その涙さえ命の色

八重垣ケイシ

その涙さえ命の色◇ハンティング





「ジェイン、おいで……」


 ママがいる。目の前にママが。いやこんなところにママがいる訳が無い。ママはもういない。俺のママは……、


「ジェイン、どうしたの? またいじめられたの?」


 優しいママ。そんな、だってママは。俺が、俺の手で、俺がママを、ママ……


「怖い夢でも見たの? おいで、ジェイン、ママのところへ」


 ママ、夢? そうだよママ。酷い夢を見たんだ。俺がママを殺すだなんて。そんな怖くて、どうしようも無い夢を、俺は。

 あぁ、ママ、俺はもう疲れたんだ。ママのところへ行きたい。

 手を開いて俺を迎えるママ。ママ、生きていたんだ。

 ママのところへ。

 

 一歩、足を踏み出したときに轟音が鳴る。ママの頭が爆ぜる。ママの頭が砕けたカボチャみたいに。ママが、


「ギャアアアアア!」


 景色が戻る。火薬の匂い。ここは、俺とママの住んでた家じゃない? ここは? 右を向けば銃を構えた女がいる。聖別された銀の弾丸を放つ、対アウターライフ用のホーリーマグナム。

 その銃を構える女は、あぁ、先輩だ。


「ミザせんぱ、」


 俺が言い切る前に、ミザ先輩がチ、と舌打ちして、銃を持ってない方の手で俺の顎を下から殴り上げる。一瞬目の前が暗くなって、脳天にまで響く痛み。呆気なく俺の身体が地面に倒れる。……いてえ。


「バァカか? ジェイン、このビギナーが」


 間抜けに呆れた声音。ミザ先輩がタバコを加えて、オイルライターで火をつける。床に倒れた頭の無い女の死体を見て、ぷうと紫煙を吐く。先輩が撃ち殺した相手、あれは、ママの姿をした、アウター?


「ヴァンパイアの催眠にあっさりかかって、クソアウターにママー、ママー、って近づいて、ガキかお前」


 催眠、ヴァンパイアの催眠? あのママは、アウターライフ、ヴァンパイアの仕掛けた幻覚だったのか?


「ヴァンパイアは血液に障るアウターだ。血から辿って記憶を読む。それでトラウマに障ってメンタルにかじりつく。呆けてんじゃねえぞ、ビギナージェイン」


「ミザ先輩、おれは血なんて、ケガもしてなくて」


「歳経たヴァンパイアは血ぃ以外にも体液から読み障ってくんだよ。ヴァンパイア相手にゃ、小便も涙も漏らしてんじゃねえ。おら、いつまで座ってる? さっさと立て泣き虫ジェイン」

 

 ミザ先輩に背中を蹴られて、立って両手で俺のホーリーマグナムを確認する。まだ一発も弾を撃ってない俺のホーリーマグナム。

 涙? あのヴァンパイア、いつのまに? 俺の記憶を読んでママの姿の幻覚を? くそ、俺の記憶に障りやがって。

 ミザ先輩が俺の顔にタバコの煙をぷうと吐く。


「だいたいだなジェイン。お前が恨みを持ってたところで、アウター狩りができるほど、てめえはナッツじゃねえだろがよ。いいか? てめえの親も兄弟も笑いながら頭吹き飛ばしてぶっ殺せるナッツじゃなけりゃ、アウタービートはやれねえんだよ」


 ミザ先輩はタバコをくわえたまま、頭の無くなったヴァンパイアの身体を蹴り飛ばす。ゴロリと転がる首無しのヴァンパイア。動かない。死んでいる。


「はん、カルマが軽い、あと二体は近くにいるな。おら腑抜けてんじゃねえぞビギナージェイン。せめて囮くらいには役に立ちやがれ」


「ハイ、ミザ先輩」


 そう、俺はアウターを殺すと決めた。俺にママを殺させたアウターをこの手で殺す。殺してやる。そのためにアウタービートに、ミザ先輩に。


「いいかあ? 泣き虫ジェイン、一個だけ教えてやる。一個だけ。人外を殺せるのは人で無しだ。涙飲まれて頭の中見られても、それがどうしたと笑いながら殺したり殺されたりできなきゃ、アウタービートはやってけねえんだよ」



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その涙さえ命の色 八重垣ケイシ @NOMAR

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