第20話

 クレープがみんなに行き渡ったところで、私もいっしょに食べる。

 トッピングはチョコだけというシンプルなクレープだったけど、やっぱりみんなで食べるとおいしい。


 でもクレープだけではさびしかったので、追加で飲み物を作ることにした。


 今まで作った飲み物といえば、ホットチョコレートがあるけど、チョコとチョコで被っちゃう。

 チョコの焼き菓子に合う、飲み物といえば……。


 ホットミルク……!


 わたしはさっそくユニちゃんミルクを鍋に移し、カマドに掛ける。

 その前に、カマドから焚火を取り除いていたら、グランちゃんから尋ねられた。



「なにをしているの?」



「ホットミルクを作ろうと思って、火を弱めてるんだよ」



「哀れね。火力があるほうが、すぐできるというのに」



「そうなんだけど、強火でグツグツやるよりも、弱火でじっくり温めたほうがおいしくなるんだよ」



 すると私たちの話を聞いていたのか、ククちゃんが身体をゆさゆさやって来て、



「コケッ!」



 任せなさい! とばかりに羽根で胸をドンと叩いた。

 そして鍋に向かって両方の羽根を、催眠術を掛けるみたいにユラユラ動かしはじめる。



 もわぁぁぁぁぁぁ~~~~ん。



 羽根の先から出た、じんわりとした光が、鍋を包み込んだかと思うと……。



 ほっこり。



 あっという間に、鍋のミルクから湯気が……!



「わあっ、すごいすごい! ククちゃんって、ミルクを沸かすこともできるんだね!」



 ククちゃんの光る能力は、どうやら熱として与えることもできるみたいだ。

 これってもしかして、すごい能力なんじゃ……!?


 と思ったんだけど、ククちゃんが温めたミルクは、正直ぬるかった。

 飲むにはちょっと物足りないので、追加で火にかける。


 そんな私を見て、ククちゃんは「ガーン!」とショックを受けていた。



「ギャハハハハ! 結局カマドを使われてやんの、バッカじゃねぇの!」



「哀れね。ありもしない力を誇示するから、そんなことになるの」



 いじめっ子みたいにからかうリンちゃんとグランちゃん。



「もう、ふたりともククちゃんをいじめないで。ククちゃんはわたしのお手伝いをしようとしてくれたんだから、わたしはそれだけでじゅうぶん嬉しいよ。ありがとうね、ククちゃん!」



 わたしはできたてのホットミルクをククちゃんに渡して励ましたんだけど、ククちゃんは落ち込んだままだった。

 コップを羽根で器用に持ったまま、ガックリとうつむいている。


 うーん、もしかしてククちゃんは、光ることしかできないことを気にしているのかな?

 この『忘れ谷』はどこも暗いから、わたしにとっては明るいだけでじゅうぶん助かってるんだけど……。


 どうにかしてククちゃんの力を、役立ててあげられないかなぁ……?


 わたしは考えながら、ぼんやりとあたりを見回していると……。

 草原にあるちいさな泉で、コビットさんたちが水を飲んでいるのが目に入った。


 泉の水は冷たいので、水を飲み終えたコビットさんたちは、ブルッと震えてたんだけど……。



「そ……そうだっ! それだっ! コビットさんたち! おおきな泉を作れる!?」



 私がお願いすると、コビットさんたちは仕事がもらえて嬉しかったのか「ピャー!」と総出で作業に取りかかってくれた。

 コビットさんたちはすでに600人ほどいたので、泉を作るのもあっという間。


 すぐに領地の一角に、わたしにとっては池のような、コビットさんたちにとっては湖のような、おおきな泉ができあがる。



「水の魔女でもねぇクセして、こんなバカでかい泉なんか作って、バカじゃねぇのっ!?」



「凍らせて、スケート場でも作るつもりなの?」



「ううん、スケート場ならグランちゃんの領地にあったでしょう? これは、その逆のものだよ!」



 「逆……?」と首をかしげるグランちゃん。



「まあ見てて! じゃあククちゃん、お願い! このおっきな泉を温めて!」



 ちょうどホットミルクを飲み終えたククちゃんは、また身体をゆさゆさやって来て、



 ……もわぁぁぁぁぁぁぁ~~~んっ。



 例の怪しげな動きで、泉に光を与えてくれた。

 しばらくすると、



 ほっこり。



 泉からは、あったかそうな湯気がもうもうと……!


 手を浸けてみたんだけど、ちょうどいい湯加減で、狙いはバッチリ。



「やったぁ! お風呂ができた! しかも温泉だよっ! さぁ、入ろう入ろう!」



 わたしはさっそく魔女の服を脱ぎはじめる。

 しかしリンちゃんとグランちゃんはドン引きで、まるで狂った怪物でも見るかのようだった。



「ば……バカじゃねぇの……。『忘れ谷』で、身を守るための魔女のローブを脱ぐだなんて……。どんだけ、脳内お花畑なんだよ……」



「哀れね。例えるなら、木になった果物が、自分の皮を剥くようなものだわ」



「そ、そう言われるとちょっと怖いけど、たぶん大丈……はああっ……気持ちいい~っ!」



 温泉に入った私は、さっそく極楽な声をあげてしまう。

 この谷に来てから一度もお風呂に入っていなかったから、気持ちよさもひとしおだ。


 コビットさんたちも、んしょ、んしょ、と服を脱いで、ちゃぽんと浸かりはじめる。

 そして、「はふぅ……」と実に気持ち良さそうな溜息を漏らしていた。


 アヒルのオモチャみたいに浮いているコビットさんたちは、なんだかかわいい。

 そこにアヒルの親玉みたいなユニちゃんが飛び込むと、ざぶんとおおきな波が起こっていた。



「すっごく気持ちいいよ! リンちゃんもグランちゃんもおいでよ!」



 わたしはふたりを誘ったんだんだけど、リンちゃんは「バッカじゃねぇの、そのまま死ね!」と木の上に逃げてしまった。

 グランちゃんは温泉に興味が出てきたのか、淵のあたりまでゆっくりと歩いてきて、しゃがみこむ。


 そっとお湯に手をつけ、遠慮がちなスズメが水浴びするみたいに、顔をこしこしとこすっていた。

 わたしはプールサイドならぬ温泉サイドから彼女を誘う。



「グランちゃんも長いことお風呂に入ってないんでしょう!? 一緒に入ろうよ! とっても気持ちいいよ!」



 しかしグランちゃんは、濡れた顔をふるふると左右に振った。



「哀れね。いま他の魔女が攻め込まれた場合、無防備に殺されるだけになってしま」



 ……どっぱーん!



 グランちゃんは言葉の途中で、勢いよく温泉に突っ込んできた。

 水死体のように、ぷかぷかと浮くグランちゃん。



「ぐ、グランちゃん、急にどうしちゃったの!?」



 わたしはビックリしつつも、慌ててグランちゃんを助ける。


 グランちゃんが立っていた所を見ると、そこにはククちゃんが立っていて……。

 胴に埋まりそうなほどの短い脚を、一生懸命振り上げていた。



「コケェェェェェェェェェェーーーーーーーッ!!」



 そして仕返しに成功したいじめられっこみたいに、高らかにいなないていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る