第4話

 武器を手に、山奥へと走る。


 ……本当は、分かっているのだ。

 自分には才能がないことも。

 アリアは何も悪くないことも。


 今の行動は、自分のコンプレックスが生んだ、意味のない行為であることも。


「そういえば、気遣われたってことは……俺が大して強くないことを、アリアは知っていたってことだよな?」


 ふと浮かんだ疑問を打ち消すように、何かがぶつかる音。


「この音は……!」


 視線の先にいるのは、マウンテンブラッディボア。アリアが昨日仕留めた魔物。

 こちらへ一直線にやってきて、木にぶつかったようだ。さっきの低い音は、あの大木を体当たりで揺らした音か……!


 ……だめだ。自分の実力ではあいつには勝てない。

 自分に才能がないことは、嫌というほど分かっている。


 目の前の巨大な猪は、ゆっくりと木を避けると、こちらに狙いを定める。

 避けられなかったら、終わりだ。


 覚悟を決めたとき——。


「——ラルフ!」


 聞きたかった声が、山に響く。

 目の前の猪が視線を向けると、そこには木々を縫うように飛び跳ねるアリアの姿があった。


 アリアは手に持っていた剣に魔法を纏わせると、猪の真上より落下して、なんと首を一刀両断した。

 強い。

 こんな……英雄、みたいな力を、アリアは持っていたのか……。


 一瞬で危機が去った安堵とともに、アリアと目が合って気まずい雰囲気が流れる。


「……」

「……」


 お互い、何か言葉を探すように無言で口を動かす。

 沈黙を破ったのは、アリアだった。


「ラルフは、私の憧れだったの」


 何を言い出すのかと思ったら、予想外のことを言われた。

 憧れ? アリアが、俺に?


 アリアは鞄の中から、帽子を取り出して被る。

 ……結構大きく穴が開いているな。


「がんばったけど、結局憧れには全く届かなくて。だから私は、この帽子をラルフに縫ってほしくて、やってきたんだよ」

「……帽子なら、そういう修繕専門の人がいるだろう?」

「私は、ラルフに縫ってほしいの」


 それから俺は、彼女の話を聞いた。


 アリアから見た俺の過去。

 彼女自身の過去。

 そして、今のギルドの状況。


「……私の中で、英雄はラルフだけなの」

「英雄っていうのは、アリアみたいな……そう、君みたいに強い人に言うものだよ」

「違う。自分の失敗に気づかない先輩も、不祥事の責任逃れをするギルマスも、強いけど英雄じゃない。今のギルドは、誰かに必要とされる本当の英雄がいないの。だから私は、ギルド全員を見限って、ラルフに会いに来た」


 そこまで聞いて、ようやく全てを理解した。




 ああ……この子は。

 この子だけは、俺を見てくれていたのか……。




 俺は無言で、アリアの帽子を手に取る。


「ラルフ。私……ラルフの家にいても……いい、かな」

「いいよ」

「……ほ、ホントに……?」

「本気にしていいよ」


 何故そっちが恐る恐る言うんだろうと苦笑しながら、初日のように伝えた。ようやく自然な表情が出来た気がする。

 当のアリアは、答えた途端に泣き出してしまって焦ったけど。


 家に戻って修繕した帽子をアリアに被せて、確かにこんな子がいたな、と思い出しながらキッチンへと向かう。

 アリアの捕ってきた肉で料理をしながら窓の外を見ると、秋の花のつぼみがようやくひとつ開いていた。


 秋はまだ、始まったばかり。

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とある山奥で出会った二人の目に映るものは まさみティー @MasamiT

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