第5話 合格発表

 彼女と同じ大学に合格するため、学校、食事、風呂、トイレ、睡眠以外の時間は全て勉強に費やした。

 睡眠時間も6時間寝ていたところを4時間に削った。

 年の暮れも正月も全く家を出ずに机にかじりついた。

 両親もさすがに心配になったのか休むことも大事だと言い出して、外へ連れ出そうとしたが、僕は頑として机の前から動かなかった。

 彼女の成績から考えれば、合格することはほぼ間違いない。僕もなんとしても合格しないといけない。

 彼女にどんな風に思われようとも。


 受験の日が来た。

 僕は彼女の名前を書いた消しゴムともう一つ何も書いていない新しい消しゴムの二つを持っていく。高校受験の時もそうした。

 試験の時、机の上に出すのは、新しい消しゴムだ。下手に彼女の名前を書いた消しゴムを机の上に置いていたら、カンニングと間違われる恐れがある。

 彼女の名前を書いた消しゴムはお守り代わりにカバンの中に入れておく。

 彼女の名前を書いた消しゴムを持っていったおかげで、無理だと言われた高校だって合格することができたんだ。どんなお守りよりもこちらの方が効きそうな気がする。


 試験官の「始めてください」という言葉で試験が始まった。

 いよいよ勝負だ。

 一つ深呼吸をして問題に取り掛かる。順調に試験は進んでいった。最後の科目が終わったとき僕は大きく深呼吸をした。

 やり切った感はある。手応えもあった。

 だが、どうなるかは発表を見てみないと分からない。

 僕は受験会場をあとにした。

 駅へ向かう途中で、かなり前を歩いている彼女の後ろ姿が見えた。

 7年間彼女の後ろ姿をずっと追い続けてきた僕だから間違えるはずがない。やはり彼女はこの大学を受験していたんだ。

 彼女に追いつかないようにゆっくりと歩いた。


 合格発表の日。

 僕は自分の目で確かめたかったので、合格発表を見に大学へ向かった。ブルゾンの右のポケットにあの消しゴムを入れて行く。

 大学に着くと、もうすでに合格発表が行なわれているようで、掲示板の前には人だかりができていた。

 僕は背が低いので人の後ろからでは見えない。なるべく前に行こうと思って、「すみません、すみません」と言いながら、人をかき分けて前へ進む。

 ようやく見える位置まで進み、受験票を取り出して番号を見ようとすると、後ろから肩を叩かれた。


 彼女が立っていた。

「ここ受けてたの?」

 彼女が僕を見つめている。

「いや、僕は、その……」

 なんて言おう。高校も同じところを受け、大学もまるで彼女の後を追いかけるように同じところを受けるなんてストーカーと思われるのではないだろうか。

 冷静に考えれば、同じ中学に通った者が同じ高校、同じ大学を受験する可能性なんていくらでもある。そんなことでストーカーとは普通は思わないだろう。

 だが、すっかり舞い上がってしまった僕にはそんなことは考えもつかなかった。


「友だちが受けたから、ついてきただけなんだ。あいつどこに行ったんだろう」

 僕は友だちを探すフリをしてキョロキョロ周りを見回した。

「自分の癖を知っている?」

 彼女が苦笑いを浮かべている。

「癖?」

 僕にどんな癖があるというのだろう。

「嘘を言うときにまばたきがすごく多くなるのよ」

「瞬きが?」

 今までそんなことに気がつかなかった。


「小学生のときに置き傘があるって言って、傘を貸してくれた時も盛んに瞬きをしていたわ。あのとき、自分の部屋の窓から見たの。傘を貸してくれた男の子と同じ色の服とズボンと靴の子が、傘をささずにずぶ濡れになって走っているのを。それから観察していると、友だちや先生に嘘をついているときには、必ず瞬きが多くなることに気づいたの」

 それで僕の嘘は両親にすぐバレるのか。僕の癖に気付いてたんだ。

「クラスメイトの女の子を好きかって友だちに聞かれて頷いていたときも、私のことを好きかと聞いたときに首を横に振ったときも……そして今も盛んに瞬きをしていたわ」

 彼女はそんなに僕を見ていたのか。


「受験票を見せて」

 彼女は僕の受験票を覗き込んでから掲示板を見た。僕も掲示板を見る。

「あった」

 彼女の呟きが聞こえた。彼女はどうやら合格したようだ。

 僕は自分の番号を探す。


 あった。

「合格だ」

 僕はガッツポーズをする。

「よかったわね。これで同点ね」

 彼女が微笑んだ。

「同点?」

 彼女の言う意味が分からない。


「一方だけが合格したなら、合格した人の勝ち。二人とも合格したなら引き分け。だから同点でしょ」

 そうか。入学試験もテストだよな。説明を聞いてようやく彼女の言っている意味が分かった。

 そして、僕が彼女に言うべき言葉も。

「僕と付き合ってください」

「はい」

 彼女が僕の両手を取った。

 彼女が手を離すと、僕は左手で彼女の右手をしっかりと握って大学の門を出た。


 僕は右手でブルゾンのポケットの中に入れた消しゴムを握りしめた。





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消しゴムのおまじない 青山 忠義 @josef

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