最小限の自己紹介を
いつもの部屋に戻ると、電気をつけていなかったので暗闇で何も見えない。
俺はすぐに明かりをつけ、ベッドの方を見やった。するとそこには誰もいなかった。先まで寝ていた子が、ベッドの脇で正座をしていたのだ。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
透き通るような声で、こうべを垂れる。いきなりの出来事で俺はどうすればいいのかわからなかった。
少々あたふたするも、一向に顔を上げない子に、俺が言えるのはただ一つ。
「怪我とかまだ治ってないないんだから、ベッドの上で安静にしててッ!」
さっきまで、いきもすがらだったのだ。身を起こしていい体ではなかったはずだ。だが、少年は首を傾げる。
「? それは命令でしょうか?」
「命令!」
俺はすぐに近づき、抱え上げてベッドに寝かせた。と、ここで家にはもう家族がいる事を思い出し、少々声を抑えることに。
「とにかく、今は寝といて。悪化されたら、どうすればいいかわからないから。」
「は、はい...。」
「お腹は空いてる?」
「だ、大丈夫です。ある程度食べなくても生きていけます」
「...言い方変えるね。今何か食べれる」
「...食べれますけど、でも大丈夫です」
食べれるのか。なら、何がいいだろうか。おかゆは昼に食べさせたし、それに俺がいきなり台所に立って、料理し始めたら家族が異様な目をすることは必至。
ならば何か買いに行かなくちゃならない。ただ何がいいだろう。プリンを買うことは確定事項だ。俺が幼少の頃、熱で寝込んだ時のプリンは絶品だった。
そうだな、うん。もう一度お粥を食べてもらおう。チンしてできるやつを買ってくることにした。
「それじゃあ、安静にしててね」
俺はベッドの上の子を置いて、プリンとお粥を買いにコンビニへと赴いた。
すぐに買って、静かに家に入る。自身の存在感のなさは家族全員の定評を表しているので、そんな目立たずにお粥をチンして自室に戻る。
「はい。とりあえずこれ食べて」
そういうと少年は少し困ったように、寝ながら手を伸ばした。
「どうしたの? 起き上がれないほどきつい?」
少し心配をする。
「い、いえ。寝ていろと命令でしたので」
少年は少々スンと落ち込むような面持ちになる。怒られると勘違いしたのだろうか。
「それじゃあ、その命令は解除で。机の前に座って、これ食べて」
少年は頷き、ベッドから出た。スプーンを持ち少年はゆっくり一口を飲み込むと、少々目を見開いた。
「こ、これは全部食べてもいいのですか?」
目をキラキラさせながら、そう問うた。返答は当たり前にOKだ。
そういうと、少年のスプーンの進み具合は段々と早くなって、最終的には『ガツガツと』、という表現が似合うほどの勢いで食べていた。
ただの卵かゆだったけれど、随分と美味しそうに食べた。しまいにはその卵かゆの入れ物は空となっていた。
「まだ食べらるなら、はい」
俺はプリンを机の上に置いた。
「こ、これはなんですか?」
口の周りにいっぱいのご飯粒をつけながらそう言う。目はさらにキラキラしていた。
「プリンっていう食べ物」
俺はもう一つのプリンを開けて、もう一つのスプーンでそれをすくって食べた。うん。やっぱり美味しい。
「こうやって、食べるんだ。甘くて美味しいよ」
「あ、甘いやつッ。これも全部食べていいんですか?」
「うん。いいよ」
そういうと少年は俺の行動を模してプリンを開け、スプーンを使いすくう。
「おぉ、プルプル...してる...。」
そう言ってから、パクッと一口。衝撃を受けたような表情になりながらも、さらにもう一口。
そこからはもう早かった。一瞬にしてプリンを平らげてしまった。
「そんなに美味しかったんならもう一個食べる?」
プッチンプリンは3個入りだからな。
少年は嬉しいのか、首が取れそうなほど首をたてにふり続けた。
少年にプリンをやると次はさらなる速さで完食した。
そして全てを食べ終わった少年が、こう聞いてきた。
「気付いたらここにいたのでよくわからないのですが、あなたが僕の新しいご主人様であっているのでしょうか?」
確かに当たり前の疑問だろう。意識混迷してたのちに何も知らされることなくここに来たのだから。
俺はこれに「まぁ契約的には俺が主人で君が奴隷だけど...君には自立してもらおうと考えている」と返した。
「自立...ですか?」
「うん。自立。それとなんでこんな感じになったのか、経緯を話してもいいかな?」
少年はコクリと頷く。
正直突拍子もなく、信じられないような話だろうけど、俺はこれまでのことを全て話した。
謎の老人。謎の黒魔術と異世界やこの世界のこと。どうして少年とこのような契約をしたのか。そもそもこちらには奴隷なんて制度はなくこれからも奴隷として扱わないということ。自立してもらうために、酒場で働いてもらうこと。
大体そのようなことを大まかに説明した。
「と、こんな感じなんだけど、理解はできた?」
「はい。だいたいは理解しました。」
「それじゃあ、そろそろ名前を聞いてもいいかな?」
なんで呼べばいいかわからないし。
「僕の名前はシュ...、ルナ。ルナです。」
何かを言いかけ、少々間を置き、言い換える。それを詮索するほど、俺はまだ少年、もといルナには踏み込めない。というか踏み込まないのが彼のためでもあり、俺のためでもある。
「俺の名前は、江角えすみ 太陽たいよう。まぁ、江角でもいいし、太陽でもいいし、なんとでも呼んでくれればいいから」
「わかり...ました」
その日から俺は太陽様と呼ばれるようになった。様はやめてくれと言ったけど、それは無理だと断られた。
引きニートな僕は異世界へ行けるようになったので自分探しをします。 やせうま @nakamon
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