氷長石の遠距離恋愛
陸 なるみ
氷長石の遠距離恋愛
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
彼の国では。
私の指にその石を飾り彼は去った。
そのせいで、私は今も独りだ。
この国ではその石には
御守りならそれでよかった。
だが石は彼以外の異性をも「よこしま」と見做した。
手を繋ぐとびりりとするらしい。
指輪を抜こうにも太くなった関節がそれを許さない。
いつのまにか節くれだった指は彼でさえ目を背けるだろう。
手を繋ごうとする男もいなくなった。
誰も気に止めない、路傍の水溜まりのような女だ。
ある満月の夜、私は意を決して森へ向かった。
細々と熱を保つ自分の身体を、石と同じ温度にしてしまうために。
もう二度と愛されることのない肌を葬るために。
森には月を映す湖があったから。
樅の木に囲まれたその湖は平たく丸い。
夏でも身を切るように冷たいらしい。
もういいのだ、弟妹は街に出て暮らす。
両親は氷のアルプスに見守られ
彼は故郷のお伽噺をよく語った。
「湖と月は恋をしているんだ、遠く離れていてもね」と。
「月は湖を照らし湖は月を映す」
「月光は波動になり湖は波打つ」
彼の口調を声に出して真似てみた。
「見つめ合ったまま境目がなくなるまで愛し合うのさ」
そして一歩一歩岸を離れる。
みすぼらしい服は濡れそぼり私にはお似合いだ。
湖の真ん中に立つと上下から照らされた。
月の光は飛び散り増幅して私を包む。
さざ波が足の間をひっきりなしに行き交う。
冷たい水は思ったより浅く腹に届かない。
「やだ、これでは逆に身体が火照る」
右手で左手を支え薬指の石に唇を合わせる。
下半身に響く震えに
「あなた……」
昔教えてもらった陶酔が走った気がした。
思い余って唇から声が漏れる。
指輪にキスがしていられない。
仰け反ると風が髪を巻き上げた。
「やっとだね」
懐かしい声が響いた。
「どれ程辛抱したか、褒めて欲しいよ」
「上がっておいで、僕の高みに」
私はもう身体と水の境目がわからなくなっていた。
水と光の境界も。
そこに満ちた思いの全ても。
濡れて重くなったはずの服はかき消えていた。
「天上の国へようこそ」
「アデュラリアン・ムーンストーンの花嫁さん」
私は指輪ひとつだけの装いで彼に抱かれていた。
「君の国ですべきことは全うできたね」
「これからは僕のために生きて」
私は彼の素肌にしがみつくことで答えとした。
氷長石の遠距離恋愛 陸 なるみ @narumioka
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