第21話

 温泉に突き落とされたグランちゃんは、「殺す……!」と息巻いて、温泉から上がろうとしたんだけど、



「まぁまぁグランちゃん。もう落ちちゃったんだし、せっかくだからゆっくり浸かったら? ねっ?」



 わたしは彼女をなだめ、温泉の中で魔女のローブを脱がせる。

 当たり前だけど、ローブはびしょ濡れになっていた。



「あとで乾かさないとね。……あ、そうだ、せっかくだから、お洗濯もしちゃっか!」



 最初は温泉の中で洗おうとしたんだけど、それだとあんまりキレイにならないと思い、温泉の隣にあった泉に、わたしとグランちゃんのローブをまとめて浸けた。

 そして温泉から身を乗り出して手洗いしてたんだけど、ふと、いいことを思いつく。



「マゼマゼ!」



 マゼマゼの魔法を使ってみると、



 ……キュイイイイインッ!



 舞い上げられたローブたちが、竜巻の中でダンスを踊る。



「すごい! マゼマゼってお菓子作り以外にも使えるんだ!」



 まるで、お城で見た魔導装置、『魔導おせんたく器』みたい!

 手洗いしなくていいだなんて、すっごくラクチン!


 そのうえ、あっという間に汚れが落ちてキレイになった。



「見て見てグランちゃん! グランちゃんのローブがこんなにキレイになったよ!」



 グランちゃんの水色のローブを広げて汚れ落ちを確認していると、また身体を揺らしてククちゃんがやって来た。

 そして、今度こそ任せなさい! とばかりに羽根で胸をドンと叩く。


 ククちゃんは『太陽のポーズ』に続いてすっかりおなじみとなった『催眠術のポーズ』で、グランちゃんのローブに熱を送ってくれた。

 すると、びしょ濡れだったローブはあっという間に乾いてしまう。



「す……すごいすごいすごい! お風呂を沸かせるだけじゃなくて、洗濯物も乾かせるだなんて……! ククちゃん、最高ーっ!」



 わたしはククちゃんを抱っこして頬ずりしてたんだけど、隣にいたグランちゃんが、いきなりククちゃんをむんずと掴んで温泉に沈めた。

 お湯の中で、「コケェーッ!?」と大暴れするククちゃん。



「わあっ!? いきなりなにをするのグランちゃん!? やめて、放してあげて!」



 すると彼女はパッと手を放して、



「これでおあいこ」



 とだけ言った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 洗った服は、ククちゃんの力のおかげですぐに乾いた。

 わたしとグランちゃん、そしてコビットさんたちは、温泉と洗い立ての服のおかげで、すっかりサッパリ、身も心もキレイになった気がした。


 そして、おなかいっぱいになって身体もあったまると、当然のように眠くなってくる。


 わたしはわたがし布団の中にグランちゃんを引っ張りこんで、ふたりでいっしょに床につく。

 しかしグランちゃんは、しきりに布団の中から出ていこうとした。



「どうしたのグランちゃん、いっしょに寝ようよ。それとも眠くないの?」



 すると彼女は、いつも以上にトロンとした瞳で「眠くない」と言った。



「ウソ。すごく眠そうだよ? 今日もいっぱい遊んで疲れたから、もう寝よう。そして明日もいっぱい遊ぼうよ」



「魔女は眠ることは許されない」



「そうなの? なんで?」



「寝ている間に他の魔女が侵攻してくる恐れがある。呑気に寝ている魔女など、この谷にはひとりもいない」



「もしかしてグランちゃん、いままで一睡もしてないの?」



 するとさも当然のように、こくりと頷くグランちゃん。



「数秒だけ気を失うことはあっても、自分の意思で眠ったことは一度もない」



「それじゃあ、余計眠らないと駄目じゃない! さぁ、寝よう寝よう!」



 しかしわたしがいくら言っても、グランちゃんは朝ごはんを欲しがる猫みたいに布団から抜けだそうとする。



「もう、寝なくちゃダメだって! それとも、わたしと寝るのがイヤなの!?」



 すると、グランちゃんは押し黙ってしまった。

 言葉を選ぶように、間を置いたあと、



「イヤではない。私はパティと眠る資格がないから、かわりに寝ずの番をする」



「資格……? なにそれ?」



「パティは、卵がなくてもおいしい焼き菓子を作れると言った。そして現に作ってみせた。これは、フェニッククが卵を産めなくてもかまわないという、私への答えになった。パティの、フェニッククを受け入れるという気持ちに、嘘がないことがわかった」



「えっ!? グランちゃんが焼き菓子が食べたいって言ったのは、お腹がすいてたからじゃなかったの!?」



「そう。私はパティを試した。なぜならば、卵を産めないフェニッククは役立たず。そんな存在を、受け入れる理由はどこにもないから」



「そんな! ククちゃんはお友達だって言ったじゃない! 役に立つとか立たないとか、関係ないよ!」



 そこでわたしは、彼女の言わんとしていることにようやく気付いた。



「……もしかしてグランちゃん、自分が役立たずだと思ってる!?」



「私はコビットのような手伝う能力も、ユニゴーンのようなお菓子の材料を出す能力もない。あのフェニッククですら、パティの役に立ってみせたというのに」



「だから寝ずの番をするっていうの!? そんなのおかしいよ!?」



 どうやらグランちゃんは、お友達というのは役に立たないといけないと思っているようだ。

 わたしはグランちゃんを力いっぱい抱きしめた。



「お友達っていうのは、役に立つからとか、そういうのじゃなくて……いっしょにいると楽しいから、お友達になるの! わたしはグランちゃんと一緒にいると楽しいから、お友達になったの! 別になにもしてくれなくていいの! わたしといっしょにいてくれるだけでいいの!」



 するとグランちゃんはわたしの胸の中で「哀れね、そんな関係があるわけがないのに」とつぶやいた。

 わたしたちの会話を聞いていたのか、木の上から「その通りだ、バッカじゃねぇの!?」とリンちゃんの合いの手が聞こえてくる。


 わたしはグランちゃんの頭を撫でながら尋ねた。



「グランちゃんは、わたしといっしょにいて、楽しくない?」



 すると、



「楽しくない」



 と即答されてしまった。

 わたしはククちゃんみたいに、「ガーン」とショックを受けてしまう。



「そ、そんなぁ!?」



「楽しくないこともない」



「な、なんだ、よかったぁ」



「楽しくないこともないこともない」



「えーっと、それって……楽しくない、ってこと?」



「楽しくないこともないこともないこともない」



「ど……どっちなのぉ!?」



 なんてことを繰り返している間に、ふたりしていつの間にか眠ってしまっていた。

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お菓子な魔女の領地開拓 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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