第4話 勝負

 天国に登った僕だが、次の彼女の一言で一気に地獄に突き落とされた。

「私にテストで勝ったらね」

 僕はガックリときた。

 彼女に勝てるはずがない。彼女は高校3年の1学期の中間テストまで、ずっと学年10番以内に入っていた。何度か学年トップも取っている。

 背伸びをして受験して奇跡的に合格した赤点ギリギリの低空飛行の僕では勝負になるはずがない。

 きっと彼女は僕をからかって喜んでいるんだ。好きでもないのに気のある振りをしてもてあそんでいるんだ。

 誰がそんな言葉を真に受けるか。

 勝負なんかするもんか。


「じゃあね」

 彼女はそれだけ言うと帰っていった。

 なんて子だ。人の心を弄んで、悪魔だ。

 そんな子だとは思わなかった。

 僕は家に帰ると、すぐに勉強を始めた。

 高校受験のときと同じように必死に勉強した。宿題以外にも予習復習を毎日するようになった。


 そして、1学期の期末テストを迎えた。いつものテストよりは上出来だと思った。

 彼女はテストが返ってくるたびに僕の点数を聞いて、自分の点数を教えてくれる。

 結果は大惨敗だった。

「私に勝つのは無理そうね。同点でもいいわよ。まあ次は頑張ってね」

 彼女は僕を馬鹿にするような顔で言った。

 同点でもいいのかと一瞬喜びかけたが、よく考えれば、勝つのと同点では1点しか変わらないじゃないか。

 僕と彼女の差は1点ぐらいじゃどうにもならない差だ。

 やっぱり彼女はからかっているんだ。

 やってられるか。

 もうこんな勝負やめてやる。

 僕は夏休み一歩も家を出ずに、勉強した。生まれてから今まで夏休みにどこにもいかずにずっと勉強なんてしたことがなかった。とにかく遊びにもいかずに勉強した。


 2学期の中間テストの結果は「大」は取れたが、惨敗だった。

 席は離れたが、前のテストの時のように彼女は僕の点数を聞き、自分の点数を言った。

 まだ勉強が足りないのだろうか。もっと勉強しないといけない。

「差は縮まってきたわね。頑張ってね」

 彼女は半笑いを浮かべ、心にもないことを言う。きっと陰では僕のことを笑っているんだ。馬鹿な奴だと思っているんだ。

 こうなったら意地だ。

 僕は学校から帰ったら一歩も出ずに勉強した。友だちからの誘いを全部断った。友だちなんかなくしてもいい。彼女に勝てるなら友達なんかいらない。

 土曜も日曜もなく勉強した。

 今まで勉強しろ、勉強しろと言っていた両親が何も言わなくなった。


 2学期の期末テスト。今度は十分に手応えがあった。

 今度こそという気持ちもあったが、彼女と点数を比べているうちにだんだん落ち込んでいった。

 僕は生まれて初めて学年10位になった。

 だが、彼女は学年トップだった。

 これだけ勉強しても勝てないのか。同点すら無理なのか。

「残念だったわね」

 彼女の顔がなんとなく悲しそうに見えた。

 たぶん、気のせいだろう。彼女がそんなことを思うはずはない。これで僕と付き合わなくていいんだからホッとしているはずだ。きっと嬉し涙がこぼれそうになっていたんだ。

 僕の通っている高校では、3年生は受験があるので学年末テストはない。

 つまり、2学期の期末テストが高校最後の定期テストだった。

 これで終わりだ。

 でも、僕は彼女に弄ばれたままで終わりなんていうことは許せなかった。


 僕はもう一度彼女の言った言葉を思い返した。

 彼女は『テストで勝ったら』と言ったはずだ。『高校のテストで』とは言っていない。

 大学にもテストがあるはずだ。そこで僕が勝てば、彼女は僕と付き合わなくてはいけなくなる。

 勝って『付き合ってあげてもいいわよ』ではなく、『付き合ってください』と言わせてやる。

 僕を見下したような言い方をした彼女を見返してやるんだ。


 親戚の大学生のお兄さんに聞いたところ、テストの点は教えてもらえず、大学の先生が判定した「優、良、可」という形で成績が決まるそうだ。「優」が多い方が成績がいいということになるらしい。

 成績はテストの結果を反映しているはずなので、僕の方が「優」が多ければ、僕の勝ちということになるはずだ。

 しかし、大学が違えば判定の基準が異なるだろうし、学部によっても異なるだろう。それでは勝負にならない。

 僕はなんとしても彼女と同じ大学の同じ学部に行かないといけない。


 僕は彼女がどこの大学の何学部を受けるのか密かに探った。彼女と友達の会話に聞き耳をたてたり、クラスの情報通にそれとなく聞いたりして情報を集め、どこを受けるかを調べた。

 どうやら彼女は私立の最難関大学の文学部を受けるらしい。

 僕もそこを受験することに決めた。

 その大学の合格圏内まで偏差値でまだ10足らない。

 もっと勉強しなければいけない。


 まず、消しゴムを使い切ったので、消しゴムに彼女の名前を書く。

 小学校5年生の時から数えたら、もう何十個目かもわからなくなったおまじないの消しゴムだ。

 僕は消しゴムのおまじないを信じている。いや、信じたいと思っている。

 そうだ。小学校5年生のときからずっと信じている。そんなものを信じるなんて馬鹿だって言うなら、罵ればいい。

 そうだ、僕は大バカモノだ。


 彼女は初恋の人だ。彼女のことが好き好きでたまらない。

 彼女と同じ大学に行きたい。

 彼女に「好きだ。付き合って欲しい」と言いたい。

 彼女から罵倒され、ストーカーとののしられて、傷ついてもいい。

 そうすれば、彼女のことを諦めることができるだろうから。

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