第47話

 その後、SO WHAT はキャメルのボストンをほのめかし、断続的にバイオテロを引き起こしたがいずれも成功には至っていない。

 当然だろう。もとより風評被害を狙いとした計画であり、そのからくりを暴かれジェット・ブラックさえ逮捕された今、 それら波状攻撃に意味はなかった。

 およそ三カ月、キャメルのボストンバックだけがあまた回収され、仕込まれたそれらもついに底を尽きたなら SO WHAT を名乗るテロ行為そのものもなりを潜めている。

 確か百合草は何度か口にしていたはずだ。予防、先制、被害管理。これが対テロ対策の根幹であるなら、少し暇を持て余したオフィスは近頃 SO WHAT 予備軍をネット上から監視することに専念している。

 そんなオフィスへ百々が出入りしていたのは海から吊り上げられたあと、万が一を考慮したウィルス感染の確認、一週間のスクリーニングを経て帰国してからの二か月余りだった。そのほとんどは本件の報告書作成に費やされることとなっている。

 そこに幾度となく登場するジェットの素性については、まだ底が知れていないというのが実際だろう。むしろ彼自身、名前を持っていないかのように、そう、その外見のようにいまだ真っ白いままだった。

 ミッキー・ラドクリフ、本名は通訳をしていた時のキャメロン・ラドクリフだが、彼女はあの後、ハナの監査が入ったアビジャン空港で出国間際に確保されている。彼女も「スカンジナビア イーグルス」のリーダー、マイニオのように足を洗いたいと申し出、 最後の仕事とウィルスの奪取を課せられたようだった。だがそれが罪の言い訳になることこそない。

 そうそう、おかげで少しばかりズレ込んだが、それら雑務が終わった後の打ち上げは、そらすごい会として今でも百々の記憶に残っている。

 ハートが言うには二度目となる百々の退職祝いも兼ねている、とのことだったが甚だ怪しい飲んだくれの会だった。

 何しろ理屈の通る会話が成り立っていたのは初めだけで、気づけばハートは子供の写真を見せて回り、傍らで彼氏が出来ないのは職場のせいだとハナがひたすら毒を吐き続け、ストラヴィンスキーは空いたボトルでジャグリングを開始。やんや、やんやと盛り上がっているはずが、乙部は途中でどこかへ消え、レフはいくら飲んでもシラフのままが不気味ときていた。のまれて百々も勢い任せに一曲、歌など歌ったように覚えている。

 そんな面子のために借り切ったという小料理屋は、果たして総額いくらだったのか。もちろん百合草が領収書をもらっていた気配はない。

 それから三カ月ほどが経った頃だろうか。一件の影響でワクチン開発に拍車はかかり、任期繰り上げとなったバービーが予定より早く日本を訪れていた。

 百々が知っているのはオフィスから離れても時折、レフが映画を観に「20世紀CINEMA」を利用していたせいで、その頻度は売り上げに貢献するようなものではなかったが、田所の誤解を解くに多大な成果を上げている。「小熊のチェブ」で話が盛り上がってからというものふたりは、百々もついて行けぬほどマニアな映画話に花を咲かせるオタク仲間となっていた。

 そんなある日、レフはバービーと「20世紀CINEMA」を訪れ、しがないニューヨークの刑事がテロ事件に巻き込まれて大活躍するというアクションものを見て帰っている。だがレフなら退屈するだろうそれを観るために「20世紀CINEMA」へ足を運んだわけではないことくらい、百々も察することはできていた。おかげでろくすっぽ話す機会のなかったバービーと、百々は初めてゆっくり顔を合わせることとなっている。

 やっぱり美人だ。一部始終は思わざるを得ない笑みと物腰の連続だった。

 そんな二人が、いつおばあちゃんの墓参りへ行ったのかまでは知らない。


 それからおよそ半年。

 百々は鳴らされるクラクションの音に鏡の前から振り返る。駆け寄った部屋の窓から見下ろせば、軽自動車から降りる田所は見えていた。

 そういえばこれも言っておかなければならない変化のひとつだろう。百々が日本に到着すれば迎えに来てくれた田所は、なぜかしら空手なんぞを始めていた。おかげで当日の筋肉痛は絶好調。感動の再会というよりも再会は不可解を極め、またもや肝心要はお預けとなっている。

 そのうえ自動車免許も取ると言い出し、ついには先月、映写技術を認められ、契約という冠がつくものの 「20世紀CINEMA」の社員にまでなっていた。急に何がどうしたのかはよくわからない。だが近頃、何かと百々にとって頼もしいのが田所だった。

 だからだろうか。ダークカラーのスーツも、きっちり結ばれた白タイも、妙に似合って見えてならない。百々は手を振り、部屋を飛び出す。玄関口の鏡でピンクのワンピースをもう一度、チェックし、シルバーのパンプスへ足を通した。

「お待たせ」

「おーっし、行くか」

「うん」

 潜り込んだ車内でそろってシートベルトを体へ巻き付ける。

「一応、地図見てきたけど、ナビ頼むな」

「りょ、かい。任せてよ。道のないところだってばっちり案内しちゃうから」

 その通り。西へ東へ、海へ空へだ。

「つか、道のない所ってそれ、迷ってね?」

「あは、か、かも?」

 調子に乗ってツッコまれたりも、いつもと変わらない。だからして気にとめることなくハンドルへ手を添え田所も、サイドミラーをのぞきこんでいた。

「けど、なんで神社なわけ?」

 おもむろに口をアヒルと尖らせる。

 そんな軽の後方から現れた配送会社のトラックは、先に行かせるべき大きさだろう。

「いいじゃん。レフ、日本人のおばあちゃん子だからさ、こだわりがあるんだよ」

 百々はスカートのシワをのばして座りなおす。

「二人とも外国人じゃね?」

「向こうでもするんだって。だから、こっちはこっちなんだよ」

「ハデだよな。芸能人じゃない、っつうの。たいがい結婚式っていえば」

 そんな田所の挙げ連ねるイメージは、こうだ。

「ウエディングドレスに、指輪の交換に、誓いの……」

 そこで言葉は切れていた。トラックは路肩に止まる軽自動車を追い抜き、中で二人は顔を見合わせる。

 それだ。

 心の中で声はハモり、うなずくが早いか、よこしまと笑みを浮かべていった。

「姑息だよ、レフ」

 熊の急所など百々にはもうお見通しなのである。

「見るまで帰らないっつうの」

 言ってギアを入れ替えた田所がアクセルを踏み込んだ。

 季節は巡り巡ると、また次の夏を迎えようとしている。空はこの目出度き日に華を添え、抜けるような青さで二人の頭上に広がっていた。

 その空の下、果たして職場の面々を前に二人の煽ったテロ行為まがいのキスコールへレフが応じたのかどうかは、永遠の謎だ。

 そしてそもそも、この二人が記憶に残るそれを交わしたのかどうかも……、秘密のままが良いに決まっている。



『SO WHAT?!  2nd.season』 完

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SO WHAT?! 2nd.season N.river @nriver2

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