消しゴムのおまじない

青山 忠義

第1話 出会い

 消しゴムに好きな子の名前を書くと両想いになれるというおまじないがある。

 そんなおまじないは幻想だ。そんなもので両想いになれるなら誰も苦労なんかしない。

 僕たち小学生でもそんなことを信じていない。

 そんなことを信じるなんて馬鹿だ。

 でも、なんだか面白そうだから僕は面白半分で消しゴムに同じクラスの子の名前を書てみる。


 その子は小学校5年生のときに転校してきた。

 ポニーテールをして目が大きく笑窪のかわいい女の子だ。勉強もよくでき、明るく、性格もいいので、すぐにクラスの人気者になった。

 根暗で勉強もあまりできず、ちょっと女子が苦手な僕は彼女に話しかけることすらできなかった。

 そんな彼女をいつも憧れの目で見ているだけだった。


 僕が初めて彼女と話をしたのは、朝は晴天で放課後から雨が降り出した日だった。

 帰ろうと思って校舎の出入口に行くと、彼女は困った顔をして立っていた。

「何しているの?」

 思わず僕は尋ねていた。

「傘を持ってくるの忘れたの」

 彼女は泣きそうな顔になった。

 朝出るときに母さんから『今日は雨が降るから傘を持って行きなさい』と言われて、僕は傘を持ってきていた。

 彼女の家は僕の通学路の途中にあるので、いつも彼女の家の前を通っている。

 相合傘で帰ろうか。

 だが、根暗な僕がそんなことができるわけがない。

「僕、教室に置き傘があるから、これ貸してあげるよ」

 僕は持っていた傘を差し出した。

「いいの?」

 彼女は申し訳なさそうな顔をしている。

「置き傘があるから大丈夫だよ」

 彼女に持っていた傘を押し付けて教室に戻るために階段を上った。


 教室に戻ると彼女が僕の傘をさして校門から出て行く姿が見えた。

 僕はゆっくりと階段を降りると出入り口に立つ。

 置き傘があるなんて嘘だ。傘はない。

 友だちはほとんど帰っていて、傘に入れてくれそうな人もいない。

 僕は10分ほどボーッと立っていて、やみそうにもないので走って帰った。

 びしょ濡れになって家に帰り着くと、母さんにはすごく怒られた。

「傘はどうしたの?」と聞かれ、「なくした」と言った。

 嘘をついていると言われ、どこで失くしたのかとか本当はどうしたのかとか根掘り葉掘り聞かれたが、わからないと答えて失くしたと言い張った。

 次の日から3日間熱を出して寝込んだ。


 熱が下がって学校へ行くと、彼女が僕の傘を持ってきた。

「大丈夫?」

 心配そうな顔をしている。

「うん。もう熱が下がったからね」

「傘、ありがとう。本当に置き傘あったの?」

 疑わしそうな目で僕を見ている。

「持ってたよ」

「じゃあ、どうして熱が出たの?」

「あの雨の日の前から体がだるかったから風邪をひいてたのかな」

 僕は嘘をついた。

「そう?」

 まだ疑っているみたいだ。

「本当だよ」

「それならいいけど……」

 彼女はまだ納得いかないという顔をしていたが、自分の席に戻っていった。

 6年のときは、彼女と違うクラスになったので、小学生のときに喋ったのはこれだけだった。


 僕は消しゴムを買うたびに彼女の名前を書き続けた。

 もちろん本気ではない。ただの遊びだ。

 そんなの遊びに決まっているだろう。

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