なる。

 その斬速は光にまで及ばずとも、おおよそ人間の視覚が認識し得る最小単位の時間の内に、二つの斬線を描くには至った。

 逆袈裟の、浪人の右脇腹から左肩へと抜ける斬線は、しかし、再びの銃声に遮られる。

 未だ初弾のマズルフラッシュが散る銃口から続けて放たれた鉛弾が、飛燕の如く翻った刀を弾く。

 ファニングショット。撃発の後、銃把を握る手とは逆手の左で落ちた撃鉄を起こし、間髪を入れずに、連ねて銃火を発するガントリック。

 カウボーイの太刀筋を見切り、鉛弾で鋼刀を弾いて凌ぐ。連ね撃ちでそれを成した技の精度も然る事ながら、飛び道具の銃で以って斬撃を凌ぐというその発想、それを刹那に実行に移す判断速度と胆力。浪人は確かに、大和の男でありながら、凡庸なガンスリンガーではなかった。

 風が止んでから、半秒にも満たぬ時の内に交わした四手。互いに、攻め手と受け手を交えた、四手の鬩ぎ合い。四つの火花と共に、二つの死線が彼我を行き交い、凌ぎ合う。

 凶弾を凌いだ刀で神速の斬り返しを放ったカウボーイも、連ね撃ちの反動を御してそれを凌いだ浪人も、最早、得物を握る手に相手の攻めを受けるだけの余裕はなかった。

 故に、次の三合を決するのは、速さのみ。どちらが最速を取るか、それだけが互いの生死の行方を決する。

 カウボーイが揮う極みの剣技か、浪人の発するガントリックの閃きか。

 ざり──と麻編みの草鞋が地面を擦り、じゃり──と拍車付きのブーツが赤土を蹴る。


 BAAAANG!


 刃鳴りと銃声。果たして先んじたのは、後者であった。

 初弾、次弾、次々弾のコッキングを、右手親指、左手親指、小指で果たし、最前の銃声を度重なる銃声で劈く、ガントリックのハイエンド――トリプルバースト。


 風が、また吹く。


 銃口が吐く硝煙が、靉靆あいたいとたなびく。

 カウボーイの頭から零れ堕ちた帽子が、風に攫われて舞う。縁に焦げ跡のある穴が開いたカウボーイハットが、薄の原の上を飛んでゆく。

 それを見送る事はせずに、薬莢を赤土の上に零した浪人は予備の実包を装填すると、無言のままに骸の傍らを通り過ぎてゆく。

 風に揺れる薄の野に残されたのは、一つの骸と傍に残された薬莢──三つの空薬莢と三つの実包である。

 無骨な真鍮の輝きとはいえど、六紋銭──三途の河の渡り賃にはなるだろう。

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決闘 楠々 蛙 @hannpaia

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