第3話 バレた

 高校に入って1年と2年のときは、彼女と同じクラスになることはなかった。

 別に、それを残念だとは思わなかった。ただ、中学のときのように遠くで彼女の姿を見られるだけで満足だった。

 何度も言うが、僕は決してストーカーではない。

 ただ、彼女を見られるだけでいいんだ。近づく必要はない。

 女の子は眺めるだけで十分だ。

 それだけなら、罵倒されることも傷つけられることもないのだから。


 3年になって彼女と同じクラスになった。

 それも隣の席。

 彼女はポニーテールに戻っていた。ショートボブも似合っていたが、やはりポニーテールが一番似合う。

 隣の席になっても彼女に話かけるなんてことはとてもできなかったし、彼女から話しかけてくることもなかった。

 ただ、隣に座っていることで、毎日、彼女の横顔を盗み見ることができる。それだけで嬉しかった。

 隣の席になっても一言も喋らないという状態が2か月続いた。


「ねえ、消しゴム貸してくれない?」

 彼女の声が聞こえたが、僕に話しかけてくるわけがないので、何の反応もせず、黒板の文字を必死にノートに写していた。

「ちょっと、消しゴム貸してくれない?」

 繰り返し聞こえる声に思わず彼女の方を向いた。彼女はこちらに顔を向けている。

「消しゴムを忘れちゃったの。貸してくれない?」

 僕は消しゴムが小さくなっていたので、新しい消しゴムも持ってきていた。今日一日だけなら小さい消しゴムだけでも間に合いそうだ。

「消しゴムを2つ持ってきているから今日一日使っていいよ」

 僕は新しい消しゴムを彼女に貸した。

「ありがとう」

 彼女は貸した消しゴムを使ってノートの字を消している。


 その姿を見ていているうちに声をあげそうになった。

 彼女に貸した消しゴムにも名前が書いてあることを思い出した。彼女がそれに気づいたら大変だ。

 取り返そうと思ったが、やめた。

 よく考えたら、貸した消しゴムは新しい。ケースを外さなくても十分使える。彼女は頭がいいからそんなに書き間違わないはずだ。だから、そんなに消しゴムを使わない。使わなければケースを外す必要はない。名前はケースで隠れているから彼女は気づかないはずだ。

 僕はそう結論づけると、安心して消しゴムを彼女に貸したままにした。


 授業が終わって放課後になった。

 彼女は消しゴムを返してくれない。忘れているのだろうか。それとも貰ったつもりにでもなっているのだろうか。

 小5の時に傘を貸したとき、ちゃんと返してくれた。借りたものは返してくれるはずだ。

 もう少し待ってみよう。

 しかし、彼女はカバンに勉強道具を入れてチャックを閉め、帰ろうとする。

「ごめん。貸した消しゴムを返してくれないかな」

 僕は彼女に声をかけた。

 別に消しゴムが惜しかったわけではない。彼女が家に帰って消しゴムのケースを外して見られたら大変だからだ。取り返しておくに限る。


「ああ」と言って彼女はカバンを机の上に置き、チャックを開けて、筆箱を出した。

 消しゴムを取り出すと、今まで見たことのないような意地の悪そうな微笑みを浮かべて僕に差し出した。

「私の名前が書いてあるから自分のものだと勘違いしちゃったわ」

 僕は凍りついて動けなかった。

 バレた。

 まさか彼女が消しゴムのケースを外すとは考えてもいなかった。

 どうしよう。

『その名前は君じゃなくって同姓同名の別人だよ』とか、『その消しゴムは君のものだよ。勘違いして僕が持っていたみたいだ』とか言おうか。

 だが、どれも言い訳にはなりそうにない。

 いっそうのこと、窓から飛び降りて逃げようか。

 たぶん死なないだろう。ここは一階だから。


「私のこと好き?」

 彼女は意地の悪い笑みを浮かべたまま聞いてくる。

 首を縦に振りそうになる。

 ダメだ。

 また罵倒される。

 彼女に罵られたら中学のときのダメージの比ではない。立ち直れないかもしれない。

 必死になんとかしようとしたために、首を縦に振りながら横にも振るという珍妙な動きをしてしまった。


「付き合ってあげてもいいわよ」

 彼女がそう言ったように聞こえた。

 今のは幻聴か。好きだと思う心が聞かせた幻聴か。

「今、なんて言った?」

「付き合ってあげてもいいって言ったのよ」

 僕は天にも登る気持ちになった。

 このあと地獄に落とされるとも知らずに。





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