第2話 誤解
中学では彼女と同じクラスになることはなかった。
僕はいつも遠くから彼女を見つめて満足していた。
だからといって、僕は決してストーカーではない。
彼女の後をつけたり、付きまとったりそんなことはしない。
ただ、学校の中を歩いているときに、彼女の姿が見えないか探して、彼女の姿が見えたら見えなくなるまで、ずっと目で追いかけていただけだ。
彼女の家の前を通るときは、横目で彼女が出てこないか見て通った。
もし、彼女が出てきたら声をかけよう。「おはよう」って言って挨拶をし、話をしながら登校しようと思った。
だが、本当に彼女が出てきたとき、彼女が追いつかないように逃げるように早足で歩いた。一緒に歩いてもなにを話していいかわからないんだから。
体育祭のときも文化祭のときも、彼女が走り、ピアノを弾いているところをいつも見ていた。彼女だけを見ていた。
僕はストーカーではない。
ただ、彼女が好きなだけだ。
3年生の修学旅行のとき、就寝時間前に同じ部屋の奴らが好きな人を言い合うというつまらないことを始めた。
どうやら修学旅行にはつきものらしいが、よくこんなくだらないことをしようと思ったものだ。
だが、僕以外の奴らが次々好きな子の名前を言っているのに僕だけ言わないわけにはいかない。
最後に僕の順番が来た。
彼女の名前を出すわけにはいかない。
当たり障りがないだろうと思って、クラスで一番かわいいと言われる一番人気の子の名前を言っておく。
部屋の奴らはみんな納得したような顔をしていた。
こんな修学旅行の馬鹿話は普通その場限りで終わるはずだった。
修学旅行から帰ってきてしばらく経った昼休みに僕が名前を上げた女の子が目の前に立った。
「あなたみたいな根暗な子大嫌いなんだけど。名前を言われるだけで迷惑だわ。気持ちが悪い」
憎々しげに言い捨てると、サッサとどこかへ歩いて行った。
これにはさすがに凹んだ。
いくら好意をほとんど持っておらず告る気もない子であっても、告ってもいないのに振られるというのはかなり
嘘だと思うなら一回経験すればいい。かなり落ち込むから。
しばらく落ち込んでいたが、傷口がようやく癒えたころ、学校の廊下を友だちと歩いていると、彼女がこちらに歩いてくるのが見えた。
離れていたが、すぐに彼女だとわかった。
しかし、どこかいつもと印象が違う。
少し近づいたとき、どこが違うのか気がついた。
いつものポニーテールではない。髪の毛が短くなってショートボブになっている。ショートボブもよく似合っているが、どうして髪の毛を切ったのだろうか。
誰かに振られたのだろうか。
いやいや、そんなことを言ったらセクハラだ。
それに彼女は人気がある。彼女を振るような男はいない。
女の子だって、たまには髪型を変えてみたいと思って、髪の毛を切りたくなることもあるだろう。あるいは暑いから切ったのかもしれない。
そのときの友だちと喋っていた話題は、僕を罵倒したあのクラスメイトの子のことだった。
「お前あんな奴のこと忘れろ。あんな性格の悪い奴」
「うん」
僕は前から来る彼女のことが気になって彼の言葉は上の空だった。
前から来る彼女と目が合った。
怖いほどものすごい目つきで睨んでくる。
「でも、お前あんな奴のこと本当に好きだったのか?」
今さら違うとも言えない。
「うん」
僕が頷いたとき、ちょうど彼女とすれ違った。なぜか彼女が僕の方を見て、一瞬微笑んだような気がした。
どうして、睨まれたんだ? どうして、そのあと微笑んだんだ?
僕は何かしたのか。そんな記憶がない。大体、小学校5年生のとき以来話をしたこともない。
きっと勘違いだ。彼女が僕を見るはずなんかない。そもそも僕なんか眼中にないだろう。
きっと近くにいた誰かを睨んだんだ。隣にいる友だちか。でも、彼は彼女のことを知らないと言っていた。他に誰かいたかどうかはよく覚えてないが、きっとそうだ。
僕はそう結論づけた。
その後はなるべく彼女の目に触れないように気をつけながら遠くから眺めることで心を慰めていた。
そんなことをしているうちに高校の志望校を考えないといけない時期がきた。
友だちから彼女が県下ナンバーワンの県立高校を狙っているということを聞いて、僕は迷わずその高校を第一志望にした。
担任の先生は渋い顔をして無理だから志望校を変えろと言った。
僕は必死に勉強して、志望校を最終決定する時には、先生が五分五分だというところまでの成績になっていた。
両親も先生も中学浪人をしたら大変だから安全策をとって志望校を下げたほうがいいと言ったが、僕は絶対受けると言った。
最終的に先生も両親も僕の頑固さに折れて、滑り止めで私学を受けるということで受験を許してもらった。
睡眠時間を削って勉強し、第一志望に合格することができた。
僕は合格の喜びを噛みしめながら高校に入学するんだからと、心機一転のために新しい文房具を買い揃えた。
新しく買った鉛筆を一本一本削り、筆箱に入れる。最後に、買ったばかりの消しゴムをケースから出して彼女の名前を書いてからケースにもどした。
もちろん高校生になるんだから、そんなおまじないは迷信だと知っているし、信じているわけではない。
何も期待してないし、彼女が僕を好きにならないということはわかっている。
僕は馬鹿じゃない。
ただの遊びだ。
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