第19話
わたしはグランちゃんリクエストの焼き菓子を作ろうと思ったんだけど、持参していた小麦粉がもうなかったので、いったん草原の領地まで戻ることにした。
帰り道はククちゃんが先頭に立ってあたりを照らしてくれる。
でも光るのは疲れるのか、途中でだんだん消えかけのロウソクみたいになってきて、最後はいつものククちゃんに戻っていた。
草原の領地に戻ると、さっそくコビットさんたちと一緒に調理開始。
小麦を収穫して、脱穀して粉にするのも、もう慣れたものだ。
小麦粉ができたので、わたしはコビットさんに次の材料の準備をお願いする。
わたしはできあがった小麦粉を、せっせとボウルに移した。
ボウルにさらに、ユニちゃんミルクと砂糖を加える。
それをカシャカシャとホイッパーでかき混ぜていると、グランちゃんは働きアリでも見るかのような目で、わたしをじっと見つめていた。
今にも「哀れね」という言葉が飛び出してきそう。
グランちゃんはお腹が空いているのか、ずっとご機嫌ナナメのようだ。
わたしは早く食べさせてあげようと、いそいで生地をまぜまぜ。
まぜまぜ……?
そういえば、そんな魔法が、本の中にあったような……?
わたしは少し手を休めて、魔法の本を開く。
すると、たしかにあった。
マゼマゼ(0)
材料を混合させてひとつにする。
ワケワケ(0)
混ざった材料を分離させる。
魔法で混ぜることができるなんて、いいかも……!?
わたしは興味本位で『マゼマゼ』に、そしてついでだから『ワケワケ』にも1ポイント振ってみた。
さっそく、生地の入ったボウルに向かって、
「マゼマゼ!」
と叫ぶと、
……キュイイイイインッ!
まるで竜巻が通った池みたいに生地が吸い上げられ、空中でグルグル高速回転をはじめた。
「うわあっ、すごーい!」
まるでお城で見た調理器具、『魔導まぜまぜ器』みたいだ!
ガラスの容器に覆われてないのに、まわりに全然飛び散らないのもすごい!
しばらくすると竜巻はおさまって、またボールの中に戻っていく。
ためしにホイッパーですくい上げてみると、生地はクリーミーかつ滑らかな感じになっていた。
こうなるまで手で混ぜるのって、かなり大変なんだよね!
暑い日とかは汗だくになって嫌になるんだけど、これがあればいつでも楽ちんだ!
わたしはひとり喜んでいると、
「ただ混ぜるだけの魔法を習得するだなんて、バカじゃねぇの」
とブツクサ声が聞こえてきた。
「いいんだもーん」と返しながら、わたしはお菓子作りを続ける。
キチントの魔法で平たい鉄板を出し、石でつくったかまどの上に置く。
じゅうぶん熱くなったところで、生地を流し入れる。
……ジュウウウウウーーーーーーーーーーッ!
わたしはすかさず、手にしていたホイッパーを掲げ、
「キチント! トンボになぁれ!」
するとホイッパーは、竹トンボみたいな木製のT字にかわる。
いつの間にかリンちゃんは近くまで来ていて、「なんだそりゃ?」と素っ頓狂な声をあげていた。
「これはね、こうやって使うんだよ」
わたしは言いながら、T字の部分を鉄板の生地に押し当てて動かす。
すると生地は塗りのばされるみたいに広がっていく。
生地が紙みたいに薄くなっていくのが面白いのか、リンちゃんは金魚鉢を覗く猫みたいに鉄板に釘付け。
「すごく薄くなるでしょ? 生地をしっかりかき混ぜないと、こうはならないんだよ」
わたしは焼き上がった生地を手でつまんで持ち上げて、ハンカチみたいに広げてみせた。
「焼き色もまんべんなく付いてるでしょ? これもしっかりかき混ぜたおかげだよ」
リンちゃんは、「ほぉ」と唸っていたが、急にハッと我に返ると、
「う……薄くなったから何だってんだよ!? まんべんなくなったからって何だってんだよ!? バッカじゃねのっ!? お花畑もたいがいにしやがれっ!」
と、花かと思ったら造花だったミツバチみたいに、ブンブンと翼を振り乱して飛び去っていった。
うーん、前よりは少しは興味を持ってくれたと思ったんだけどなぁ……でもまぁ、いっか。
ちょうど生地を焼き終えたところで、コビットさんたちが、んしょ、んしょ、とチョコレートペーストの入ったお椀を持ってきてくれた。
さすがコビットさん、一度教えたことは、わたしが手助けしなくてもちゃんと作れるみたいだ。
さっそくそのチョコレートペーストを、生地の上に回しかける。
あとは、チョコレートを包み込むように、くるくるっと巻けばすれば……。
「『チョコクレープ』のできあがりぃぃぃぃーーーーーっ!」
チョコレートクレープ お菓子レベル3
薄く焼いた生地にチョコレートペーストを加え、包んだもの。
「おまたせグランちゃん! ご注文の焼き菓子だよ! 食べてみて食べてみて!」
彼女は自分で焼き菓子を食べたいと言っておきながら、いざ完成しても、あんまり嬉しそうじゃなかった。
それでもいちおうは受け取ってくれて、焼きたてのそれを、はむっとひと口。
……パリッ!
とした音が、こっちまで聞こえてきて、わたしもたまらなくなる。
「どう、おいしい?」
わたしは次のクレープを焼きながら尋ねてみた。
しかし、グランちゃんは答えてくれない。
さっきまでの乗り気のなさは何だったのかと思えるほどに、もくもくと。
それどころか口いっぱいに頬張って、欲張りなハムスターみたいになっちゃってる。
ごくんっ、と飲み込んだあとの、彼女の第一声は、
「……どうして?」
不思議そうだった。
口のまわりはチョコでベトベトなのに、拭いもせずに空っぽになった両手を見つめている。
「もしかして、あんまりおいしくなかった?」
すると彼女はゆっくりと顔をあげ、
「どうして……どうして卵を使っていないのに、こんなにおいしいの? 卵を使っていない焼き菓子なんて、食べられたものではないというのに」
「ああ、なんだ、そんなことか。卵がないとたしかにパサパサになっちゃうよね。だから生地が薄いクレープにしてみたんだ。むしろ薄焼きクレープの場合は、卵を入れない方が、生地がパリッとした感じになっておいしいんだよ」
「卵のないほうが、おいしい……」
「うん、だからわたし、ククちゃんが卵を産めなくても、ぜんぜん残念だとは思わないよ! ククちゃんには、他にもいっぱいいい所があるし! ねっ、ククちゃん!」
できたてのクレープをククちゃんに差し出すと、ククちゃんはクチバシで器用につついて、もりもり食べてくれた。
そして、わたしのお菓子で元気を取り戻したのか、
「コケェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーッ!」
例の『太陽のポーズ』を取って、あったかい光をくれた。
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