最終話 Standing in the Shadows of Destroyer Girl

 深い闇から浮上するように意識が戻ったイソナは辺りを見回した。暫く眺めていたが結論を出す。


「ここは、巻き込まれ勇者召喚されたときの中継地点だな」


 どこかの国際空港の入国ゲートによく似た雰囲気の場所である。


「あのゲートを潜れば良いのだな」


 私はゲートを潜って先に進んだ。ゲートの先は入国審査カウンターに似たものがあって係官らしき女性が制服を着た姿で待っていた。


「おかえりなさいませ。山本イソナさん」

「ただいま? えっと、次元管理官さんでしたっけ? これで元の世界には戻れるのかな?」

「はい、大丈夫ですよ。それではバイオロジカル・パスポートを拝見しますので、このプレートに手をおいてください」


 狩猟ハンター組合にあったのとそっくりなプレートだ。手を乗せると身体から力が抜けていくような感覚が終わると次元管理官の手元には海外旅行時によく見るパスポートが現れた。


「そういえば、そのバイオロジカル・パスポート? は、狩猟ハンター組合でも使いましたよ」


 パスポートをチェックしていた次元管理官はおもてを上げると答えた。


「ああ、あの世界には勇者スキルなどを導入するために技術供与しているのですよ。ブラックボックスで提供しているので人工遺物アーティファクト的な扱いになっているようですけれどね」

「技術供与って……。直接手渡したりしているのですか?」

「あー、それはですね神託みたいな感じでやっているのですよ。そのほうが現地の受けが良いもので」

「はぁ……」


 暫く次元管理官はパスポートを捲りながらチェックしてはスタンプを押していく。

「チェック終わりました。ではスキルを回収しますね〜」

「スキルも回収するのですか……」

「もちろん回収しますよ。あのスキルは異世界で生き抜くために貸与したものでして、決して元の世界にあって良いものでは有りませんから。それに異世界のことわりを持ち込むことをアースマインドが許さないので、持ったままだと元の世界から弾き出されますよ」

「弾き出されるとどうなるのです?」

「世界と世界の狭間の暗くて寒い虚無の空間を永遠に彷徨さまようことになります」

「つっ、謹んでお返しいたします!」


 次元係官が何かを操作すると私の体が一瞬だけ輝き、大きな力が抜けていく感じがした。


「これでもと・・に戻ったのかな?」


 暫くこちらを見ていた次元管理官は言い難そうに切り出した。


「……あの……、大変言い難いのですが……。イソナさんは男性でしたよね?」

「何を言うのですか。もちろん男性ですよ!」

「イソナさん……。その……女性のままですよ?」

「そんなバカな」

 わははと笑いながら自分の体を眺めてみるが、特に変わったことはない。見慣れた細い手足に大きな胸・・・・


 ……大事なことなので、もう一度言おう……「見慣れた細い手足に大きな胸」……。


「……なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! かっ、鏡はあります!?」

「おっ、落ち着いてくださいイソナさん。はいどうぞ」


 次元管理官から奪い取るように鏡を受け取って鏡を覗く……。


「女のままだ……」

 今となっては見慣れた女子大生ぐらいのキュートな美人顔だ。自分で言うのも何だが、実に愛らしい顔立ちだ。


 次元管理官は暫くパスポートをチェックしていたが合点がいったようで面を上げた。


「イソナさん。ここ最近はずっとスキルを使って女性のままでしたよね?」

「はぁ、そういえば駆逐艦の建造やら、身を守るのにスキルを使ったほうが便利なので、ずっと女性でいましたよ」

「それですよ! バイオロジカル・パスポートにも「生理」有りと出ていますよ!」


 生理!? そう言われてみるとパンツに血が付いたことあったような……。あれが世にいう生理か!? 特に重くもなく忙しくて、すっかり忘れてた!


「あー、そういえば血が出たけれど、アレが生理か……」

「その生理がトリガーとなって女性の体が定着してしまったんですよ! 今はデフォルトが女性の体です! 心も身体も女性だと認識してしまったんですよ!」


 なっ、なんだってー!! そんなこと知らんかったよ!!

 確かに最近は女性であることに対して違和感すら無かったが……。


「そそそそ、そうするとどうなってしまうのですか……。元に戻っても何時の間にか性転換したの? て、周囲から気味悪がられたりして……?」

「えーと、それは大丈夫ですね……。すでにアースマインドアーカイブに完全に上書きされていますので、元の世界に戻っても最初から女性だったという認識になりますよ!」

「アースマインドなんちゃらと言うのが良くわからないですけれど……。それは、便利ていうか……、良くはないのですが……。年齢も二〇歳ぐらいは違うのですけれど、その辺りはどうなります?」

「それも問題ないですね。男性だったイソナさんの歴史は完全に女性としてのイソナさんに上書きされるので男性イソナさんは元から無かったことになります」


 オーマイガー! 完全におっさんであった私は終わったようだ……。


「て、言うことは本当にもう男には戻れないのですか……。そうすると今までやっていた仕事とか職場はどうなります?」

「えーと、それは最初から居なかったことになりますね。アースマインドアーカイブを検索してみた結果、女子大生を現在やっていることになるようです」

「大学生から人生やり直しですか……。生きて帰れるだけでも良しとしなくてはならないようですね……」

「そうですよ、諦めが肝心ですよ!」

「他人事だと思って……。でもなぁ、おっさんの意識のまま女性をやるのは色々面倒なことが起こりそうです」


 次元管理官はにっこり微笑むと、こう答えた。


「アースマインドの復元力で元の世界に戻った時点で男性だった記憶も異世界での体験の記憶もすべて上書きされて消滅するので大丈夫すよ!」


「えーと……。それ、知りたくなかったな……」


 どうやらおっさんの意識を持ったまま女子大生に性転換して、おっさん知識で無双するとかの新たな物語は始まらないようである。


「さて、すべての手続は終わりましたので、あちらのゲートからお帰りください」

「色々とあったが行くしか無いようだ……。ではさようなら、次元管理官さん」

「イソナさんの新しい人生に祝福を!」


 特大の次元管理官の笑顔を殴りたくなるが……。他に行くあてもないので私は大人しくゲートを潜って元の世界に戻っていった。



…………



 私の名前は山本イソナ。何処にでもいるような二〇代の平均的な普通の女子大生だ。勉学に邁進し、今のところ彼氏はいないけれど大学生活を毎日楽しく過ごしている。


 イソナと言う名前は初めて会う人には珍しいねと言われるが私の祖父が元海上自衛官であり、山本五十六やまもといそろくという昔の偉い軍人さんの名前から拝借して五十七と書いてイソナと付けられたのだが由来はともかくイソナの響きは気に入っている。


 今は暑い日差しの中、汗水垂らしながらの大学へと向かう途上である。制汗スプレーも効いている様子がないのが困る。あとで化粧も直さないといけない。頭上の空は雲ひとつない晴天で遠くに入道雲が見えるぐらいだ。アスファルトは太陽熱によって熱せられて陽炎を生み出している。


 ここは東京都内のとある大通りを一歩入った住宅街。過密な戸建てが大通りを通過する自動車が撒き散らす騒音を吸収して蝉の鳴き声以外は静かである。


 どこかのカフェにでも入ってフラペチーノでも飲みながら休憩したいものだと思いながら歩いていると向こうから今まさに青春を謳歌しているような男子高校生三人組がやってくる。


 男子高校生らしく蝉の声に負けずと劣らず馬鹿話で盛り上がっているようだ。そんな三人組とすれ違った時に既視感を感じた。ほんの一瞬だが男子高校生三人組と目が合ったが何事もなくすれ違った。何だったんだろう? あの感覚は……。そんな事より早くカフェにでも入らないと体が溶けそうだ。



…………



 大学を卒業した後は祖父の影響とその時起きていた戦争のニュースを見た事もあって海上自衛隊に入った。海上自衛隊での厳しい訓練を経て新鋭護衛艦〈ひえい〉の艦長になることが出来た。


 今は艦橋にて指揮をとっている所だ。ただ艦長席に座っていると時折懐かしい気分になるのは、根っからの船乗りの血筋なんだろうか?


「艦長。どうかなされましたか?」

「いや、なに船乗りの血筋が私にも流れているのだと再確認したところだよ、副長」


 副長を見やるとクリっとした目が猫に見えてしまうのは私が猫好きだからなんだろうか?


「艦長。出港準備完了しました」


 私は帽子を被り直して宣言をする。


「〈ひえい〉出港!」





【完】



…………



(補足設定)

護衛艦〈ひえい〉は〈まや〉型の後継DDG護衛艦。ズムウォルト改型を参考にして量産とコストを重視した設計になっている新鋭ミサイル護衛艦。兵装はAGS 155mm砲二門からAGSライトの一門となり、撤去された砲の跡地はVLSとなっている。ズムウォルトでは無かった塔状マストも復活している。※架空の設定です。

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おっさん、異世界転性してデストロイヤーガールになる!? 椎乃律歌 @shiino_rikka

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